09 大会の賞品
「ふぅ……」
ウォーレン卿の去った客間で、俺は小さく息をついた。
相変わらず、あいつと話していると緊張して疲れる。
「申し訳ありませんアルバス様」
ミトラが、うつむき加減でそう謝ってきた。
「ん……、何がだ?」
「ウォーレン卿から持ちかけられた取引について、私は自分の思いだけで返事をしてしまいました。もしかしたらアルバス様ならば全く違った返答を考えていたやも……」
「いや、ミトラの返答はそれで何も問題はなかったと思う。俺は元々ギルド長の座なんてどうでもいいし、自分の商売は自分で作る。俺の気持ちも、ミトラの言ったとおりだ」
ミトラが安心したように微笑んだ。
「……はい」
そして先程の俺の反応から、ジルベルトは間違いなくそれがミトラ自身の意思から出た返答だったのだと受け止めたはずだ。
俺が裏で糸を引いたりはしていない『ミトラ自身の言葉』で、ミトラはジルベルトの取引をつっぱねた。
これは、ミトラとジルベルトとの今後の関係を考えれば、悪くないことだった。
「多分ジルベルトは、この後にきちんと家庭教師の手配を進めるだろうな」
「?」
「元々はミトラのことを、俺の付随物が何かだと思っていたのだろうが。その認識はすでに変わったはずだ」
俺の感じた通りであれば……
この後、おそらくジルベルトはミトラ自身にも興味を示すはずだった。
先程の会談において。
初めは俺しか見ていなかった視線が、途中からミトラと俺とを行き来するようになった。
また、途中から呼び方も『お前』から『お前たち』へと変わっていた。
そのきっかけは間違いなく、ミトラの返事が完全にミトラ自身の言葉であったと、ジルベルトが認識したであろうあの時だ。
ジルベルト・ウォーレンが普段何を考えているのかなんてことは全くわからない。
だが、少なくとも……
周囲の噂話や評判、そして本人と話した印象として。
ジルベルトは『能力と気迫。そして実際に稼ぐ力のある人間』に対して、ある種の敬意を持って接するようだった。
おそらくはミトラについても、あの瞬間にジルベルトの中でその枠内に入ったのだろうと思われる。
ウォーレンの姓を名乗ることについて。
先程はああ言って切り捨てたわけだが……
ジルベルトがミトラのことを認め、俺の付随物としてではなくミトラ自身に向けて、正式に一族の名を名乗ることを認めるのであれば。
それはミトラにとっても、俺の商売にとっても悪くない話だった。
もし俺がキルケットを離れている間になにかが起きても、ウォーレン家の名前はミトラとクラリス、そしてミストリア劇場を強力に守るだろう。
欲しくもない物との交換条件で引き入れられるなんてのはまっぴらごめんだが、条件次第では一考する余地があるかもしれない。
大貴族の傘下に入りたい奴、繋がりを得たい奴は山ほどいる。
その名の力は、とてつもなく大きいはずだ。
「アルバスは、あの人の義弟になるのですか?」
「とりあえずはそのつもりはないな。まぁ、ジルベルトが頭下げて頼んでくるなら、少し考えてやってもいいかな」
冗談めかしてそういうと。
自分から聞いてきたくせに、ロロイは興味なさそうに「ふぅん」と呟いた。
ミトラは少々疲れてしまったようで、その後2、3言交わして自室へと戻って行った。
→→→→→
それはそうと、せっかく手に入れた情報はなるべく有用に使うべきだろう。
闘技大会の賞品ならば、やはり冒険者が欲しがるようなものをそこに据えるのが良い。
そしてその上で、俺の商売に絡めて宣伝になるようなものでなくては、無償で提供する意味がない。
「冒険者が欲しがるもの、か……」
現在のメインの収入源となっている『木人形』や『コドリス焼きの素』や『劇場鑑賞』なんかは、完全に街人向きだ。
それに対して、冒険者向けだと言えるような商材は『薬草』『食べ物』『武具』あたりだが。それらは現在、あまり力を入れている部分ではなくなっていた。
逆に言えば、まだまだ伸び代があるとも言える。
「ロロイは、今何が欲しい?」
客間の椅子にもたれながら、隣でウトウトしているロロイにそう聞いた。
「はにゃ?」
慌ててよだれを拭きながら、立ち上がるロロイ。
俺は、そんなロロイを再び座らせながら、先程の質問を繰り返した。
「冒険者が欲しがりそうな賞品を考えているんだが、ロロイは今何が欲しい?」
「んと……、ロロイは、真性魔術のスキルが付いた武器が欲しいのです! それがあれば、ロロイも黒魔術師っぽくなれるのです」
『トレジャーハントがしたいのです』とか言い出すかと思っていたら、割とまともな答えが返ってきた。
良いのか悪いのか、いままで本当にトレジャーハントにしか興味がなかったロロイは、ここ最近その他にも色々なものに興味が出てきたようだ。
「それなら、ロロイはもう持ってるだろ?」
ちなみに『真正魔術』とは、武具に魔術の発動式と術式が付与されているというスキルだ。
そして『風魔術』の発動式に『遠隔』の術式が付与された聖拳アルミナスの『遠隔攻撃・風/打』のスキルも、実はこの真正魔術の一種なのだった。
黒魔術師でなくても、対応する副属性を持っていればその魔術が扱えるようになるため、戦闘における汎用性は非常に高い
たしかに、そんなものが大会の景品だったなら、それ目当てに人は集まるかもしれない。
たとえ副属性が合わずに自分では扱えなくても、売ればそのマナで数年間は遊んで暮らせるだろう。
「そうだったのです。アルミナスがそうだったのです」
「それに、真性魔術スキルがついた武具なんてのは、そうそう手に入れられるものじゃないぞ」
そういった武具の、おおよその相場感としては一つ150万マナほどだろう。
だがその中でも、ロロイの持つ『聖拳アルミナス(遠隔攻撃・風/打)』は群を抜いて貴重だとされている。
黒魔術師の魔術というのは、元々はこの真性魔術を研究し、模倣する技術を習得することで発達した物だ。
しかしながら、現在の技術力では『模倣不可能』とされている術式がいくつか存在しており、アルミナスについているような『遠隔』の術式もその一つだった。
すでに模倣されて一般化しているような『球』や『線』と言った術式が付いた物については、遠隔攻撃よりはだいぶ格が下がる。
だがそれでも、並の冒険者にとっては遥か彼方の格上アイテムだ。
確かに欲しがる奴は多いだろうが、まずもって見つけ出すのが困難だ。
もし俺がそれらを2、3個所持していて、武器屋を開業するつもりの宣伝として闘技大会の景品としたところで。
実際には大した宣伝効果にはならないだろう。
同じような真性魔術スキル付きの武具を、俺が百本も二百本も持っていて、その宣伝によってバンバン売れていくというならいいが……
普通に考えればそんな高額商品はそんなに集められない。
それなら普通に売った方が断然いい。
だから、なかなか商売につなげられるようなものではなかった。
勇者パーティにいた頃の俺の倉庫には、そういった激レアな武具がゴロゴロ入っていたのだが……
ライアンたちが俺と別れた後、盗賊団にそのほとんどを奪われてしまったとの噂だった。
「他のスキル付き武具だったら、どんなものなら用意できそうなのですか?」
「そうだな、西大陸中に告知される闘技大会の賞品というレベルになると、やはり【オリジナル】効果のスキルだな。あまり特殊なものでなければ、マナと少々の時間さえあれば
大体は揃えることはできるだろう」
特殊なものとは『真性魔術』『結界』『基礎能力向上系』あたりだ。
特殊でないものとしては、『術式強化』や『魔術制御』、あと『魔力精製』や『属性防御』、それに各『習得スキル強化』系統の付与スキルなんかが挙げられる。
それらであれば1つにつき15〜30万マナほどの相場観だ。
ただし、これらは汎用性には欠ける。
それゆえに換金もしづらいだろうし、多数の冒険者が応募してくるような大会の賞品としては、あまり向かないと思われた。
ミトラの錬金術を用いた『モンスター素材の加工』ができるようになれば、いろいろと応用も効かせられる気がしている。
例えば、素材から作るオーダーメイドの武具の受注などだ。
ただ、錬金術の方は、今のところはあまりうまくはいっていなかった。
素材との相性などもあるのだろうが、ミトラが海竜ラプロスの素材を加工した際の、スキルの付与率が極端に低いのだ。
ただの装飾具としては悪くないが。
特級モンスターの素材を用いた武具に冒険者が求めるものは、やはり有用なスキルだろう。
「人集めだけを考えたら、いっそ賞品じゃなくて賞金にしちゃうのが1番いいんだろうな」
だが、それではただのバカだ。
ただ単にただでマナを提供したのでは、なんの宣伝効果もなく、なんの意味もない。
「さて、どうしたものか……?」
「バージェスに聞いてみたらどうなのですか? バージェスも冒険者なのです」
「バージェスかぁ、確かにあいつも冒険者だけど……。経歴が普通の冒険者と違いすぎて参考にならなそうだなぁ」
「なら、普通の冒険者に、欲しいものを聞いてみたらどうなのですか?」
「うーん。……確かにそうだな」
ロロイの言う通り、それが1番手っ取り早いように思えた。




