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08 ウォーレン卿の再訪

「それで。本日はわざわざ何の用だ?」


俺は目の前の男に、そんな質問を投げかけた。


場所は、引き続き俺の屋敷の客間。

そして今、俺の目の前にいるのは大貴族ジルベルト・ウォーレンだ。


ジルベルトはいつかのように、年配の従者2名を左右に付き従え、いきなり俺の屋敷を訪ねてきた。

ちなみに俺の側には今、ミトラとロロイがいる。

ロロイははじめからいたのだが、ミトラはジルベルトから『一応呼んで来い』と言われてここにいた。


ジルベルトは、ミストリア劇場でシュメリアの唄を聞き、ミトラの木人形を2体ほど購入してからここへ来たという話だった。

公演数の少ない一番人気(シュメリア)に合わせてくるあたり、事前に予定を組んでいたに違いない。


ジルベルトがこの屋敷を訪れる要件で思い当たることとしては、ミトラが依頼しているという家庭教師の案件くらいだが……

それでわざわざここまで来る必要はないだろうとも思う。


ジルベルトは、城塞都市キルケットを牛耳る貴族たちの中でも相当な上位格だ。

キルケット卿に次ぐ、城塞都市キルケットの二番手に位置する大貴族であり、自らも各地を縦横無尽に行き来する商売人。

その総資産額は、すでにキルケット卿を超えているともいわれている。


そいつがわざわざ俺の屋敷を訪れることについては、正直言ってあまりいい予感はしなかった。


「直接会うのはオークション以来か。最近はマーカスの下でいろいろと動いているようだが……、このままギルドの商人として生きていくつもりか?」


「そのつもりはない。商人ギルドなど無関係に、俺は俺の商売をもっと広げるつもりだ。……それで、そんなことを聞くのが、今日ここに来た要件なのか?」


普通に無礼な口を利く俺に、ジルベルトの横に控えていた年輩の男が怒りをあらわにしながら立ち上がった。

この従者はたしか、カルロという名だった。


「アルバスという庶民の商人は。キルケット随一の大貴族であるウォーレン卿閣下に対して、随分と生意気な口をきくのですな」


「悪い……。ポッポ村の件ではいろいろ情報をもらって助けられたが。この屋敷の件では、ミトラもクラリスも随分と苦しめられた。それに、俺自身もオークションでは随分ともてあそばれた。……総じて、どうしてもへりくだる気にはなれない」


敵認定とまではいわないが。

いまだにジルベルトは、俺の中ではそれに類するものとして認識されていた。

隙を見せれば平気でこちらを喰らい尽くしに来るような……そんな怖さが、常にある男だった。


「そうだとしても、従者としては聞き流せませんな」


「そう言われても困る」


俺がそう言って、凄むカルロの言葉を受け流していると……

カルロがツカツカと歩いて近づいてきた。

それに対して、ロロイも立ち上がってその前に立ちはだかる。


「……やるつもりなのですか?」


「お望みとあらば」


「ロロイはアルバスの護衛だから。危ない奴が近づいてきたらボコボコにするのです」


「小娘……お前がか?」


水魔龍に対して一歩も怯まずに激戦を繰り広げたロロイを、並みの護衛がどうにかできるとは思えない。

……たぶん、ロロイがそうだとは知らないのだろう。


「よい、カルロ。非公式とはいえ、仮にも義弟(おとうと)だ。多少の無礼には目をつぶろう」


そう言って、ジルベルトがカルロを引き下がらせた。


「ロロイもやめておけ。あちらも喧嘩をしに来たわけじゃないんだろう」


そして、ロロイも再び椅子に腰かけた。


「ところで、いつの間に結婚の話を……?」


俺は、ジルベルトの口から『仮にも義弟おとうと』という言葉が出てきたことに、少し驚いた。

ミトラと俺との結婚について、俺はジルベルトに伝えた覚えはなかったのだ。

おそらくは、ミトラだろうか?


「屋敷の所有権の移行とともに、貴族院に婚姻の届け出をしただろう? ならば、それを俺が把握しないはずがないだろう」


「大貴族様が、俺のような一商人をえらく気にかけているんだな」


「ああ、俺はお前を非常に高く買っている」


嫌味のつもりで言ったのだが。

そんな風に返されると拍子抜けしてしまう。


それを聞いて、先ほど俺に突っかかってきたカルロという従者が、かなり渋い顔をし始めた。

そしてもう一人の女の従者が、それを見て少し笑っている。

女の方は確か、シーマという名だ。


「現在も続くミストリア劇場の盛況ぶりは、正直言って俺の想定以上だ。そして、北の街道整備に新河川の治水、被害を受けた近隣農家との交渉。どの事業でもお前は一定以上の成果を上げている」


そこで、ジルベルトの横でシーマが『倉庫』からミトラの木人形を取り出してみせた。


「そしてこれは、先ほどミストリア劇場で買ってきた物だ。このミトラの木人形も、以前にはなかった『表情』が芽生えている。これは技術だけでなせるものではない。何らかのきっかけで、ミトラは精神的な部分においてもまた飛躍的に進歩しているように見える。それは例えば、生涯の伴侶を得る、などといったことだろう」


「で、結局何を言いにきたんだ?」


「……アルバスよ」


ジルベルトが、少し改まって俺の名を呼んだ。

口元が少しにやけているあたり、とてつもなくよからぬことを考えているというのが手に取るようにわかってしまう。


「……なんだ?」


「ミトラ、クラリスとともに……、今後お前は『ウォーレン』の姓を名乗れ」


一瞬、ジルベルトが何を言ってるのか理解できなかった。


「……は?」


「お前は……我がウォーレンの一族となるのだ」


そして、その意味を理解した瞬間。

すさまじい怒りがこみあげてきた。


「ふざけるなよ。……その名前を名乗れなかったから、ミトラとクラリスは住む場所を失いそうな目にあっていたんだろう。それをいまさら、何のつもりだ?」


「やはり、断ってくる。か……」


「当たり前だっ!」


「お前がこの話を受ければ、ミトラに最高の講師をつけてやることもできるのだぞ」


あくまでも冷静なジルベルトに、こちらの怒りは募るばかりだ。


「ミトラはもう……お前の知ってるミトラじゃない。講師をつけて知識と知恵を得て、そして自らも俺の商売に関わりたいという話は、ミトラが自ら言い出したことだ。あんたに連絡を取ることもまた、ミトラ自身で決めたこと。ミトラは、そんな取引の材料に使われるくらいなら、自分で別の方法を考え出す。……あんたなんかには頼らない」


俺がそう啖呵を切ると、隣でミトラが大きく頷いた。


そして、それを聞いたジルベルトが大声で笑いだしたのだった。


夫婦そろって(・・・・・・)、同じことを言うのだな」


「?」


「ミトラへも先日同じようなことを封書で尋ねた。『お前がこの話を受ければ、アルバスを西大陸商人ギルドのギルド長の座に据え、さらに俺の高利益な商売を2つほど譲る』とな」


「えっ?」


俺は思わずミトラの方を見た。

そんな話は聞いていなかったが……

まぁ、ミトラがジルベルトとのやり取りを全部俺に話さなければならないということもない。


「ウォーレン卿。そのお話は……すでにお断りしたはずですよ」


ミトラがさらりと言い放つ。


「ああ、見事に断られた。『アルバス様()ならば、自分の欲しいものは全て自分でつかみ取る。お前の力など頼らない』とな」


「……」


「だからこそ良い。『望むものは、自分達の才覚と力で掴み取る』と、俺を前にして堂々とそう言い放つお前たちだからこそ、俺はお前たちをウォーレン一族として迎え入れたいのだ」


「随分と買われているようだが……、名乗る気はないと言っただろう」


「別に今すぐ決めろと言っているわけではない。人生(さき)は長いゆえ、ゆっくりと考えるがいい」


最後にそう言い放つと、ジルベルトはさっさと帰り支度を始めたのだった。

つまり今日は、それを言いに来たのか……


わざわざ本人が来るあたりに、ジルベルトの本気が見えるような気がした。




→→→→→



「そうだ、もう一つ……」


ジルベルトは去り際にそう呟いて立ち止まった。


近々(ちかぢか)キルケットで闘技大会が開催されることになった。約半年後のキルケットオークションに向け、護衛を強化するためのものだ」


つまりは闘技大会で戦力の高い冒険者をキルケットに集め、そのままオークションの護衛として雇おうという貴族院の話のようだった。


「それで、その運営か何かに商人ギルドが関わるという話か?」


「運営自体は貴族院が直接行う。商人ギルドへは、その賞品を用意させることとなるだろう。おそらくは銀等級の商人(お前)にも話が行くだろう」


「これ以上ギルドの仕事が増えるのは、勘弁してほしい」


「簡単なことだろう? 人の欲しがるものを用意して、その商品をマナで売るのが商人だ。同じように、人の欲しがるもの準備して賞品とすればいい。ただそれだけの簡単なことだ。商人としての才覚のあるものならば……な」


ちなみにだが、その景品大会運営組織が『買い取り』をするわけではないらしい。

商人側の『無償提供』だそうだ。


「そんなのに賞品を提供して、俺に何のメリットがあるんだ?」


「それは……、自分で考えろ」


「つまりは『宣伝』だろう?」


ジルベルトが「ほぅ」と声を上げた。


さっきは売り言葉に買い言葉で応じはしたが……

別に難しい話じゃないし、分かっていなかったわけでもない。


闘技大会が西大陸中に大々的に告知されるのならば。

その賞品として自分の商売に関係するものを据えれば、それは莫大な宣伝効果となる。

賞品を目当てに闘技大会に参加した冒険者や、入賞者がそれを受けとった話を聞いた街人が、後日手持ちのマナでそれを購入していく、なんてこともあるかもしれない。

貴族たちが欲しがる可能性もある。


「あんたの口車に乗せられてるのは気に食わないが。確かにうまく利用すれば儲かる話にできるかもしれないな」


もし俺がこれから新しい商売を始める場合。

その商売の出だしに大きく弾みをつけることができるかもしれない。


「わかっているなら。さっさと準備に入ったらどうだ? 二週間後にはこの話は、すべての銀等級の商人へと告知される予定だぞ」


それだけ言って、ジルベルトは従者とともに去って行った。


またもや相手のペースだ。

ただし、これまでジルベルトからもたらされた情報が偽りだったことはないし、確かに有益なものが多かった。


「二週間、か……」


実際に告知されてから、どれだけの準備期間が設けられるのかはわからない。

だが、他の奴らよりも二週間早くスタートを切れることのアドバンテージはそれなりに大きいだろう。


闘技大会の賞品。

俺の新しい商売と共に、少し本気で考えてみてもいいかもしれない。

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