07 これまでの軌跡と、自分の商売
クラリスが『水鏡剣シズラシア』を手に入れた日から数日後。
「うーん」
俺は屋敷の客間で悩んでいた。
この客間は、普段は吟遊詩人たちの交流の場として使われているのだが、日中は皆ミストリア劇場の方に出張っているので今はだれもいない。
「なんにも浮かんでこないな……」
俺はここ数日間でキルケット中を巡り歩き、いろいろと情報を仕入れていた。
だが、新しく手を広げる商売について一向に良いアイデアが浮かばないでいるのだった。
武具を扱うような商売は、まともにやるとかなりの元手がかかる上、自分で店を開くとなると凄まじい時間が取られてしまう。
だからあまり現実的ではない。
出資して人を雇うようなことも考えたが、そもそもこの時代に武具の店はすでに巷にあふれかえっている。
目玉となるオリジナルで特徴的な商材でもない限り、これから参入して軌道に乗せるのは容易なことではないだろう。
先日手に入れた海竜ラプロスの素材については、ミトラにいろいろと加工を頼んでみているのだが……
スキルの付与率なども含め、店で売れるレベルに仕上がるまでには今少し時間がかかりそうだった。
今になって思えば『アース遺跡第五階層からの出土品』は、武具屋の目玉として相当なインパクトがあった。
今更ながら、武具の商売を始めるならアース遺跡攻略直後のあの時がベストだったかもしれない。
今となっては後の祭りだ。
他には、宿屋なんかも考えてみたんだが……
それもやはり、キルケットにはすでに溢れかえっている。
武具屋同様、いまから参入して大きく稼ぐのは容易なことではないだろう。
また、俺の大きめサイズの倉庫スキルを活かすようなことも考えてみてはいた。
具体的には、現在不足している野菜類を遠方で大量に仕入れて、運んで、売る、という商売だ。
だが、現在は西大陸全土で野菜が高騰している状況だ。
だから、野菜売買で本気で利潤を得ることを目指すとすると、かなり遠く、おそらくは中央大陸にまで足を伸ばす必要が出てくるだろう。
そうなれば、船旅まで含めて丸々2ヶ月を超えるような道程となるはずだった。
その間に状況が改善に向かう可能性もあるし、やりかけの仕事を複数抱えている身としては、なかなかそこまでの動きには踏み切れなかった。
同じように時間をかけるのなら『もう一度アース遺跡に潜って行って、前回取りきれていなかった遺物を片っ端から掘り出してくる』とかの方が、時間が読みやすくて現実的かもしれない。
ただ、それは継続的に儲かるようなものじゃないから、単発の稼ぎにしかならない。
それでは商売の拡大とは言えない。
武具屋を始める足がかりとしてならば悪くないかもしれないが……
そもそも武具の店ってそこまで儲からないよな多分。
「なんか、画期的で楽して稼げる商売ないかなぁ……」
思わず、そんな心の声が漏れてしまうのだった。
「なぁに。『昼間っからギルド酒場で飲んだくれてる宿無し冒険者』みたいなこと言ってんだよ」
いつの間にか現れたバージェスが、逆さまから俺の顔を覗き込みながら、呆れたようにそう言った。
思わず漏れてしまったその俺の心の声は、どうやらバージェスに聞かれていたようだった。
「えらく具体的な例えだなそれ」
「最近よく、そーいう奴らを見かけるからな。あいつら腕はそれなりなくせにやる気ねぇからよ」
バージェスは、最近よくキルケット東部地区の冒険者ギルドに顔を出しているようだった。
どうやら、キルケットの北東側の森で、本来はそこに生息していないはずの上級相当のモンスターが出没しているらしい。
「最近ずっと東部地区の冒険者ギルドだな。……追っているモンスターはかなり手強いのか?」
「ああ、かなりな。相手はルードキマイラっていう、本来は中央大陸の北方にしかいないはずの魔獣だ。しかもそれが複数体目撃されてる。俺も直接見たわけじゃねぇから確かなことは言えねぇがな」
バージェスは、聖騎士として活動している期間に何度かそのルードキマイラと遭遇したことがあるらしかった。
精鋭揃いの聖騎士隊だからこそ死人が出なかったものの、複数人がかりで仕掛けてやっとの思いで討伐したらしい。
「雷電の魔術を操り、並の斬撃では傷もつけられないほどに表皮が堅いモンスター。だったかな」
「知ってるのか?」
「一応は『元』勇者パーティだぜ」
「弱点とかは? やつらの習性についても、なにか知っているのか?」
バージェスが多少前のめりになって聞いてきた。
「弱点とは少し違うかもしれないが。確かライアンのパーティが遭遇した時には、アルミラが直接頭をぶん殴って脳震盪で気絶させていた」
そしてそのまま、獣使いとしての調教スキルで支配下に置いていた。
「なるほどな。硬い皮膚が斬れないなら、頭に打撃を与えて脳に対するダメージを与える……ってことか。参考にさせてもらう。もう一つの方はどうだ?」
獣使いアルミラが支配下に置いたルードキマイラは、そのまましばらくライアンの旅に付いてきていた。
だが、そうなるともうモンスターとしての元の習性もクソもあったもんじゃない。
「習性については、あまり知らないな。あまり光が好きじゃないということ。あとは縄張り意識が強く、基本的には単騎で動くという話は聞いたことがある」
であれば基本的には夜行性。
そして、一体ごとの行動範囲はかなり広く、群れを作ったりしない分発見もしづらいだろう。
「それで遭遇すらできないわけか。現状、ギルドもなかなかに手を焼いている案件だ」
「悪いが、俺が知っている情報はこのくらいだ。それで……今日はそのギルドに行かなくていいのか?」
「ああ、今日は上の連中が葬儀やら何やらでバタバタしてるから、俺は休みだ」
「……葬儀?」
「前ギルド長のゴリアンが死んだんだ。その、ルードキマイラにやられてな」
「そうか……」
魔獣を追って、返り討ちに会う。
それは、冒険者にとっては日常茶飯事とも言える出来事だった。
「そういうわけだから、ゴリアンの葬儀の後からはしばらくあっちにつきっきりになる」
つまり、俺の護衛業の方をしばらく休むという事だ。
「了解した。あんたに限って、その辺のモンスターに後れを取るようなことはないだろうが……」
「ああ、一週間もすれば片付けて戻る」
そう言って、バージェスは今日はクラリスを伴って出かけて行った。
クラリスの新しい剣『水鏡剣シズラシア』の試し切りに付き合うのだろう。
クラリスは大得意になって剣を抜いて見せ、刀身から滴る水をバージェスに見せていた。
→→→→→
さて、俺の方はどうするかな。
バージェスの去った室内で、俺は再び思考を巡らせていた。
いろいろと外を見て回ってみても何も思いつかないのならば、一度原点に立ち返ってみるべきなのかもしれない。
そうして俺は、今一度自分のこれまでの商売を見直してみることにした。
ライアンと別れた後、俺が一番初めにやり始めた商売は、アルカナの農場で買い取った薬草の転売だ。
次に、冒険者を相手にしたガイド業やら荷物持ち業やらでなんとか生活を軌道に乗せた。
次に、ヤック村の薬草風呂を考案し、そのマージンでそれなりに儲けさせてもらった。
キルケットに拠点を移してからは。
薬草売りと共、ロロイのおかげで偶然に見つけたモーモーの焼肉売りが主な商売だった。
そして、アース遺跡でのトレジャーハントを終えて遺物売りとなり、同時にコドリスの香草焼きを考案してそれを売った。
その後は、アマランシアの協力を得てミストリア劇場をオープンし、アマランシアが去った後もそれを拡大しつづけて今に至る。
ギルドの仕事はギルドの仕事で、持続性はないが、報奨金を得るという形で俺の資産を増やすのに随分と役にたっていた。
「……」
こうしてみると、俺がやってきたことはずいぶんと多岐にわたっている。
ミストリア劇場では、ミトラの『木人形』やアルカナの『香草焼きの素』の販売もまた大きな収益源となっていた。
この辺りまで来るともう、統一感がなさ過ぎてまいってしまう。
共通点といえば、どれもこれもだいたいが俺一人の力だけでは成し遂げられなかっただろうという事くらいだ。
「大商人……ねぇ」
だが、それでいい。
皆が皆、俺の商売仲間だ。
ミストリア劇場だって、そこで詩を唄ってくれる吟遊詩人たちがいなくては成り立たない。
だが。彼らもまた、俺の劇場設備がなくてはここまでの数の観客を前にして唄うことはできない。
俺は俺の出せるものを提供し、商売仲間たちからはそれぞれにそれぞれの出せるものを出してもらう。
そしてそれらを掛け合わせることで、より大きな商売を形作っているのだ。
それが、商売だ。
では、そこで俺に出せるものとは?
それは……
「金とアイデア、だな」
何かが、のどまで出かかっているような……
そんな感覚があった。
あと一歩で、何か面白いことが思いつける。
そんな感覚が……
「アルバース、お客さんなのでーす。なんかみたことあるけど、誰だか忘れた偉そうな人なのでーす‼︎」
なんと、ロロイの大声で引っ込んでしまった。
「だぁぁぁぁあああ~~~~っ‼」
長椅子から床に転げ落ちて悶絶する俺を、ロロイが不思議そうにのぞき込んでいる。
「どうしたのですか? 変なアルバスなのです」
いつものように小首をかしげるその動作が、今日ばかりはかなり憎たらしかった。
そして、その日俺を訪ねてきた客というのは、ジルベルト・ウォーレンだった。