07 ヤック村の共同浴場
「今日はありがとうございました」
夕方になり、女主人アルカナに見送られながら、薬草農家を後にした。
全身が痛い。
あの後、いいところを見せようとしてさらに張り切りだしたバージェスは。
張り切りすぎて、すでにグロッキーだ。
「風呂でも入っていくか!」
バージェスがそう言ったので、2人でヤック村の共同浴場に寄ることにした。
共同浴場は、アルカナの薬草店のすぐ隣。
入浴料は、村人5マナ。外来者30マナ。
浴槽がひとつしかなくて、男女を時間帯別に分けているが。
今はちょうど男の時間だった。
装備と衣類を脱いだバージェスの身体は。全身が傷だらけだった。
「……」
やはり、冒険者なのだと思った。
超速の移動術で戦う勇者ライアンには、ほとんど傷らしい傷はなかったが。
仲間の、戦士ゴーランは傷だらけだった。
普通の人間が何十年も冒険者をしていると、普通はそうなる。
「なんだよ。俺にそっちの趣味はねーぞ!?」
さっきまでフルオープンだったモノを、わざわざ手で隠して縮こまるバージェス。
かなり気持ち悪かった。
→→→→→
2人で湯に浸かる。
「お前、明日はどーするんだ?」
明日も、薬草摘みに来るのかどうか。ということだ。
「行くわけないだろ。お前と違って、俺にはそんなに蓄えがないからな。毎日毎日ちゃんと稼がないと生きていけないんだよ。それにもっともっと元手をためて、商人としてドでかい商売がしたい。プリンちゃん云々は冗談だ。今日のは薬草を仕入れるついでだよ」
そして、その目的も果たした。
目論見通り。
一緒に汗水垂らした俺に、薬草農家の女主人アルカナは多少のオマケをしてくれた。
ただし、あくまでも『多少』だ。
普通に1日分の損得だけで考えるとギルドで荷物持ち相手を探す方が儲かったはずだ。
だがこれは、先先まで見据えた投資みたいなもんだ。
商売相手との関係性は大事だ。
アルカナにしてみても。
大量に抱え込んでる在庫をまとめ買いしてくれるのは願ったりの話だったようだ。
乗せられて、今度は5万マナ分も買ってしまったが…
「ご贔屓に! またよろしくお願いしますね!」
そう言って、深々と頭を下げるアルカナ。
それに合わせて、豊満な乳が跳ねた。
俺は、また薬草を仕入れる時は絶対にここにすると決めた。
「俺の見立てでは、プリンちゃん。あれは絶対俺に気がある。なにせ今日は5回も目が合った」
「へー、そう」
「アルカナの方も、多分俺に気がある。何せ今日、10回も目があった。しかもそのうちの一回は、俺を見て笑ったんだぜ」
「へー、まじか」
「2人同時に来たら。アルカナには悪いが、俺はプリンちゃんを選ぶよ」
「それは…よかったな」
俺たちがそんな話をしていると。
湯がぐつぐつと煮立ってきた。
「なんか、あつくないか?」
俺がそう言っても、バージェスは「へへへ、プリンちゃぁーん」と上の空。
「まてまてまて。かなりやべーぞ!」
「ん? そうでもないぞ? プリンちゃぁーーん」
今度は、立場が逆転。
バージェスの方が、冷静(?)だ。
魔法剣士バージェス。
中級モンスター、メラモーモーの火炎ブレスの中を、悠然と突き進んだと言われている。
百戦錬磨のやつにとって、この程度の熱湯は取るに足らないということか!?
「へへ…、へへへへ……」
俺が湯から避難して成り行きを見ていると。
バージェスはやがて湯に沈んでいった。
「バージェスゥゥゥゥーーーー!!!」
足を火傷しかけながら湯に入り。
慌てて、バージェスを引き上げた。
「こいつ…、嘘だろ…」
無駄に元気なその下半身を見て。
俺は戦慄を覚えた。
「へへへ…プリンちゃん。へへへ…」
→→→→→
どうやら、共同浴場が女湯へと切り替わる時間だったらしい。
浴場管理人の少年が、強面のバージェスを見て声がかけられず。なんとか村の女達がきてしまう前に追い出そうとして湯を熱湯に変えたとのことだった。
「ああん!? てめぇっ。自分が、誰に何したか分かってんのかコラぁっ!?」
バージェスに凄まれて涙目の少年。
そこへ…
「あら…ご立派だこと…」
薬草農家の女主人、アルカナが現れた。
ちなみに、俺たちは脱衣所で全裸だ。
アルカナは口に手を当てながら、全裸の俺たちを交互に見ている。
その後ろに隠れるようにして、娘のプリンもいた。
「プププぷ…プリンちゃん!?」
アルカナとプリン。
女湯へと切り替わるこの時間から、共同浴場で湯に浸かりにきたらしい。
「是非、ご一緒に…へへへ」
一瞬にしてデレデレの顔になり、鼻血を吹きながらそんなことを言っているバージェス。
そいつを引っ叩いて正気に戻し。
俺はヤック村の共同浴場を後にした。
「はっ…俺はなんてことを!? き、、嫌われたかもーー!?」
「大丈夫だろ。普段とたいして変わってなかったから」
そりゃ。俺だってご一緒したいのは山々だけどさ。
普通に無理だろ。