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06 クラリスの値切り

アルカナがヤック村へと帰って行ってから、2日が経過した。


アルカナの件について。

マーカスギルド長からの承認は得られたものの、最終的には貴族院の承認を得ないと進められないという話だった。

なので、最終確定までには今少し時間がかかる見通しだ。


現在は事業計画を作成している段階なので、実際に建物を取り壊したり建て直したりするのは、まだまだひと月もふた月も先の話だ。

アルカナの起用でまた少し練り直しがあるだろうから、その時間はもっと伸びるかもしれない。


またこの他に予定している『トトイ遺跡の再調査』については、中央大陸から調査団が派遣されることになっていて、こちらもその到着待ちとなっていた。

ちなみにその到着は、予定ではあと2ヶ月ほど先だった。


その他にも俺は、『ポッポ村との定期交易』や『ポポイ街道の整備』などにも携わっているのだが、それらも今はひと段落ついている状況だ。


まぁつまり、俺は今比較的手が空いているのだ。

数ヶ月ぶりのまとまった自由な時間なのだが、俺の頭の中は商売のことでいっぱいだった。

もちろんギルドの仕事なんかではない。

俺が更なる高みを目指すための、俺の新たなる商売の話だ。


なので、今日は久しぶりに行商広場にでも行こうかと思っていた。


「アルバス、どこか出かけるのか?」


外出の支度をしている俺に気づいて、クラリスが話しかけてきた。


「東側の行商広場でもうろついて、何か面白い商売のネタがないか見てくるつもりだ」


「マジで? せっかく手が空くようになってきたのに、結局また仕事のことばかりだな」


「全然違うぞ。今までのはギルドから降りてきた不本意な仕事だ。今日からは俺自身の商売を拡大するため、俺の新しい商売を探しにいくんだ」


「ふぅん」


「護衛にはロロイが来ることになってるから、今日はクラリスは好きなことをしててもいいぞ」


ここ最近の護衛事情として。

日中のキルケット内では、最低限ロロイかバージェスがいれば問題ないということにしていた。

日中は自警団が交代で巡回しているし、そもそもその辺のごろつきなんかは、俺の名前を聞くだけで逃げていくだろう。

『海竜ラプロス』や『水魔龍ウラムス』といった特級モンスターを討伐するような護衛戦力を持つ商人(おれ)に、まともに喧嘩を売ろうとする奴はまぁいない。


「いや、私も行くよ。バージェスが冒険者ギルドに呼び出されちゃってさ。ついてこなくていいっていうから、私も暇だし」


という事で、ロロイとクラリスと俺の3人で行商広場をふらつくことになった。



→→→→→



キルケット東部地域の、荷馬車用行商広場にて。

俺は果実屋やら肉屋やら、野菜屋やら、食材の店を見て回っていた。


野菜類の相場は、現在かなり上がってしまっているようだった。

なにせ、流通量が極端に少なくなっている。


もともとポポイ街道の南側キルケット付近は、畑を荒らすような魔獣系のモンスターが少なかったおかげで、野菜類の一大産地となっていた。

その産地が、水魔龍の起こした洪水とロロイの氷雪魔術とのダブルパンチで軒並みやられてしまったせいで、野菜の流通事情がなかなかに大変なことになっているのだった。


商人ギルドの命を受けた黒等級の行商人が数名、すでにモルト町やサウスミリアを回って野菜類の買い付けをして流通調整を行っているようだが、もはや焼け石に水だろう。


たとえその買い付けに俺が加わったとしても結果は同じだ。

補償を受けた農家達がすでに次の作物を育て始めておりその収穫も徐々に始まっているのだが……

壊滅的な被害を受けた農地はまだまだ全復旧にはほど遠い状況だ。

絶対的な野菜不足は、まだまだ解消の見込みが立っていなかった。


野菜関連で、何か商売ができればいいのだが……

流石にあまり吹っ掛けられるような案件じゃないからなぁ。


そんな風に考えを巡らせながら広場を巡回していると……


「うおぉっ、見てくれアルバス! この剣、持って力を籠めるだけで水が出てきたぞ」


「凄いのです! ロロイもやってみたいのです!」


ちょっと目を離した隙に、クラリスとロロイが武器屋の勧誘に引っかかっていた。


「あいつら……」


どうやら、クラリスは水の属性付与スキル付きの剣を持たせてもらい、そのスキルを発動させて大興奮しているようだった。


普通は、行商広場の商店では試し持ちなどさせてもらえないのだが。

俺たちの会話を盗み聞いて、相手が『商人アルバス』の一行だと勘づいた行商人が、『特別でっせ』とか言いながらクラリスにすり寄り、試し持ちをさせているようなのだった。

相手が金持ちだと思って、買わせる気満々だ。

つまり2人は、行商人の勧誘に見事に引っかかってしまっているというわけだ。


属性付与スキルは、副属性を持っていなくても発動させることができるのだが、本来ならばそれなりの訓練が必要になる。


それを持った瞬間に発動できたというのは、クラリスが相当に器用なのか、武器との相性がかなりいいのか、もしくは何か裏があるのかのどれかだろう。


「う~ん、う~ん。……ロロイにはできないのです‼」


「もう一度私にやらせてくれ! ほら、水出てきた! すっげぇっ!」


そのあと俺が試してみても、やはりスキルは発動させられなかった。

……どうやら裏はないようだ。


アース遺跡から持ち帰った遺物の中にも、いくつかの属性付与スキル付きの武器があった。

だが、それらはその当時のクラリスには全く扱えなかった。


属性付与スキルを発動させるためには『無属性の魔法力』と呼ばれる力が必要になる。

それは別名『闘気』とも呼ばれ、習得スキルや支援魔術を扱う際にも必要となる力だ。


そんな『闘気』に関するクラリスの能力値は、鉄壁スキルの習得などを経て、この一年で飛躍的に上昇しているようだった。

習得スキルに関しては元々かなり器用なところもあるので、もしかしたら本当に初見でスキルを発動させてしまっているのかもしれなかった。


「ちなみに、いくらだ?」


「へい、『水鏡剣(すいきょうけん)シズラシア(水属性付与【大】)』。5万マナになります」


行商人は、元気いっぱいだ。

元気いっぱいに、足元を見てきている。


「……なるほど」


【大】効果の属性付与スキルの相場は、だいたい1~2万マナほどだろうか。

もしかしたら武器自体も業物なのかもしれないが。そうだとしても、かなり高い。

相手(おれ)が金持ちだと知って吹っ掛けてきているのか、もしくはこの後に値切られることを前提で吹っ掛けてきているのか……


まぁお互い商売なわけだし、昨年の今頃は俺もここで似たようなことをしていたので腹も立たない。

武具の相場なんてものはあくまでも参考値だから、あってないようなもんだ。

『その額を出してでも欲しい』と思ったやつが、納得してその額で買えばいいのだ。


「今日の目的はそれじゃないからな。そろそろ次に行くぞクラリス」


そして、そもそも買う気はない。


「ええ~、わたしこれ欲しいんだけど。こう、なんか手に馴染むし、ビビッときたんだよ」


「簡単に言うなよ、5万マナだぞ」


「いくらならいいんだよ」


クラリスがふくれっ面で俺に突っかかってくる。

だが5万マナというのはそれなりの大金だ。

俺が勇者パーティを抜けた時、俺がライアンから手切れ金として受け取ったマナが5万マナだった。

つまりは、あの時の俺の全財産と同じ額だというわけだ。


一応クラリスにも護衛としての給金を払ってはいるが、ちょくちょく装備品を買い替えたりしてるはずなので、多分そこまで蓄えられてはいないだろう。


「どうですか旦那。高名な旦那に免じて、4万5000マナまでなら即、負けられますぜ」


「……」


それでも高いと思ったが、買う気のないものの値切りを始めるのも気が引ける。

なので、これ以上は黙っていることにした。


ただ、クラリスはその剣を相当に気に入っているようだった。


「アルバス……義兄(にい)さん。3万マナくらいだったら出せるよな?」


去りかける俺に向かって、クラリスがそんなことを言ってきた。


「3万かぁ……」


一気に2万マナも値下げできる訳はないと思い、俺は少し考えるそぶりをしてしまった。


「いやいや奥様。流石に3万マナは無理ですぜ。何せこれは、知る人ぞ知る中央大陸の刀鍛冶『名工ガーランド』の、魂を込めた名作なんですぜ」


『名工ガーランド』は、普通に聞いたことがない名前だ。


「私は奥様じゃなくて義妹(いもうと)だ。じゃあその剣、3万5000マナにできないか? アルバスが3万を出してくれれるなら、私の手持ちと足してそこまでならなんとかなる」


クラリスは、俺の返事も聞かずに勝手に話を進め出していた。


ただ、そのやり方としてはなかなかに上手い。

相手の値引き提示額からさらに1万マナの値下げ交渉をしていることに加えて……

この流れならば、クラリスが本当に3万5000マナ以上は出せないということが相手に伝わっていることだろう。


つまり行商人の側からすると、これ以上に値段を吊り上げようとすれば、その場で交渉が決裂してしまうことが目に見えているわけだ。


だが俺は知っていた。

クラリスの懐にはそれ以上のマナがあるはずであることを……


おそらくクラリスは、その懐のマナ袋に1万マナくらいは持っているはずだった。


それは……

クラリスに護衛としての給金を支払い、普段何にマナを使っていて、普段からどれくらい持ち歩いているのかを知っているから俺だからこそ知っていることだ。

だからそんなことは、目の前の行商人には知る由もないことだ。


そして実は。

クラリスの交渉相手には、行商人だけではなく俺も含まれている。

俺の『身内からの押しに弱い』という性格をよく分かった上で、クラリスは俺が引くに引けないような状況を作り出していた。

そして、俺からまんまと3万マナを引き出そうとしているのだ。


この商談が成立すれば……

結局クラリス自身は5000マナしか出さないで、初期提示価格5万マナの剣を手に入れられることになる。


我が義妹(いもうと)ながら、なかなかにやりおる。


また……

【大】効果の属性付与スキルの相場を考えると、3万5000マナでもまだ高いくらいだろう。

つまりこれは、行商人の方にとっても悪い話ではないはずだった。


そう。

損をするのは俺だけだ……

相手がクラリス(いもうと)じゃなかったら、全力で断固拒否しているところだ。


まぁ、その『名工ガーランド』というのが本当に高名な刀鍛冶だった場合は、剣自体の価値がもっと高くなるのでその限りではない。


また本当に良い品ならば、護衛戦力の強化という点でも、買っておいて損はない。

そう、損はない……はずだ。


俺は泣く泣く、自分にそう言い聞かせたのだった。


「わかりました、妹さん。その3万5000マナで手を打ちましょ」


結局、行商人の方がその価格で折れて、水鏡剣(すいきょうけん)シズラシアはクラリスのものとなった。


俺は、泣く泣く承知した覚えのない3万マナと、ついでに5000マナをその行商人に支払ったのだった。


「へい、毎度!」


「やった!! ありがとなアルバス!!」


前々から欲しがっていたわけだし。

クラリスがこんなに喜んでいるなら……

まぁ、いいか。



→→→→→



今までの剣よりは少しだけ大ぶりなその剣を、クラリスは得意げになって腰から下げていた。


「よかったのですね! クラリス」


ロロイも、自分のことのように喜んでいる。


「ああ! 持った瞬間にビビッと来たんだよ。手に馴染む感じがしたし、全然意識してないのにスキルを発動させられたし」


クラリスは、それはもう嬉しそうだ。

あまりに嬉しそうなので、支払った3万5000マナは『1年越しの成人祝い』ということにしてそのまま全部俺が出すことにしてしまった。


毒を食らわば皿までだ。

どうせ出すなら、3万マナも3万5000マナもそう変わらない。


「ありがとうアルバス! めっちゃ大事に使うよ」


「大事にしすぎて、実戦で抜けなかった。なんてことになるなよ」


「みくびるなよ。ガンガン使ってやる」


ちなみにだが。

剣の鍛造者の『名工ガーランド』というのは、あの行商人自身のことらしかった。


鍛冶屋が自分で作った武器を自分で売り歩くというのは、まぁよくある話だ。


剣自体の出来は悪くないようだし、スキルも本物。

そして何よりクラリス自身が『手に馴染む』『すげー使いやすい』と言ってめちゃくちゃ気に入っていたので、その辺りの誇張表現には目を瞑ることにした。


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