05 決意を新たに
「だけど今日は、そんなことは忘れて今を楽しみましょう」
そう言ってポンと手を打ち、アルカナがスルリと上着を脱ぎ始めた。
「限りある生と、限りある今と。そしてこの出会いに感謝を……」
アルカナが立てた衣擦れの音を合図に、ミトラも応じて衣服を脱ぎ始めた。
そしてあっという間に2人の妻が、俺の前で薄布を纏っただけの姿になった。
本来隠すべき場所が、ヒラヒラと舞う薄布の向こうにチラついている。
すでにその身体の隅々まで触れたことのある2人なのだが。
こうしてしどけない姿のアルカナとミトラが、2人並んで俺の前にいるなどという状況は、さすがに妄想の中だけのことだと思っていた。
「ええと……おふたりさん?」
2人して食後に俺の部屋に来ると言い出した時から『両手に華を抱えての就寝』くらいは期待してたけど、これは……
「アルバスさん」
「アルバス様」
これは……
やはり、あれか!
もう、そういうことでいいんだよな?
「今を楽しむ……か」
格好つけてそんなことを呟いてみたけど、俺の下半身は、既にまったくもって格好がつかない格好になりつつあった。
アルカナが、それに気づいて口元に手を当てて小さく笑っている。
……妖艶な笑みだ。
そしてアルカナに手を引かれてベッドへと移動する。
そのベッドはというと、いつの間にか横幅が2倍近くまで拡張されていた。
これはおそらくミトラの錬金術。
ベットに木を継ぎ足して拡張したのだろう。
2人ははじめからこうする気満々で、すでに事前準備は万端だったというわけか……
それに思い当たった時にはもう、俺の心と身体は完全に『戦闘モード』に切り替わっていた。
以前戦った水魔龍と、今ここにいる二人の美女。
いったいどっちが手強いのかな!?
「よし、こい! 二人まとめて相手してやるぞ」
そしてその晩。
俺の『過去最高の経験』は新たな思い出に更新されたのだった。
「ベッドの上では白金等級ですねぇ」
そんなアルカナの冗談で、俺とムスコはさらに調子づいて燃え上がった。
「アルバスさん。ミトラさんを、後もう一歩高い場所まで導いて差し上げてください」
「よしよし、いくぞミトラ」
「アルカナ様、アルバス様。も、もうこれ以上は……」
「あともう一歩ですから。ほら、ここをこういう風にされるのも、悪くないでしょう?」
「俺は、ミトラの新しい表情をもっともっと見たいんだけどな」
「〜〜〜〜〜」
なんとも騒がしく、愉しい夜だった。
→→→→→
その翌日。
俺が目を覚ますと、ミトラがベッドサイドに腰かけていた。
そしてゆっくりとその眼帯を解き、その翡翠色の瞳を細めて俺のことを睨みつけてきた。
アルカナは、まだ布団の中で寝息を立てているようだ。
「ミトラ……」
「昨日は随分とお楽しみでしたね」
若干とげのある言葉に、眉間にしわを寄せた表情。
翡翠色の瞳がすうぅっと細められ、全力で俺を非難している。
そういう表情をすると、かなりクラリスと似ているかもしれない。
「うっ……悪い」
と言いつつも、昨晩初めて見たミトラの取り乱した姿を思い出し、顔がにやけてしまった。
「もう、知りません」
ふいっとそっぽを向くミトラ。
「悪かったよ」
そう言って近づいていき、その眼もとに触れる。
そしてそのまま顔を近づけて口づけをかわした。
「そんなことで、私は騙されませんよ」
翡翠色の瞳が、俺の方をジトっとした感じで睨んできた。
口調がだいぶ柔らかくなっているので、多分もうそんなに怒ってはいないんだろう。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「さぁ、どうでしょうね」
「んんん……」
そこで、アルカナが身じろぎする気配がして、ミトラが再び眼帯を巻いた。
「おはようアルカナ」
「アルカナ様、おはようございます」
「ええ、おはようございます。すみませんでしたミトラさん、昨日はちょっとおふざけが過ぎました」
「いいえ。一番悪いのは、かつてないほどに調子に乗っていたアルバス様ですので」
「まぁ、それは確かにその通りですね」
「うっ……」
なぜか、横でけしかけていたアルカナまでもが敵に回ったようだ。
「朝ごはんにしましょうか。わたし、支度を手伝ってきますね」
アルカナは、そう言ってハタハタと足音をさせながら出て行った。
そんなアルカナを、ミトラは眼帯の裏側からじっと見つめ続けていた。
「どうしたミトラ?」
「いつか、アルカナ様とも互いに目と目を見つめあってお話ができる日が来るのでしょうか……」
そしてそう、ぽつりとつぶやいた。
「……」
俺は、それに答えることができなかった。
アルカナは、エルフに対しての偏見などはないはずだが……こればかりはなんとも言えない。
「ごめんなさい。少し変な期待をしてしまいました」
そう言って、ミトラも身支度を始めたのだった。
→→→→→
朝食後。
アルカナが明日の早朝にはヤック村に向けて発つとのことだったので、今のうちに俺は、俺が現在推し進めている『トトイ宿場再開発事業』について、いろいろとアルカナの意見を聞くことにした。
アルカナは俺から状況をいろいろと聞き取った上で、思いつくままにいろいろと助言をくれた。
「この計画だと、想定しているお客様の層が幅広すぎるような気がしますね。差別をするわけではないですが、いっそのこと宿場の区画を区切って要人用区画などを作ってしまうのはいかがでしょうか?」
「無尽水源については、わたしは直接見ていないので何とも言えませんが……。見るだけではなくもう一歩踏み込んだ何かがあるとお客様も喜ぶのではないでしょか?」
「トトイ大監獄の解説については、貴族たちの中でも見解が分かれているようですが……。曖昧にしておくよりも、いっそ現在事実とされていることや、諸説ある説をすべて掲示してしまう方がよいのではないでしょうか?」
別にすべてをそのまま取り入れるというわけではないが、アルカナの意見はなかなかに参考になるものばかりだった。
「助かる。方々からいろいろと意見が飛んできて、行き詰まりかけていたんだ」
「いえいえ。いろいろと考えをめぐらすのは楽しいですから。もし、アルバスさんのお邪魔じゃなければ、このまま携わるというのも考えてみますよ」
そして話の最後に、アルカナはそんな提案をしてきたのだった。
「いいのか? 真に受けるぞ」
「ヤック村の方は、私がいなくてもプリンと従業員たちがうまく回してくれてます。これから収穫期を迎える薬草農場の方がひと段落すれば、私自身にはかなり余裕ができますから」
どうやらアルカナは、仕事を相当他人に振っているようだ。
よくよく聞くと、宿屋業の方でアルカナ自身がやらなくてはならないのは、数週間に一回の『薬湯の元の調合』だけだという話だ。
後は、上客が訪れた際にあいさつに出向いたり、従業員たちに声をかけて雑談の中から悩み事を聞き出すなどして、必要があればそれに対処するといったようなことをしているらしい。
そしてそれ以外の時間には、俺への手紙を書いたりその内容を考えたり、薬草や薬湯、香草焼きの素なんかの調合をいろいろと試してみたりと、かなり自由気ままな暮らしをしているらしかった。
何でもかんでもすべて自分でやろうとして手一杯になっている俺とは、完全に対照的だった。
アルカナの仕事の回し方には、大いに見習うべき点がある。
そんなアルカナの仕事ぶりを身近で見させてもらうのは、俺の商人としての成長にもつながるであろうという気がした。
「ならば、後ほどギルド長に話を通してくる」
「いきなりそんなに話が進んで大丈夫ですか?」
「ああ、たぶん大丈夫だ。善は急げ、だろ」
俺の脳裏には、最近ずっとニコニコと上っ面の笑みを浮かべているマーカスギルド長の顔が浮かんでいた。
うん。たぶんダメとは言わないだろう。
こうしてアルカナは、俺のギルド商人としての仕事を手伝ってくれることになった。
そしてアルカナは予定通り翌日には、自ら雇った護衛を引き連れて旅立っていった。
薬草農場の収穫が終わり次第で再びキルケットを訪れるという話になっている。
一方ミトラは、ミストリア劇場の業務全般を行う能力を身に付けるべく、さっそく自らジルベルトに連絡をとって家庭教師探しを進めはじめていた。
これが、アルカナとミトラが俺の留守中に話し合っていたという『商人の妻として、夫を支える』ということの一つのようだ。
俺は、そんな二人の好意に全面的に甘えることにした。
その代わり俺は『より高みを目指してほしい』という2人の期待に応えるため、俺自身の商売をさらに拡大していく。
そう、改めて決心をしたのだった。




