03 ミトラの付き人
「話がまとまったみたいだし。そろそろ飯にしないか?」
クラリスの声かけで、このまま食事をとることになった。
住み込みの吟遊詩人達も交えての大人数での食事だ。
さっきから住み込みの吟遊詩人たちが、食事の支度を始めて良いものかどうかと入り口で様子を伺っていたのだった。
普段はみな思い思いの時間に食事をとるらしいのだが。
俺が屋敷に戻っている時は、全員で食事の席に着くのが通例となっていた。
まぁ近況報告会なんかも兼ねているわけだ。
俺とミトラを1番奥にして、クラリス、アルカナ、ロロイ、バージェスが並ぶ。
その先にミトラの付き人のシュメリアをはじめとした吟遊詩人達が腰掛けるともう、かなりの大所帯になっていた。
「皆、変わりはないか?」
俺の問いかけに、吟遊詩人達が口々に感謝を述べてくる。
まぁ、雇い主である俺に対しておべっかを使ってる感じだ。
「では、日々の糧に感謝を」
「日々の糧に感謝を」
通例の食前の声かけを終え、質素ながらも賑やかな夕食が始まった。
→→→→→
食事も終盤にさしかかったころ。
「旦那様は大層稼いでいるのに、あまり食べ物にはこだわりがないのですね」
ミトラの付き人で、今やミストリア劇場で1番人気の歌姫となっているシュメリアが、そんなことを聞いてきた。
シュメリアは自分の分の食事を手早く終わらせ、すでにミトラの斜め後ろに控えている。
そして特にこだわりなく、住み込みの吟遊詩人達と同じく質素なものを食べている俺を見て、ふとそんな疑問を持ったようだった。
「まぁ、もともとは冒険者だからな。その辺の草とか、虫とか、小動物とか、食おうとすれば大抵のもんは食える。それに、金はいざって時のためにしっかり取っておいて、その時がきたらでかく使う主義だ」
「そうなのですね」
「シュメリアの方こそ。劇場での公演は毎回満席だし、ミトラからもそれなりにもらっているんだろう。あまり使わないのは何か理由があるのか?」
下世話かもしれないけど、商人が『気を遣って金の話が出来なくなる』なんてことがあってはならない。
「お陰様で、最近は母の体調もかなり良いんです」
シュメリアがそう言ってにっこりと微笑んだ。
この屈託のないあどけなさと、いざ詩を唄い始めた時のギャップこそが。
キルケットの住民達が何度でもシュメリアの唄を聞きにミストリア劇場へと足を運ぶ理由だろう。
「ああ、そうだったな」
シュメリアは西大陸南方の街、サウスミリアの出身だ。
船乗りであった父親が死去したのを機に、母親と共にキルケットを訪れたのだが……
少し前にその母親が病に倒れ、住み込みで働いていた商店を追い出されてしまったらしい。
城塞都市キルケットにおいて、土地の限られた城壁内に自分の家を持っている者は、それなりの富裕層だといえる。
後の者は、家を持っている者から間借りするか、もしくは宿屋で日々宿賃を支払いながら暮らすかしかない。
幸い、人の往来が多いこのキルケットは、宿屋だけは十分すぎるほどにあった。
母親と共に住居を追われたシュメリアは、いったんはそんな宿屋に身を寄せた。
だが、すぐに宿賃が尽きかけてしまい……
母親だけを宿に残し、自分は宿を出ることにした。
間借りと宿屋以外の方法としては、後はもう城壁付近の広場や道端で野宿するしかなくなってしまう。
そしてシュメリアは。
自身は野宿をしながら、母親の治療費と宿賃、そして最低限の食事をするためのマナを稼ぐため、自身の身の上話を詩にして道端で唄っていたのだった。
「流石に冒険者にはなれなそうでしたので、昔お母さんに教わった唄い方で、とにかくやってみたんです」
幸運なことに。
それで、なんとか食いつなげるくらいの稼ぎを得ることができていたらしい。
そんなシュメリアがある日、娼館の主人からほぼ人攫いに近い強引な勧誘を受けていた。
薄幸の少女に、客の前で際どい衣装を着せて詩を唄わせれば、かなりの稼ぎになると踏んだらしい。
そこへ、ミトラが偶然通りかかり『あれを止めさせたい』と言い出したことが、俺たちとの縁となったのだった。
それ以来シュメリアは、付き人としてミトラの身辺の世話をするかたわらで、たまに劇場の舞台に立って詩を唄っている。
幼い頃から苦労が絶えなかったせいか、シュメリアは14という年齢に見合わない落ち着きと、深みのある表現力で悲劇を唄い上げる。
しかしながら、そんな悲惨な境遇の中にさえ救いを見出すようなひたむきさで、観客は完成された悲劇の中にすら勝手に救いを見出してしまう。
その辺りの天恵の表現力にファンが付き、また公演に立つ回数が極端に少ないという希少性も作用してか、いつの間にか『ミストリア劇場一の吟遊詩人』と呼ばれるようになっていた。
とはいえ本人は、母親に必要な治療を受けさせるだけの資金を集めると、後はミトラの付き人としての仕事を優先していた。
必要なだけの金があれば、後はそこまで稼ぐことにこだわりがないというのだ。
今はたぶん、その気になればそれなりの贅沢ができるくらいの手持ちがあることだろう。
俺は、後々の商売拡大のために金を溜め込むことに興味がある。
だからあえて贅沢に手を出さないのだが……
シュメリアはそもそも贅沢に興味がないようだった。
それよりも、悲惨な境遇から救い上げてくれたミトラへの恩を返したいという気持ちの方が強いように見える。
「必要なものがあれば言ってくれ、俺に用意できる範囲で用意する」
「ありがとうございます。今は特にありません。私は、今が永遠に続けば良いと思うんです」
シュメリアはそう言って、ミトラの背中を少し潤んだ目で見つめていた。
たぶん、本気でそう思っているのだろう。
その表情からは、そんな感情が見てとれた。