34 共同作業
激しい水流でもみくちゃにされながら、ロロイと離れてしまわないようと必死にその身体を抱きしめた。
こんな激流の中で離れ離れになってしまったら、もう2度と合流できないかもしれない。
腕の中のロロイはすでに魔宝珠を倉庫にしまったようだが、その代わり天井の亀裂からは太陽の光が差し込み始めていた。
おそらく今はもう、外は昼頃だろう。
無尽水源の上昇に合わせて洞窟の天井が崩され、徐々に洞窟が外とつながりはじめているようだ。
なんとかあそこから外に出られれば……
どうやら無尽水源の上昇とともに周囲の水も巻き上げられ、俺たちもそれに巻き込まれる形で上へ上へと持ち上げられているようだった。
そしてついに、完全に光の溢れる空間まで上昇した。
視界の端に、森だとか山だとかいろいろなものが見え始めている。
だが、俺には周囲の景色を眺めているような余裕はない。
水流でもみくちゃにされながらもう右も左もわからない状態だ。
外には出られたようだけど、ここのままじゃマズい。
ロロイを離さないようにしながらも、なんとか革袋からの給気を行う。
腕の中のロロイは、さっきから適宜吸気を行いながらも、再び倉庫から取り出した魔宝珠を無尽水源に向かって掲げている。
この状況で……
おそらくロロイは、死んだ魔龍の意識から無尽水源の『制御権』とやらを取り戻そうとしているのだろう。
歴戦の勇士というのは、まさにこういう場面でも自分の目的のために死力を尽くせる奴のことをいう。
ロロイほどではないが、俺もそれなりの修羅場をくぐってきているつもりだ。
「倉庫取出」
俺は、行きの森で切り倒した大木の一つを取り出した。
そしてその木につかまって水面へと浮上し、ロロイと共に久しぶりにまともな空気を吸い込んだ。
「!!」
そしてそこで見た光景に、俺は目を疑った。
現在俺たちがいるのは、シトロルン山脈の遥かな上空。
大量の水と共に、いつの間にか相当な高さまで巻き上げられてしまったようだ。
未だに上昇し続ける無尽水源を中心に、水がその周囲でぐるぐると渦を巻いている。
俺たちは、その大量の水とともに空中を漂っているのだった。
飛んでいる? というか、浮いている?
「アルバス! 無尽水源の制御権が取り戻せないのです! このまま水が出続けると、ウラムスの意識が消えた時に全部落っこちて大洪水になってしまうのです! キルケットが押し流されてしまうかもしれないのです! そしてたぶん、それこそがウラムスの望みなのです」
俺と同時に水面に顔を出したロロイが、そう叫んだ。
「なんとかできないのか!?」
「こうなったらもう、なんとかして無理やりにでも無尽水源を手に入れるのです! 引き続きトレジャーハントなのですっ!」
「お、おう。ははは……」
こんな凄まじい状況下でも、最初から最後まで全くぶれないロロイに思わず笑ってしまった。
『どうやってアーティファクトを手に入れるのか』とか、なんかもう細かいことのように思えてくる。
無尽水源が上昇をやめ、水流が少し穏やかになり始めたタイミングで、ロロイがアルミナスのスキルで風を巻き起こし始めた。
それにより、俺たちは無尽水源の周囲を旋回しながらも徐々に近づいていき、ついにはその直上。その輪郭に手が届く場所にまで到達した。
眼下に見えるは、巨大な無尽水源。
やはり、間近で見ると凄まじい威圧感だ。
超古代の技術によって作られた桁外れのエネルギーの結晶体。
あるいは扉。
もしロロイが、本当にこの力を手に入れることができるというのなら……
そしてふと、ロロイがじーっと俺の方を見ていることに気が付いた。
「ん?」
「アルバス、早くするのです。暴走の波が穏やかになっている今こそがチャンスなのです」
「へっ?」
「こんなに大きいのは、ロロイの倉庫には入らないのです。だから、アルバスの倉庫に入れるのですよ」
「いやいや、どう考えても無理だろ!」
思わず突っ込みみたいな声が出た。
アーティファクトを……、倉庫に入れる?
「? この無尽水源は荷馬車より少し大きいくらいのサイズなのです。しかも、丸いからきっと転がして移動とかできるのです。そして何より、ちゃんとここに実体があるのです! だからきっと、アルバスの倉庫になら入れられるのです」
よく見ると、この無尽水源には、アース遺跡の無尽太陽とは違うはっきりとした輪郭が見えた。
これがロロイの言う『実体がある』という事なのだろうか?
「わかった。とりあえずやってみよう」
無茶でも何でも、とりあえずやってみたら何とかなるのかもしれない。
ロロイもバージェスも、そうやってチャンスを掴み取ってきたんだ。
ロロイが『できる』というのだから、
もしかしたら本当にできるのかもしれない。
「倉庫収納」
俺は水中にもぐり、その輪郭に触れながら頭の中でそう唱えた。
「……」
「……」
だが、数秒が経過しても無尽水源は変わらずにそこにあった。
俺の倉庫内に、何かが収納された形跡もない。
「ダメだな」
「やっぱりダメなのですか?」
やっぱり……か。
アーティファクトを手に入れるだなんて、そもそもそんなことは不可能なことなのだ。
ただ俺は、無尽水源の輪郭に触れ、このアーティファクトには確かな実体があることをこの手で確認してしまった。
かたい質感だが、軽い。
俺が押すことで、ふわりと簡単に動いてしまった。
アーティファクトに実体があって、人の手で移動させられるだなんて……
俺の常識は、すでに取り返しがつかないほどに揺らいでいた。
→→→→→
「たぶん、アルバスにはその資格がないのです」
渦巻き、再び激しさを増し始めた水の中。
ロロイが静かにそう言った。
「そりゃ、アーティファクトを手に入れる資格なんてものを、俺が持っているとは思えない」
「でもきっと、ロロイにはそれがあるのです。そこでロロイはいい方法を思いついたのです。だからアルバスにお願いがあるのです」
「なんだ? 俺にできることならなんでもするぞ」
この状況で……
倉庫スキルが役に立たない俺なんかに、なにかできることがあるならな!
もはや俺は、自力で地上に戻ることすらできない。
早急にロロイが『制御権』とやらを手に入れて、この大量の水と共に俺をゆっくりと地面までおろしてくれないことには……
俺には地面に叩きつけられ死ぬ以外の未来がない。
「これはロロイがロロイの目的のために、アルバスに無理なお願いをしているだけなのですが……」
そう言って少し言い淀んだ後、ロロイは腕の中から少し上目遣いで俺を見ながら口を開いた。
「ロロイと結婚してほしいのです」
「はぁっ!?」
なんでもするとは言ったものの、それは完全に予想外だった。
「アルバスには無尽水源を手に入れる資格はないけれど、たぶんロロイにはそれがあるのです。そして、ロロイの倉庫には無尽水源は入らないけれど、たぶんアルバスの倉庫には入るのです」
「それってつまり……」
「『資格の貸与』と『財産の共有』なのです! この方法でなら……きっとアルバスと2人でなら、ロロイは無尽水源を手に入れられるのです!」
捲し立てるようにそれだけ言い切ったロロイは、ハッとしたように右を向いた。
つられて俺もそっちを向くと……
そこには、頭部を失った水魔龍が浮いていた。
その周囲に、急速に水の球が生成されていく。
「生きていたのか!?」
「もう死んでいるのです。けど、この世界にわずかに残ったウラムスの意識が、その身体を無理やりに動かしているのです」
直後、水魔龍から水弾が放たれた。
それをロロイがアルミナスで受け止め……切れずに吹き飛ばされた。
「ロロイッ!」
「大丈夫!」
すぐに体制を整えたロロイがアルミナスで反撃にでる。
「うりゃああぁぁーーーっ!!」
だが、ロロイの攻撃は水魔龍の魔障フィールドよって完全に防がれていた。
制御権の奪い合いとやらならともかく、直接戦闘ではどう考えても勝ち目はなさそうだ。
頭部が吹き飛び、もう死んでいるにもかかわらず。
水魔龍は、依然としてその絶対者としての風格を維持していた。
ロロイが数発の水弾の直撃を受けた。
その衝撃に耐え切れずに、手にしていた魔宝珠が吹き飛ばされてしまう。
ロロイの手を離れた魔宝珠は、無尽水源の旋回する水流に巻き込まれてどこかへ流されていった。
再び水魔龍の周囲に水が集まっていき、次々と水弾が放たれた。
それを、ロロイがアルミナスでぎりぎりでさばき続ける。
だが、完全に押され始めている。
魔宝珠を失ったロロイは、無尽水源の制御権の奪い合いでも押し負け始めているという事か?
「ロロイ!」
「何なのですか!? 今忙しいのです!」
「結婚しよう!」
「うれしいのです! ありがとなのです!」
これでこの状況を覆す一手を放てるのならば、もうやるしかない。
とはいえ。
この状況じゃ、さすがにやることやれんよな?
って言うか、娘枠のロロイとやるのか?
とかなんとか考えていたら……
俺の倉庫がどこかと繋がるのを感じた。
「……」
どうやら人間の決めた『結婚のルール』は、神々から与えられた力である『天賦スキル』が定める条件とは、少々異なっているらしい。
そして倉庫スキル持ちであるロロイとの『財産共有』は、アルカナやミトラのものとは少し異なっていた。
アルカナやミトラの箱については、俺の「倉庫」内に彼女たち専用の空間ができるイメージだったのだが……
ロロイについては、ロロイの倉庫につながる真っ暗な扉ができたというようなイメージだった。
アルカナやミトラとは違い、その中に何があるのかを、俺の方からは確認できないようだ。
やはり、このスキルは謎が多い。
「行って! アルバス!!」
ロロイの周囲で風が巻き起こり、俺に向けて放たれた。
その風は俺の身体を周囲の水ごと空中に巻き上げ、無尽水源の近くまで吹き飛ばす。
だがその隙に。
水魔龍からひと際大きな水弾が放たれ、無防備なロロイへと直撃してしまう。
「ロロイっ!!」
ロロイの身体は周囲の水を突き破りながら吹き飛び、中空へと投げ出された。
そして、そのまま落下していった。
「アルバス! 無尽水源を手に入れてっ!!」
そう言いながら落下していくロロイ。
そして、俺の眼前には無尽水源があった。
もう、とにかくやるしかない!
「ヒュィィィイイイーーーーッッ!!」
間近から聞こえるのは、水魔龍の勝利の絶叫だ。
あと数秒後か、もしくは数十秒後か……
俺は地面に叩きつけられるまでもなく、水魔龍の水弾を食らってバラバラにされるだろう。
その前に。
最後の最後にロロイの望みを……
あいつが命掛けで賭けようとした望みを……
俺が……
「倉庫収納」
俺はその輪郭に手を触れ、スキル発動の呪文を唱えた。
だが、数秒後も変わらずに……
俺の目の前には無尽水源があった。
「……」
また、失敗した?
やはりダメなのか?
そんな俺の頭の中に、突き抜けるようにロロイの声が聞こえてきた。
『王の末裔たるロロイは。夫であるアルバスに、その資格を貸与する』
一瞬の後。
目の前の無尽水源からは、急速にその輪郭が消え始めた。
先程までたしかにそこにあったはずの無尽水源は……
アース遺跡群で見た無尽太陽と同じく……
実体のない『影』となっていた。
さらに一瞬だけ遅れて。
俺の倉庫のインベントリーには、『無尽水源』が追加されたのだった。
「ほ、本当に?」
俺たちは、たしかに無尽水源を手に入れていた。
「やったぞロロイッ!!」
そして……
「ヒュィィィイイィイイイィイィィィイィイ―――――ッッッ!!」
発声器官を失った水魔龍の悲しげな断末魔とともに、
周囲の水が浮力を失い、俺の身体は一気に落下し始めたのだった。




