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33 水源の暴走

半分退化したように白濁した水魔龍の瞳が、俺たちの方を向いていた。

たまに薄い膜でパチパチと瞬きをするので、たぶんきちんと見えている。


そして魔龍というのは、便宜上『特級モンスター』に分類されてはいるのだが、その戦闘力は通常の特級モンスターとは比にならない。

当然強力な魔障フィールドを所持しているし、魔術の概念を超えた高度な魔法の力を使用することもある。


それはもはや、モンスターではなく回避不能な大災害のようなものだ。


大商人グリルの行商行脚においても、魔龍によって壊滅させられた大都市を、その後グリルの力で再興させるという章が存在していた。

魔龍の行脚は災害の如し。

グリルたちは、それに立ち向かうという発想すら持たなかったとされている。

かつてはそれほどに、魔龍の存在は強大だった。


魔障フィールドの解析技術や、武具スキルなどによる効率的な魔術強化の研究が進み、人間がなんとか魔龍に対抗するだけの力を手に入れた現在においても。

魔龍討伐を成し遂げることができるのは、ほんの一握りの強者だけだ。


ロロイが強いと言っても、それは人間の基準内でのことだ。

よほど相性が良くない限りは、相手が魔龍では勝負にもならないレベルだろう。


「ロロイ、こちらからは手を出すなよ。刺激しないようにして……何とかやり過ごすんだ」


「了解、なのです」


ロロイとともに、ゆっくりと水を蹴って少しずつ後ろに下がっていく。

水魔龍のギョロリとした瞳が俺たちをジッと見据えていて、こちらも全く目を離すことができなかった。


対峙すること、おそらく数分間。

体感的には何十分にも感じられたその時間の末に突然、水魔龍が口を開いた。

ガバーっという感じで開かれた口の中で、急速に水の塊が生成されていくのが見える。


「アルバス!」


そう叫びながら、ロロイが俺と水魔龍の間に割り込んできた。


ロロイが瞬時に鉄壁スキルを発動しながら、水中で構えをとる。


その次の瞬間。

水魔龍の口から発射された水弾と、振り抜かれたロロイの拳との間で激しい衝撃が巻き起こった。


1発目は相殺。

そして俺の目には、ロロイの風をかき消しながら迫ってくる2発目の水弾が、スローモーションのように見えていた。


その水弾が、攻撃後に硬直しているロロイに直撃した。


水弾を食らったロロイは、回転しながら水中を吹き飛ばされながら沈んで行き、激しく壁に叩きつけられて、ふわりと水中に漂った。

そして、装備品の重みで徐々に沈み込んでいく。


と、同時に。

魔宝珠の光が急速に小さくなり始めた。


「ロロイ!!」


大丈夫、きっと気を失っただけだ。

ロロイがあの程度で死ぬはずがない。


今のは、水魔龍によっては水遊びみたいなものだ。

まだ、本気で殺しに来てはいない。


水魔龍は、威嚇するように口をパクパクと開け閉めして見せていた。


その口が再び大きく開くと同時に、俺は小さく「倉庫取出(デロス)」とつぶやいた。

取り出したのは、アース神殿で拾った『ただの瓦礫』だ。


その瓦礫の重みで一気に水中へと沈み込む。


頭上に水魔龍のはなった水弾が見える中、一気にロロイのいる水深まで下りていく。


水魔龍は俺を追ってはこず、水面に留まって無尽水源(オメガ・スイ)の真下当たりに移動していった。


消えかけている魔宝珠の光を頼りにロロイを捕まえ、そして抱き寄せた。

その瞬間にロロイが目を覚まし、再び周囲に魔宝珠の明かりが満ちる。

俺は息苦しそうにもがくロロイを抱え、水魔龍と距離を取りながらいったん水面に浮上した。


「大丈夫か、ロロイ」


「ごめんなさいなのです。アルバスはちゃんとガイドをしてくれたのに、ロロイはちゃんと護衛ができなかったのです」


ロロイは激しくむせこみながらも、俺への謝罪を口にする。


「そんなことどうでもいい! 本当に……、無事でよかった」


「アルバス、泣いているのですか?」


腕の中のロロイが、きょとんとした顔で俺を覗き込んできた。


「しぶきがかかってるだけだ」


水魔龍は、どうやら頭上の無尽水源(オメガ・スイ)を気にしているようだ。


その光景を見ながら、ロロイとともに徐々に後ろへと下がっていく。

今のうちに、元来た道を通って帰ろう。

水魔龍の巨体では、さっき俺たちが通ってきた通路は通り抜けられないだろう。


水魔龍がいるなんて話になれば、もはやギルド長だとか大商人だとか言ってはいられない。

これは、一手対処法を見誤るだけで、城塞都市キルケットに甚大な被害をもたらしかねない話だ。


「アルバス!」


その時突然、ロロイが叫んだ。


無尽水源(オメガ・スイ)があるのですっ!!」


「いや、知ってる」


さっきからその話はしていたはずなのだが……


「違うのですっ! あれは影ではなく実体なのです」


「?」


ロロイによると、アース遺跡にあった無尽太陽(オメガ・サン)のように、ただエネルギーをぶちまけるだけの『影』ではなく、実体としての無尽水源(オメガ・スイ)がここにはあるらしい。

いまいちピンとこない俺だが、ロロイは大興奮してもう手が付けられない状態だった。


「ロロイは、あれが欲しいのです。すぐに取りに行くのです!!」


「真下に水魔龍がいる。あれに近づくなんて無理だ。それにあんな高い場所にあるんだから……」


そう言いながら周囲を見渡し、俺はその違和感に気がついた。


「あ、れ……」


ロロイもそれに気がついたようだ。


無尽水源(オメガ・スイ)が降りてきているのです」


「逆だ。俺たちが昇っている。おそらくは水位が上がっているんだ」


無尽水源(オメガ・スイ)から溢れ続ける水により、この空間が埋め尽くされようとしていた。


「一体、何が起きてるんだ?」


「水魔龍が、無尽水源(オメガ・スイ)を完全に制御しようとしているのです。たぶんロロイが来たせいで、水魔龍はそれができることを知ってしまったのです」


「制御だって!?」


そんなことはあり得ない。

アーティファクトと呼ばれる神々の遺物達は、ただその場にあるだけだ。

誰かが制御できるような代物ではない。


「でも、渡さないのです。無尽水源(オメガ・スイ)を手に入れるのは、ロロイなのです!」


アーティファクトを手に入れる。

それは俺の常識を覆すことであり、完全に俺の理解の範疇を超えていた。


そんな俺をしり目に、ロロイは再び魔宝珠を掲げてうんうんと唸りだした。


無尽水源(オメガ・スイ)の方を向いていた水魔龍が、再びギロリと俺たちの方に向き直る。


「来るぞっ!」


水魔龍の周囲に水が集まりだし、次の瞬間にはそれが俺たちに向けて水弾として放たれた。


「うりゃあぁぁぁーーーっ!」


ロロイがアルミナスの攻撃を無茶苦茶に放ち、水弾をはじく。

先ほどは完全に押し負けていたが、今回はどちらかというとロロイが優勢だ。


そして、鼓膜を突き破るような咆哮。

水魔龍が断末魔のような叫び声をあげていた。


「一体何だっていうんだ?」


「ロロイがここに来たせいで、ロロイと水魔龍の間で無尽水源(オメガ・スイ)の制御権の奪い合いが起こっているのです。もともとその資格のない水魔龍は、ロロイに押し負けて、無尽水源(オメガ・スイ)から力を取り出せなくなっているのです」


もだえ苦しむように水中を跳ねまわる水魔龍。

そして、突然に水中から飛び出し、大きく口を開けて無尽水源(オメガ・スイ)を丸飲みにした。


「なっ」


「これは、ヤバいのです!」


その瞬間、水魔龍の頭部がぷくりと膨らみ、そのまま弾け飛んだ。

その肉片が、血の雨のようになって方々に飛び散っていく。

そして頭部を失った水魔龍は、ゆっくりと水の中に沈みこんでいった。


変わらずそこにある無尽水源(オメガ・スイ)からは、一気に大量の水が噴出し、瞬く間にこの空間を埋め尽くし始めた。


「ウラムスは最後の手段に出て……そして失敗したのです。ただ、これで一時的に無尽水源(オメガ・スイ)の制御権を完全に握られてしまったのです」


「どういうことだ?」


マジで、何がどうなっているんだ?

ウラムスというのは、あの水魔龍の名前なのか?


「ウラムスは命懸けで力を欲したのです。でも、失敗して死んでしまったのです。それでもこの世界からウラムスの意識が完全に消えるまでは、無尽水源(オメガ・スイ)の制御権はウラムスのものなのです。そして、ウラムスは最期に無尽水源(オメガ・スイ)を暴走させようとしているのです」


「暴走!?」


無尽水源(オメガ・スイ)からは凄まじい勢いで水が溢れ出し、水位はぐんぐんと上昇していく。

水位とともに一気に上昇した俺たちは、すでに無尽水源(オメガ・スイ)よりも上にいた。


わずかに残った空気は洞窟上部の亀裂から漏れ出してしまい、洞窟内の空間が完全に水で満たされてしまった。


それでも無尽水源(オメガ・スイ)からはさらなる水があふれ続けているようで、行き場を失った水たちは圧力を増し、いくつもある水の出口に向かって一気に外へと流れ始めた。

それとは別に、無尽水源(オメガ・スイ)の周囲にはぐるぐると渦を巻く水流が巻き起こり、俺とロロイの身体をめちゃくちゃに押し流す。


もうめちゃくちゃだ。


そんな中、ロロイは何とかして無尽水源(オメガ・スイ)に近づこうとしてもがいていた。

だが、水流に巻き込まれてまともに泳げない状態だ。


そしてそんな中でも、無尽水源(オメガ・スイ)は徐々に上に昇り始めているようだった。

ついには洞窟上部の岸壁を打ち砕き、外から太陽の光が差し込んでくる。


アーティファクトが移動するなんて……

もはや、俺の理解を超えた出来事ばかりが起き続けていた。

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