30 トトイ神殿跡地の探索③
「アルバスの言う『気になる部分』ってどこなのですか?」
再び神殿の地下に向かいながら、ロロイがそう訊ねてきた。
「真ん中の道から行った先にある回廊だな。あの構造は別の古代遺跡で何度かみたが、必ず部屋数は15だ。だから1つ足りない」
2000年前の古代人にとっては『6』と『15』と『21』という3つの数字に、何らかの意味があったらしい。
6はおそらくは6大魔法属性だが、他の2つについてはよくわからない。
だが、ライアンのパーティで数々の古代遺跡を探索した経験から、少なくともそういうものであることは認識していた。
「魔法属性の数なのですね」
「そうだな」
「全部で21個なのです。だから、本当は7個足りないのですよ」
俺は、最初ロロイの言っている言葉の意味がわからなかった。
「?」マークを浮かべる俺に、ロロイがさらに言葉を続ける。
「基本の6種と、それを合成した15種なのです、そしてそれを合わせた21種なのです」
「古代の合成魔術か? 15種類もあるなんて話は聞いたことがないぞ」
俺が知っているのは、雷電、爆裂、氷雪……
それと最近知った煙霧と錬金の5つだけだ。
「雷電、爆裂、樹木、太陽の祝福、罪血の呪い、それと……あれ、後なんだっけ?」
「そんな魔術属性、聞いたことがないぞ……」
樹木? 太陽の祝福? 罪血の呪い?
それらは、全くもって聞き覚えがない属性の名前だった。
だが、4つの基本属性を合成した場合、少なくとも合成魔術は6種存在する可能性があるという話は聞いたことがある。
火と土の合成魔術は『爆裂』
火と風の合成魔術は『雷電』
風と水の合成魔術は『氷雪』
そして、アマランシアの使う水と火の合成魔術は『煙霧』で、ミトラの使う風と土の合成魔術は『錬金』だ。
そうなると、少なくとも他に水と土の合成魔術が存在するだろうということは想像できる。
それでも、ロロイのいう15種には遠く及ばない。
その数になると、応用属性である光や闇の属性をも合成元に加えている計算になる。
だがそもそも、人の力だけでは発動できないような属性を使って、合成魔術を作るなんてことができるのだろうか?
「あ、そうだ思い出した。『錬金』と『腐毒の呪い』を忘れていたのです。でも、他にまだ8つもあるのです」
「煙霧と氷雪か?」
「そうなのです! やっぱりアルバスは物知りなのです! でも、あと6つ……」
「ロロイ、お前はいったい……」
「ん? どうしたのです、アルバス」
俺は、驚きのあまり数歩ほど後ずさっていた。
いつものように小首をかしげて俺を見るロロイが、急に遥か彼方の存在に思えてしまう。
こんなことは、魔導都市アマルビアの研究者達だって知らないかもしれない。
強力な合成魔術に関する研究は、至高の領域だ。
だからこそ、それらの情報は秘匿されていた。
そのため、合成魔術の魔術書は高額で取引されるし、爆裂属性の合成魔術を使いこなしてしまったルシュフェルドには、黒魔術師の最高位である『黒金』の称号が与えられ、人目に触れる場所で軽々しく使うことが禁じられていたのだった。
ルシュフェルドは、それはあまり気にしていなかったが……
「ロロイは、何でそんなことを知っているんだ?」
「じぃ様が教えてくれたのですよ。パンチの打ち方やキックの仕方と一緒に」
「何者なんだ、そのじぃ様って人は……」
「じぃ様はじぃ様なのです」
「な、名前は?」
「名前は……ロロイも知らないのです」
「何だそりゃ」
どうやら、ロロイは本当にその『じぃ様』が誰なのかよく知らないらしい。
「じぃ様はじぃ様なのです。ロロイに色々教えてくれて、ご飯とかも作ってくれてたのです」
ロロイの育ての親であり、そして既に死去しているらしい。
「他には、その人は何か言ってたのか?」
「んと、楽しくトレジャーハントをして、アーティファクトを探せって」
「お、おう」
「そして、ロロイに『王』になれと言っていたのです」
「お、おう?」
俺今、同じ言葉を2回繰り返したぞ。
もちろん、さっきと今とじゃ全く違う意味だけど……
どうやらロロイのトレジャーハントへ熱い思いは、そのじぃ様が原因らしい。
はじめはアーティファクトに全く興味を示さなかったロロイに対し。そのじぃ様という人が自身の体験談や古い詩なんかを日夜言い聞かせ、ロロイにトレジャーハントの素晴らしさを説き続けたのだそうだ。
そして今の『トレジャーハントが大好きなロロイ』ができあがったらしい。
そしてその『じぃ様』は、その果てにロロイをどこかの国の王様にしたいらしかった。
ロロイの場合は、女王様かもしれないけれど。
「ロロイは王様になりたかったのか?」
「ん? ロロイはそれはどうでもいいのです。ロロイは、アルバスと一緒にトレジャーハントがしたいのです!」
そう言って笑ったロロイは、俺のよく知るいつものロロイだった。
→→→→→
「とりあえず、この回廊に15個目の部屋があると考えて、その場所を探してみよう」
ロロイの生い立ちについては一旦おいておいて、俺たちはとにかく現状を打破するための行動を起こすことにした。
そして、この回廊にて怪しい場所の壁や床を錆びた棒で叩いて回っているのだが、反対側に空間があるような音は特に返ってこなかった。
「うーん、なんもないな」
そりゃそうか。
壁や床を叩いて見つかるような簡単な抜け穴があれば、ここを監獄なんかには使わないだろう。
「アルバスはさっきから何をしているのですか?」
ロロイが、いつものように小首を傾げながら聞いてきた。
たぶん、そこら中の壁を棒で叩いて回っていることについてだろう。
「ああ、音の反響で反対側にどんな空間があるのかを確認してるんだ」
「音で、反対側に空洞があるかどうかが分かるのですか?」
「そうだな」
「なら、いい考えがあるのです!」
何をするのかと思って見ていたら。
ロロイは自分の倉庫から聖拳アルミナスを取り出し、構えをとった。
そして、壁に向かって拳を繰り出した。
少し遅れて『ズグッ!』という音が、壁の向こうのほうから聞こえてきた。
どうやら、壁の向こう側の土の中で遠隔攻撃スキルが発動したらしい。
ロロイは、それを回廊の至る所で試し始めた。
同じ方向に対して複数回。
おそらくは段階的に距離を変えて遠隔攻撃を放っている。
遠隔攻撃スキルに関して、間の物理的な障害物は問題とはならないようだ。
数が少なく、使いこなしている人間も少ないということで、非常に情報が少ないスキルなのだが。使い方によっては暗殺のようなことまでできてしまいそうだった。
ただし魔術の一種に違いないので、先程の含魔鉄のような魔法力を含むものは突破できないだろうし、魔障壁や、鉄壁スキルなどでも防ぐことが可能だろう。
そのままロロイは何箇所かに向けて風の遠隔攻撃を放った。
何度も何度も、少しずつ場所や角度を変えてそれを行い続けたが、なかなか思うような音はしなかった。
「当てが外れたかな……」
それでもロロイは粘り強くそれを試し続け……
程なくして、それまでとは違う『ポォォォン』というくぐもりつつも長く響くような音が、どこからともなく聞こえてきた。
「違う音がしたのです!」
見た目は何の変哲もない壁だ。
だが、確かにその先には空洞が広がっているようだった。ロロイによると、空洞は5mくらい向こう側らしい。
俺は胸がドクンと高鳴るのを感じた。
ただ、ここを掘るのはかなりキツそうだ。
「ロロイ、今のもう一度やってみてくれ」
「了解なのです」
ロロイに遠隔攻撃を発動してもらいながら、俺は必死に耳をすませた。
ほんの微かだが、確かに聞こえた違和感。
ロロイが遠隔攻撃を放った先とは違う方向から、その反響音が聞こえてきた気がしたのだ。
「ロロイ、少しそれを続けててくれ」
そして、俺はいくつかの部屋を歩き回り……
「見つけた。……ここか」
すぐ隣の部屋の壁にある、模様と見間違うような微かな亀裂の先から、ロロイの遠隔攻撃スキルの反響音が響いてきていることを突き止めたのだった。
→→→→→
「この亀裂の先に、隠し部屋があるのですね!!」
ロロイは、凄まじいまでに興奮している。
まぁ、気持ちはわかる。
俺も少し興奮してる。
ダンジョンで隠し部屋への通路を発見した時のワクワク感は半端ない。
それも、それを作ったやつ以外にはまだ誰もその先へ到達していないのならば、そこには隠されたお宝がある可能性が非常に高い。
これにワクワクしないやつなんているはずがない。
「トレジャーハントなのです!!」
「次は、この壁をどうやって壊すかだな」
アース遺跡群の時は、ルシュフェルドの爆裂属性の魔術をばかすか放って岩壁をボコボコに破壊したが、今回はそうはいかないだろう。
「ロロイに任せるのです!」
そう言ってロロイは、アルミナスで手元に風の魔術を発動させ、その風で石壁を削りはじめた。
キルケットやポッポ村でも見せたその技術。
いつの間にロロイは、『武器スキルを介した魔術の自在な発動』なんていう化け物級の技術を身に着けていたんだろうか。
それは、黒金の魔術師ルシュフェルドでさえ、いまだに到達できていない境地だ。
「う〜っ」
だが、それはそれとして。
風魔術で石壁を削るなんて、どう考えても無茶なことだった。
「ロ、ロマン〜〜ッ!」
それでもロロイは、そのまま必死に石壁の亀裂を削り続けた。
たまに物理的な衝撃などを加えたりしている。
途中途中で、俺が渡した魔力回復薬を飲んだりしながらも、ひたすらに魔術を発動し続けた。
「ロロイ、少し休め」
「まだまだ平気なのです! たぶんあとちょっとなのです」
「無茶するなって……」
「ロマンがロロイを待っているのです!」
やがて石壁が砕け、ロロイがそれを退けると土の層が顔を覗かせた。
中を覗き込むと、そこには人1人がギリギリ通れるくらいの斜めの亀裂が広がっているようだった。
どうやら上から流れてきた水などによって削られたらしい。
魔宝珠の明かりに照らされた下方に、水が溜まっているのが見えた。
「さっきの音はもっと先なのです! もっと削るのです!」
相手が土に変わり、そこから一気にペースが上がったものの、さらに待つこと数十分。
ロロイが「あっ!」と声を上げたので覗き込むと、亀裂の向こう側に別の石壁が見えた。
トトイ神殿のものとは違う材質でできたその石壁は、ロロイが遠隔攻撃を当てると簡単に崩れた。
そしてその向こう側に、少し大きめの空間が見えたのだった。
おそらくは、それが先ほどロロイがアルミナスで探りあてた空間だろう。
「アルバス! トレジャーハントなのです!」
俺をみて満面の笑みでそういったロロイは、次の瞬間にふらふらとよろめきはじめる。
俺が慌ててロロイを支えた時には、ロロイはすでに気を失っていた。
「ロロイ!?」
流石に無理しすぎだ。
ロロイが気を失うと同時に、魔宝珠が放っていた光も徐々に消えていき、やがて周囲に暗闇が訪れた。




