29 トトイ神殿跡地の探索②
「そういうわけで、そこの扉が開けられないんだ」
俺とロロイがトトイ神殿の地下牢獄部分に降りている間。
マーカスギルド長の秘書官であるジャハルがやってきて、地下への入り口の鉄格子扉を閉めてしまったらしい。
クラリスからそれらの状況を聞いた俺は、さすがに頭を抱えた。
「少し嫌な予感がしたから、パーティを2つに分けたまでは完璧だったんだけどな」
「悪いアルバス。私たちの突入が遅かったせいだ」
鉄格子の向こう側で、クラリスが悔しそうに扉を叩いた。
どうやらこの鉄格子は含魔鉄という特殊な金属でできているらしい。
含魔鉄は、失われた太古の技術によって作られた特殊金属で、魔法力を通すことで強度が数倍に跳ね上がるという性質を持っている。
そして現在、微弱だがどこからともなく魔法力の供給を受け続けているらしかった。
現在の技術では精製不可能であり、魔法力が通った状態では変形や加工をすることすらできないという。
つまり、それでできた鉄格子の内側に閉じ込められたものにとっては、最悪の金属だった。
巻き付けられた鎖はともかく、この鉄格子自体は、鍵がないと絶対に開けることができないとのことだった。
「ごめんなさい。ロロイがトレジャーハントしたいって言ったばかりに……」
ロロイも、その状況を聞いてがっくりと肩を落とした。
「いや、そもそも俺も始めから遺跡には入る気だった。バージェス達にバックアップを任せて、それで問題ないとたかを括ってたんだ」
扉の鍵を破壊しようにも、ガタイのいい番兵がいろいろ試してもやはり歯が立たなかったようだ。
見た目は普通の金属なのだが、戦斧が簡単に刃こぼれするほどに硬いらしい。
そして、左右は分厚い石壁だ。
今も、ロロイが剛力スキルで身体強化してガンガン扉を殴りつけたり、左右の石壁を攻撃しているのだが、どれもびくともしていない。
この扉がそう簡単に破れるものでないのは、過去の歴史が証明している。
「ごめん、アルバス」
再びクラリスが肩を落とした。
現在、逃げていったジャハルとダコラスをバージェスと数名の番兵が追跡しているとのことだ。
クラリスは、自身もバージェスと共に追跡部隊に加わろうとしたそうだが。
俺たちへの情報伝達係として、バージェスにたしなめられてここに残ったらしい。
また番兵たちの詰所からは、すでにキルケットにこの状況を伝える伝者を送り、鍵開け系のスキルを持つ者の手配を進めようとしているとの話でもあった。
だが、すでにここまでのことをしでかしているマーカスが、それに気づいて無理矢理に情報を握りつぶすような可能性も十二分にある。
まさか、こんななりふり構わない方法で俺の足止めをしにくるとは……
「あっちのやることは、いよいよもって無茶苦茶だな」
とはいえ、俺が大商人シャルシャーナの到着までにキルケットにたどり着くためには、バージェスがジャハルから鍵を取り返す以外に方法はない。
そうなると、いよいよ詰みに近い状況だった。
もし、ジャハルが鍵を適当な森の中にぶん投げたりでもしていたら、もう完全にうつ手がない。
ただ……
「こんなことをしておいて。後々立場が危うくなるのはあんたの方だぞ、マーカス」
このまま俺がギルドから任された仕事を期限内にやりきれなかったとしても、それはマーカスによる数々の謀略によるものだ。
そのことが明るみに出れば、依頼失敗をネタに俺を責めたてるどころの騒ぎじゃないだろう。
番兵やバージェス達にジャハルが姿を目撃されている以上、マーカスの関与はそう簡単に否定できない状況となっている。。
そうそう言い逃れはできないし、させるつもりもなかった。
「何してるんだアルバス?」
倉庫から小さな座卓を取り出した俺をみて、クラリスが怪訝そうに声を上げた。
「ミトラに手紙を書く。情報戦なら、先手必勝だ」
俺は早速ミトラに向けて手紙をしたため、吟遊詩人たちに『キューピッド・バージェスの特級海竜討伐譚』と共に『商人アルバスが、何者かの策謀でトトイ神殿跡地に閉じ込められているらしい』という噂を広めるようにと指示を出したのだった。
ミトラからは、深夜にも関わらず『直ぐに手配を進めます』との返事が来た。
→→→→→
「ここにいてもこれ以上やれることがなさそうだし、俺とロロイはもう一度地下に戻る」
「おいおい、こんな状況でまだトレジャーハントかよ? 明後日の大商人到着までにキルケットに戻るために、今までいろいろしてきたんじゃなかったのかよ」
クラリスがあきれたように叫んだ。
まぁ、普通の反応だ。
「実はさっきまでロロイと地下部分を見回っている際、その構造について少し気になる部分があったんだ。少し調べなおしてみたい」
トトイ神殿は400年ほど前に建てられたエルフたちの神殿であるが、その構造はどこかアース遺跡のような古代遺跡に似ていた。
おそらくは、元々あった古代遺跡を作り変え、その上に神殿を築いたのだと思われる。
だから、その古代遺跡につながるような通路を見つけ出せれば、そこから外に出られるかもしれない。
可能性はそう高くはないだろうが。それでも、ただここでバージェスを待っているよりはいい。
「まぁ、そういうわけだから。俺は今の俺のできることをやってくる」
そう言って、俺はロロイとともに再び地下に降りた。
「今の自分にできることを……か」
背後でクラリスがそう呟く声が聞こえた。
「アルバス! 私の予備の剣を出していってくれ。1番ナマクラなやつ!」
「ん? わかった」
まさか、このなまくらの剣で含魔鉄の鉄格子を切ろうというわけでもないだろうが。
とにかく、俺は鉄格子の間からクラリスに予備の剣を手渡すことにした。