27 ジャハル出現
前室に1人取り残された番兵の前に、音もなく1人の老人が姿を現した。
「ジャ、ジャハル様!?」
ジャハルは驚く番兵に鋭い視線を投げかけ、『しゃべるな』というジェスチャーをした。
そして、ジャハルは嫌な笑みを浮かべながらアルバス達が消えた扉をしめ、番兵から乱暴に奪った鍵で施錠してしまった。
「な、何をなさるのですか?」
「実はアルバスは、商人ギルドのマナを持ち逃げしようとしている大罪人なのだ。だから、ここにて終身刑に処す」
そんなことを言いながら、ジャハルはさらに扉を鎖でぐるぐる巻きにしていく。
「ひょひょひょ、こうしてしまえばアルバスとその護衛たちはもうここから出られはしないだろう」
「それは本当の話ですか? いや、それにアルバス殿の護衛は今……」
「ひょひょひょ。これで我々の勝利は間違いなく……」
「いや、その……」
何かを言いかけている番兵を無視して、ジャハルは勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。
→→→→→
「あんた……」
不意に、ジャハルは後ろから声をかけられた。
振り返ると、今まさにアルバスと共に地下に閉じ込めたはずの護衛が2人、なぜかそこにいた。
「な、なぜそこに?」
「『なぜそこに?』じゃねぇだろ……。なんでその扉閉めてんだよ? あぁん?」
バージェスがすごみながら、腰からショートブレードを引き抜く。
「いやその……。実は見学は終わって、アルバス殿はもうここにはおらんのじゃ」
「ほう? 俺たちはさっきからずっと隣の部屋にいたんだが、通ったのはあんた一人だけだったけどな」
「そ、それは……」
ジャハルはしどろもどろになりながら言い淀んだ。
目の前にいる大男は、ポッポ村の特級モンスターに直接とどめを刺した男だろう。
特級モンスターの魔障フィールドを叩き壊せるレベルの男。
その男が、殺気を剥き出しにしてジャハルの目の前に立っているのだ。
「アルバスは、勘づいておったのか……」
「ああ、だからあいつは部隊を2つに分けた。俺たちは何かがあった時のための予備隊だ」
「そうか……致し方ない」
ジャハルは動揺しながらも、瞬時に覚悟を決めていた。
「ならば、ここで死ねっ!」
叫びながら、バージェスの背後のクラリスに向けて短剣を投げつける。
「くっ!」
その短剣はバージェスによって弾かれ、地面に転がる。
が、ほぼ同時に投げられていた2本目の短剣がクラリスへと迫る。
「クラリスッ!」
「鉄壁発動!」
それを、クラリスは鉄壁スキルによる防御で受けた。
バージェスの顔が安堵にゆるんだが。その隙にジャハルは入口へと走りぬけていった。
「バージェス! あいつ鍵持っていきやがった!」
「なんだとっ!」
バージェスとクラリスがジャハルを追って小部屋から大広間へと出る。
そんな2人の前に、1人の男が立ち塞がっていた。
「あんたは……」
「ダコラスだ。会うのは、2回目だな」
「そこ、どいてくんねぇか?」
「断る」
クラリスが小声で。
もともとジミー・ラディアックの護衛だったその男が、現在はマーカスの護衛であることをバージェスに伝えた。
「なるほど、爺さんもそっちか。遂に直接仕掛けてきたってわけだな」
そして、バージェスが臨戦体勢を取る。
「ダコラス! ここは任せたぞ!」
そう言いながら、ジャハルは外の暗闇の中へと走り去って行った。
「爺さんを追いかけたけりゃ、俺を倒してからにしな」
「あぁ、じゃあそうする」
バージェスが構えているのはショートブレードだ。
大広間とはいえ、そこら中に柱が立っているここでは、愛用の大剣はまともに使えない。
先ほどまではバージェスたちが身を隠すのに一役買っていた支柱は、今はただただ邪魔なだけだ。
バージェスは、大剣を背中から外して地面に投げ落とした。
「ほう、いい判断だな」
次の瞬間。
ダコラスがクラリスに向かって投げナイフを投げ、バージェスがそれを剣で叩き落とした。
「どいつもこいつも……クラリスを弱点扱いしやがるな」
その次の刹那には、ダコラスが一気に前に踏み込んでくる。
そして、体勢を崩しているバージェスに向かってナイフを繰り出した。
「はっ!」
バージェスはダコラスのナイフを小手で受け、そのまま力一杯の裏拳を放つ。
だが、ダコラスはそれをひらりとかわしつつ再び距離を取った。
「やはりいい腕だ。キルケットで初めて見た瞬間から、お前とやりたいと思っていた」
ニヤリと笑うダコラス。
そんなダコラスに、バージェスは無言のまま斬りかかっていった。
「これ以上会話する気は無し、か?」
「無駄話ならな。強いとか弱いとかは剣で決めればいいことだ」
「はっ! いいなそれ!」
小さな石造の部屋の中で、そのまま激しい攻防を繰り広げる2人。
「クラリス。先に行ってほかの番兵達に知らせてあの爺さんを追え! こいつは俺が相手する」
がむしゃらな勢いで振るうバージェスの剣を、ダコラスがヒラヒラとかわし続ける。
「なんだそれは。隙だらけだぞ?」
バージェスの隙をつく形で、ダコラスのナイフが次々とバージェスの身体を切り裂いた。
「バージェス。あんた斬られまくってんじゃねーか!?」
「いいからさっさと行け!」
「くそっ!」
そう言いながら駆けていくクラリスに向かい、ダコラスからの投げナイフが飛んだ。
それを、クラリスが鉄壁スキルで受ける。
「なっ……」
驚くダコラス。
「何度も同じ手を食らうかよ!」
先ほど同様にクラリスへの攻撃でバージェスの隙を突くつもりだったダコラスは……
逆に隙を突かれ、バージェスの剣により深々と肩を斬りつけられていた。
「さっきまでとはまるで動きが違う。……てめぇ、わざと手を抜いてみせてたな」
「冒険者相手に、御前試合でもしてるつもりだったのかよ? あと、クラリスをただの弱点扱いしたのが、お前の敗因だ」
そのまま、トドメの一撃を振り下ろそうとするバージェス。
その瞬間、ダコラスは身を捻って剣の直撃をかわし、跳びずさって走り去って行った。
「待てっ……」
追おうとしたバージェスが、膝をつく。
バージェスもまた、かなりの数の斬撃を受けていた。
衣服のあちこちに大きな血のシミができている。
「バージェス」
「お前は番兵を呼んで来い。あいつらは俺が追う」
「いや、あんたは少し休んでろよ。海竜を倒したのが昨日で、それで今日もまたこんな戦闘してたら身体が持たねーぞ」
「このまま逃がすわけにはいかねーだろ。早く、アルバスをあそこから出してやらねーと……」
「……無茶はすんなよな!」
クラリスとバージェスは、そのままトトイ神殿の外へと駆け出して行った。