25 ポッポ村の宴
帰港した船からその知らせがもたらされた瞬間、ポッポ村の住人たちの間でどよめきと共に大歓声が巻き起こった。
「あの、海竜ラプロスを倒したのですか!?」
「ああ! ここにいるバージェスの旦那とロロイの姉さんが、やってくれたっ! この人たちこそ、俺たちの救世主に違いないっ!」
ゴルゴが高らかにそう宣言すると、2人の周りにわっと人が集まりだした。
居心地が悪そうにもぞもぞしているロロイと、ある程度慣れている感じのバージェス。
ちなみに、船から投げ出された船員については、すぐに隣の船に救助されたため全員が無事だった。
そして海竜ラプロスの肉についてだが。
漁師の中に「食材鑑定」の天賦スキルを持つものがおり、「毒性なし」で「非常に美味」だと判断された。
ロロイはそれを聞く前からすでにヨダレを垂らしていたのだが。それを聞いて、さらに滝のようなヨダレを垂らしはじめた。
最適な調理法がわからなかったのでとりあえず、茹でる、焼く、炒めるの3通りの方法で調理された『海竜ラプロスの肉』が、まずはロロイに振る舞われた。
討伐者特権というやつだ。
バージェスが1番乗りをロロイに譲ったのでこういうことになった。
ラプロスの炒め物を食べたロロイの感想。
「うんまいのです!」
ラプロス焼きを食べたロロイの感想。
「うんっ……まいのですぅぅうーーー!」
茹でラプロスを食べたロロイの感想。
「うんっっっっまいのですぅぅぅぅぅーーー!」
そして、ラプロスは茹でるのが1番美味いという結論に達した。
そんな茹でラプロスに、小魚を塩漬けにして保管し、熟成させて作る『ガショウ』という名の調味料を少量垂らすと……
あまり食べ物で感動しないバージェスですら「これは美味いな!」と思わず声を上げていた。
小魚を塩漬けにして作る調味料は、どうやらバージェスの故郷である中央大陸の南側領土にもあるらしく、懐かしい味なのだそうだ。
俺は中央大陸の北西領土の出身だったので、これは初めて食べるような味だった。
でも、なかなかに美味い。
キルケットであまり見かけないのが不思議だった。
俺は、このガショウもいくらか仕入れて行くことを決め、早速漁師達との交渉に入った。
大体どの家でも自家製で作っているらしいのだが、マナに困っていそうなところを中心にして話を進めることにした。
ついでに露店を開いて、キルケットで仕入れた野菜類などの食材やアルカナの薬草セットなんかを販売したら、えらく喜ばれた。
野菜は、多分この村では貴重なので、キルケットの相場に20%くらい上乗せしておいた。
「儲け!」
そして、ラプロスの肉を肴に、漁師達の大宴会が始まったのだった。
→→→→→
宴もたけなわになり、バージェスとロロイは宴席の中心で漁師達に囲まれながら酒を飲み交わしていた。
大魔術師並の魔術の力で、海に大穴を開けたロロイ。
そして迷うことなくそこに飛び込み、誰にも破れなかった海竜ラプロスの魔障フィールドを叩き壊してトドメを刺したバージェス。
皆が口々に、2人の戦いを讃えている。
そして俺とクラリスは、そんな喧騒から少し離れた場所で、2人で酒をちびちび飲んでいた。
「凄いな。バージェスもロロイも。あいつらは、誰からどう見ても英雄だ」
喧騒を遠い目で見つめながら、クラリスがポツリとそう呟いた。
「ロロイはともかく、バージェスは元聖騎士だ。そもそも同じ次元に肩を並べようとすること自体が間違っているさ」
「アルバスは、わたしと違ってちゃんとやってただろ? 商人として、戦うための武具を集めるっていう仕事をきっちりこなしてた。私はともかく、アルバスがあっち側にいないのは納得行かないな」
「モンスター討伐の時に俺みたいな商人ができるのは、そういう裏方だけだからな」
命を張って前線に立ったのはあの2人だ。
それに武具についても、実際にキルケットをかけずり回ってそれらを集めたのはガンドラだ。
俺は、金を出したにすぎない。
相当な大金ではあるが……
あと、俺があっち側に混ざりに行かないのは、どちらかと言うとクラリスのためなんだぞ?
凹んでるみたいだから、そんな時に1人で飲ませておくのは良くないと思ってな。
「本当に、私だけ役に立ってない」
クラリスが、ポツリとそんなことを呟いた。
「だとしても、気にするなよ。それを言ったら俺なんか、勇者パーティで15年間もずっと、いくらでも代わりがいるような仕事しかしてこなかった」
「でも、今のアルバスはもう違うだろ」
「やってることは、その時からたいして変わってない。次の冒険のためのマナの工面が、そのまま商売に置き換わった。そして、ライアン達のために次の討伐対象のモンスターに向けた装備品を見繕って買い集めてたのを、今回はそのままバージェスのためにやっただけだ」
「だとしても……」
「クラリスが毎日、剣術の稽古を欠かさないのはみんな知ってる。そうやって目的を持って必死になってなにかをやり続けてたら、死なない限りいつかは花開くさ」
「そう……かな」
「そうだ。大した目的意識もないまま、目の前のことを必死にやってただけの俺が、今は一応、それで飯が食えるようになってるんだから。それに、戦闘だけで言えば、クラリスはすでに俺の数十倍は強い」
「でも、バージェスやロロイはさらにその数十倍は強いぞ、たぶん」
「でも目の前に盗賊団とかが現れた時は、俺はキチンとクラリスの後ろに隠れるぞ」
「なんだよそれ」
「ダメか?」
「いや、私はアルバスの護衛だから、全然ダメじゃないけどさ……」
「行き道で盗賊に襲われた時。クラリスがいたからこそ、あの2人も前に出られたんだ。役に立ってないだなんてことは、絶対にないさ」
そこで、バージェスとロロイが、俺とクラリスを呼ぶ声が聞こえた。
クラリスは少し恥ずかしそうに目の辺りを拭った後、「護衛なんだから当然だろ」と呟いて、足早に駆けて行った。
「こいつが将来の大剣豪クラリス。そしてこっちが将来の白金の大商人アルバスだ」
いい感じに酔っ払ったバージェスの言葉に、漁師達が酒を掲げて俺たちを讃え始めた。
「いきなりハードル上げるなよ」
クラリスが呆れたように言い放つ。
……俺の方もな。
さっきまでのブルーな精神状態だったクラリスが、このアホバージェスの言葉を聞いたらけっこう傷ついただろうと思うが……
ギリギリで俺のフォローが効いたみたいだった。
こんなところでまで裏方フォローをしなくちゃならないだなんて……
「アホバージェス……」
「ん、なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」
勇者パーティでも散々そういう事はしていたから、別にいいんだけどさ。
それに実際、クラリスの剣の腕の上達は目覚ましい。
主属性も副属性も持っていないがために、魔術関係の武具が全く扱えないというのが弱点だが。
それを補ってあまりあるほどに剣術のセンスはあると見える。
また、鉄壁スキルを早期に習得したことからも、術やスキルを扱うスジは決して悪くはない。
やりようによっては、支援系の魔術や闘気系のスキルなんかは、すぐにいくつも使いこなせるようになるだろう。
周りにいる人間が優秀すぎると、遥か前を見過ぎて自分が進んでいる感覚がわからなくなってしまう。
だから、その辺の認識違いを俯瞰からちゃんと補正してやるのも、同じパーティにいる年長者の役目だろう。
俺が勇者パーティにいる若い頃は、特に誰も指摘してくれなかった。
だから初めの頃の俺は、クラリスと逆で、ライアンやルシュフェルドが強すぎるだけで俺の強さは普通だと思っていた。
自分が戦闘では人並みを遥かに下回るレベルのまま上達していないとわかってからは、完全に裏方に徹することにしたのだが。
かなりの回り道をした気がしている。
だが、クラリスは俺と違って戦闘についてかなりの素質を持っている。
だから、変な認識違いで潰れてしまうのは本当に勿体無いだろう。
→→→→→
何人かの漁師が酔い潰れたり家に帰ったりしても、それでも宴会は続いた。
そして気付けば、ゴルゴとバリスが俺の隣にきていた。
バリスが注いでくれた酒をグイッと飲み干すと、今度はゴルゴが注いでくれた。
「アルバスの旦那っ! 絶対にまたこの村に来てくれよなっ!」
相変わらずのでかい声が、酔っ払ってさらにでかくなっていた。
でも、不思議とうるさいとは感じなかった。
「海竜ラプロスが討伐され、我々は明日からまた本格的なトドロス狩りを再開します。ですが……」
そう言って、バリスが少しだけ目を伏せる。
なぜか感極まっているようだった。
「実は、マナがなさすぎて、どうせ使えないならって狩りの道具を売っぱらっちまった爺さんまでいるんだっ!」
そして、代わりにゴルゴが話を続けた。
この村の漁師は、そこまで困窮していたということだろう。
「先程、そういったメンバーを中心にまとまった額のマナでガショウを買い取っていただいたと聞きました。また、現在流通が途切れて入手困難になっている野菜類を安価で販売していただいたとも。この状況ではマナも野菜も、何物にも変え難いほどに貴重な物です」
「そのことか。俺は俺が儲かるように商売をしただけだ。だがそれが、そちらにもキチンと利のある話になっていたならばよかった」
そう言ったら、なぜかゴルゴとバリス握手を求められた。
キルケット相場に20%上乗せした野菜が『安価』とは……?
後で聞いたら、マルセラが売る野菜は、もう5%ほど高かったらしい。
いや、普通の流通を考えるとそんなものかもしれない。
「是非、またいらしてください」
「そん時はもちろん! バージェスも一緒になっ!」
→→→→→→
そして翌日の早朝。
惜しまれつつも、予定通りにポッポ村を出発した。
大商人シャルシャーナがキルケットへと到着するのは、2日後の予定だ。
今ポッポ村を立つと、俺たちの商隊は明日の夕方にはキルケットに戻れる見込みなので、大商人の到着の前日には依頼された品をギルド長へと引き渡せることになる。
「なんとかなりそうだな」
あからさまな妨害行為もいくつか見られたが、依頼された品をギルドの職員達の前で突き出せば、文句のつけようもないだろう。
一応、野盗などへの警戒を怠らないようにしながら、俺たちは足早に帰途についた。