23 海竜ラプロスとの再戦②
「海竜だっ!! 真下にいるぞ!!」
そう叫びながら船尾の固定式砲台に取りついたバリス。
だが、海に投げ出された仲間に当たる懸念からそのボウガンを放てずにいるうちに、海竜は再び水中深くまで潜っていってしまった。
「船首を左に振れっ! 海が歪むぞ!!」
ゴルゴの叫び声とともに、俺たちの乗る船が大きく傾き始めた。
その傾きを、船員たちが器用に帆を操って修正した。
今度は直接的な体当たりではなく、水中から大波を発生させて海面をかき乱すことで、この船を転覆させようとしているらしい
「バンバ島へ向かえ!」
ゴルゴの指示で帆を全開に張り、船が一気に加速し始めた。
後方ではもう一隻の船が、荒波の中で海に投げ出された漁師たちを救出しようと奮闘していた。
最悪の場合の役割分担。
ゴルゴの船は討伐を優先し、他の船は救助を優先する。
海面がうねうねと歪み、その荒波が徐々に俺たちのほうへと移動してきた。
「追って来たぞぉぉーっ!」
船員の声を聴き、ロロイとバージェスが不安定に揺れ動く甲板の上を、船尾へと走りだした。
ちなみにクラリスと俺は、海に投げ出されないようにと必死で帆柱にしがみついているのが精一杯の状態だ。
あいつらのバランス感覚はどうかしている。
船尾ではバリスが固定式ボウガンから、水中に向けて何発も矢を打ち込んでいたが、どうやら波打つ海に絡め取られてほとんど直進しないらしい。
そして、ロロイも数発の遠隔攻撃スキルを放っていた。
だが、ロロイの風属性攻撃は海竜ラプロスには効かない。
海竜の魔障フィールドとの相性が悪すぎるのだ。
有効なダメージどころか、多少の衝撃すらも通っていないはずだ。
そしてバージェスは……
「天地に満ちる光の精霊よ……、我が呼び声に応え、我が剣へと集え。我ら矮小なる人の子へ、その御力を示したまえ」
不安定に揺れ動く荒波の中、精霊への呼びかけの詠唱を行ながら、大剣を大きく振り上げていた。
その大剣に、少しずつ光の精霊たちが集まり、光の魔法剣が形成されていく。
再び、船が激しく揺れた。
「あっ……」
その衝撃でロロイがすっ転び、コロコロと甲板を転がってきた。
俺は、その手を必死の思いで捕まえ、俺やクラリスが掴まる帆柱につかまらせた。
バージェスは、そんな激しい揺れの中でも微動だにせず、船尾に仁王立ちし続けている。
「う~ん。アルミナスが全然効かないのです」
「魔障フィールドの特性上、相性が悪いんだからどうしようもないさ」
「土属性の遠隔攻撃スキルだったら、ロロイの攻撃は通ったのですかね?」
「そうかもしれないな」
そうやって戦闘中に数々の武器コレクションの中から目の前の敵に最適なものを選び、持ち替えながら戦っていたのが勇者ライアンだ。
ちなみに奴は、4つの基礎属性全てを副属性として持っていた。
「アルバスが大商人になったら、ロロイに土属性の遠隔攻撃スキル付きの遺物を買ってくださいなのです」
「生きて帰れたらな!」
あと、そんな武器がこの世に存在すればな!
「でも、ロロイは土の副属性を持ってないから、そもそもその武器スキルは扱えないぞ」
「そっか。残念なのです」
そう言って、ロロイは再び甲板上を船尾に向けて走っていった。
ここでないものねだりをしてみたところでどうにもならない。現状、手の中にあるカードで戦うしかないのだ。
「アルバス! 私の属性付与スキル付きの武器も忘れるなよ!」
こんな状況にも関わらず、クラリスがそう叫んだ。
「バージェス―っ! まだ、まほうけん使えないのですか!?」
不安定に揺れまくる甲板上を、時に四足走行になりながら走り、ロロイが大声でバージェスに呼び掛けた。
バージェスは先ほどまでと変わらずに、大剣を振り上げたまま精霊を剣に集めていた。
「まだだっ!」
「結構時間かかるのですね!」
「しかたねーだろ! アース遺跡の時みたく、近くに光の精霊をぶちまけてる無尽太陽みたいなアーティファクトがあればいいんだけどな!」
まったく、どいつもこいつもないものねだりばかリしやがって。
「なるほどーっ!」
だがロロイはそう言ったあと、突然「倉庫取出」と叫んだ。
そして次の瞬間にロロイの手に出現したのは、アース遺跡の最下層にて無尽太陽のかけらを閉じ込めた例の水晶球だった。
昼間にもかかわらず、あたりがさらに明るい光に包まれる。
それが一気に広がり、水中深くに潜む海竜ラプロスの姿までもを照らし出した。
そして、その水晶球から放たれた光の一部が、そのまま収束し、光の粒と化してバージェスの剣へとまとわりついていく。
「これって……」
その後、瞬く間に光の魔法剣が完成したのだった。
「あるのかよっ!! 無尽太陽!」
ないものねだりっぽくても、とりあえず口に出してみると時にはいいことがあるのかもしれない。
無尽太陽のかけらを封じ込めた水晶球。
まさか、光の精霊を招集できるとは……
「オッケーなのですね」
「ああ! だが、まだ放てない。奴が水面近くまで上がってこないと当てられねぇ!」
それも問題だ。
元々は砂浜でやり合う予定だったので、水中深くにいる海竜を討伐する方法なんて考えていない。
「そこのところはロロイに任せるのです! アルバスとバージェスの道は、ロロイが切り開くのです!」
「信じていいのか!? ロロイちゃん!?」
「もちろん!! ロロイに任せるのですっ!」
そう言いながら、船尾で構えをとるロロイ。
すでに幾度となく魔障フィールドによって阻まれているその風属性の攻撃を、懲りずに再度ぶつけようとしてるようだ。
天才的な戦闘の才能がありながら、ロロイはたまにどう考えても無意味なことをしようとする。
「いや……」
ロロイのことだ、ひょっとしたらそれが海竜ラプロスの討伐に関わる何かにつながるのかもしれない。
ロロイは、聖拳アルミナスを装備した右手を真横に突き出した。
そしてその拳の周囲には、クルクルと風属性魔術の旋風が巻き起こり始める。
以前、黒い翼を名乗るシルクレットという男に襲われた際に、ロロイが最後に放った巨大な風魔術。
おそらくそれは、遠隔攻撃スキルとは全くの別物だ。
聖拳アルミナスが持つと思われる、『風属性魔術の発動』と『それを遠隔地で発生させる術式の付与』という二つの機能のうち、前者だけを使って風魔術を発動させたのだろう。
そして、あとは自力でそれをぶん投げた。
それと同じことを今、ロロイはしようとしているようだ。
あの時は怒りに任せて半分無意識でやっていたようだが、今回は完全に自分の意志でそれを行っている。
ロロイの拳で発動した風魔術はぐんぐんとそのサイズを大きくしていき、巨大な暴風の塊となった後。
急速に縮んで、ロロイの手のひらの中に収まった。
属性魔術強化……、それも半端なレベルではない。
本来ならばスキルの力を借りて行うことであり、普通は自力でそんなことはできない。
「アルバス! 使わせてもらうぜっ!!!」
一方、バージェスのほうは、膨れ上がった光の魔法剣を、俺の提供した武具の属性魔術強化スキルによってさらに上位の魔術へと精製しようとしていた。
「属性魔術強化・光、スキル!!」
属性魔術強化のスキルは、すでに発動した後の魔術に作用し、その魔術を精製してより上位のものへと引き上げる。
そう、これが本来のやり方だ。
バージェスの剣の周囲で薄く輝いていた光がぐんぐんと凝縮され、よりはっきりとした光の輪郭となって輝きを増していった。
「うっしゃあ! いつでも行けるぜ!」
バージェスがそう叫ぶと同時に、ロロイが海中に向け、手のひらから風魔術を放った。
「うぅっ、りゃぁぁぁぁああああーーっっ!!」
その風魔術は一直線に海中を突き進み、一筋の線となって海竜にぶち当たる。
ロロイのその技は、『線』と呼ばれる、黒魔術師が扱う魔術式そのものだった。
だがその風の魔術も、海竜ラプロスの魔障フィールドの前にはあっけなくはじかれてしまう。
「失敗……か?」
「それっ!! 弾けろっ!!」
だが次の瞬間……
パンッ!!
と空間を引き裂くような音がして、ロロイの放った風の魔術の線が大きく膨張した。
そして、周囲の海をえぐりとる巨大な穴となった。
その、海に開いた巨大な風穴の最奥には、驚愕のあまり全身のひれをばたつかせている、海竜ラプロスの姿。
海底深くに潜んでいたはずの海竜ラプロスの姿が、今、船上から丸見えになっていた。
そして……
そんな海竜に向かい……
風の流れに乗って船上から一直線に落下していく男が一人。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!!」
海竜の目が、驚愕の色に染まるが、次の瞬間。
その瞳に意思の色が戻り、周囲に収束した水が魔術として放たれた。
「バージェス!! あぶねぇっ!」
「これもっ! ロロイに任せてっ!」
ゴルゴの怒号が響く中、海竜ラプロスの最後の抵抗は、ロロイの遠隔打撃によってかき消されていた。
その隙に、バージェスが海竜ラプロスへと肉薄する。
「極大閃光……」
大きく振りかぶった大剣を……
「大斬撃っ!!」
バージェスが、全力の掛け声と共に振り下ろした。
そしてバージェスの全力を込めた光の魔法剣は……
海竜の魔障フィールドを打ち砕き、その首筋に即死の致命傷を与えたのだった。
「マジでやりやがった」
元聖騎士、バージェス・トーチ。
やはり、ただもんじゃない。
本当に、特攻属性以外の属性攻撃で、特級モンスターの魔障フィールドを突き破りやがった。
「なんて奴だよ……」
そして轟音とともに風の道が閉じ、バージェスが海中深くに取り残された。
「バージェスゥゥゥ~~~ッ!」
「俺たちの恩人を死なせるな~~~~ッ!」
船が大波でもみくちゃにされる中、。
水中で意識を失ったバージェスを救出するため、ゴルゴをはじめとしたポッポ村の漁師たちが、次々と海に飛び込んでいったのだった。