22 海竜ラプロスとの再戦①
翌日、俺たちは朝からゴルゴの船に乗りこみ、バンバ島へと出発した。
船は、ゴルゴの船の他にも2隻あった。
今回は、バージェスの魔法剣を発動するまでの時間稼ぎ要員として、ほかの船にも多数の志願者を乗せての出発となっていた。
波は比較的穏やかだ。
おそらく今日、海竜ラプロスは例の砂浜に陣取っているのだろう。
海が荒れて出港できず終わるようなことにはならず、まずは運任せの第一段階を突破したといったところだろうか。
「なんだ、お前らも付いてくるのか?」
船に乗り込んだ俺たちに、バージェスが意外そうに訊ねてきた。
「当たり前だろ。私は特級モンスター相手じゃ役立たずだろうけど、だからって陸で指くわえて待っているなんて、嫌なんだからな!」
「ロロイは、もちろんお手伝いするのですよ。バージェスはロロイの仲間だから!」
「お前ら……」
少女二人の気持ちにちょっとグッと来ているバージェスの視線が、そのまま俺へと向いた。
「アルバス……」
「俺か? 俺は、あんたが討伐した海竜をすぐさま解体して倉庫にしまい込みたいだけだ」
実際、特級モンスターの素材というのは、商人としてかなり魅力的なものだった。
バージェスの武具のために使った80万マナくらいならば、まともに行けば取り戻せる公算が高い。
「悪りぃな。俺のわがままに付き合ってもらっちまって。本当ならもう、今日にでもキルケットに向けて出発したいところなんだろ?」
「気にするな。特級モンスターの素材が欲しいってのは、こじつけでも何でもない本当の話だ」
魔障フィールドを所持するレベルのモンスターの体内には、『含魔石』と呼ばれる、魔障フィールドの発生器官が存在している。
ライアンパーティで数々の特級モンスターを解体し、その素材を加工屋に出し続けてきた俺の経験上。含魔石をきちんと加工した場合、ほぼ間違いなくレアスキルが付く。
その他の部位についても、加工することによって良質なスキルがつく可能性が高いため、全身、素材として相当な価値がある。
「本当に。出会ったころから全然ブレねぇな、お前さんは」
そう言って、バージェスは大声で笑っていた。
確かに、ヤック村で最初に出会ったころから、俺はモンスターの素材目当てでよくバージェスのクエストに同行していた。
「だが、『ウルフェスの毛皮』と『海竜ラプロスの含魔石』じゃ、もはや素材の価値レベルが全く違うな」
俺が勇者パーティのころに取り扱った、特級モンスターの含魔石を加工した含魔結晶石についたスキルとして。
防御系で最高級のものとしては『魔龍の結界』と呼ばれる、その含魔石の持ち主であった魔龍の魔障フィールドと同様のものを発生させるスキルが付いた。
他にも、高性能な『基礎能力強化系』のスキルや、『真正魔術』と呼ばれる、術式が付与された魔術が発動できるという最高級スキルが付いたこともあった。
それらには、古代遺跡から発掘される遺物の中でさえ、なかなかお目にかかれないような代物が多数混じっていた。
「まぁ、いつも通りに期待して、素材が来るのを待ってるぜ」
「ほんっとにお前さんは……」
そう言ってひとしきり大笑いした後で、バージェスは船室を背にして甲板に座り込んだ。
そして、大剣を抱いて静かに目を閉じて集中し始めたのだった。
そんなバージェスの周りを、ハラハラと光の粒が舞い散った。
→→→→→
「海竜ラプロスは、いつもの浜辺にはいないようですね」
出航から約1時間後。
豆粒のように見え始めたバンバ島に向けて拡大鏡を発動し、海竜の様子を探っていたバリスが焦った声を上げた。
「可能性があるのはどこだ?」
横から拡大鏡を覗き込み、ゴルゴとバリスに訊ねた。
「普通に考えると海中なのですが。今は波が穏やかなので……」
つまり、波が穏やかなので海竜はいつもの砂浜にいると思っていたのだが。いざ来てみたらそこにいないので戸惑っている、ということらしい。
「じゃあほかの砂浜か?」
「バンバ島には、ここ以外には岩場や崖しかありません」
「じゃあ、ほかの岩場か裏手の森の中、か?」
「……わかりません」
船頭のゴルゴとバリスをはじめ、船員たちの間に戸惑いが広がっていた。
まさか、本気のバージェスに恐れてをなして逃げ出したということはあるまい。
普通に考えればどこかの海中か、バンバ島のどこかだ。
「波が穏やかだという話なら、波が届かないほどの遠くの海中にいるということか?」
俺がそう言うと、ゴルゴが首を振った。
「あの海竜がそんなに遠くまで離れたことは、俺の知る限りこの3か月の間には1度もなかった!」
「だが、それ以前はどこか遠くの土地にいたのだろう? 俺やロロイが最近派手にトドロス狩りをしていたから、餌が減って別の地域に流れたというのも十分に考えられるだろう」
「そうだといいのですが。ここ数日程度の漁でそこまでトドロスの数が減ったとも思えません」
ゴルゴもバリスも、海に生きるものとしての感覚的な部分で、なにか違和感を覚えているらしかった。
「直感でいいが、『岩場』『崖』『森』『海中』の中で、海竜が今一番いそうな場所はどこだと思う?」
俺がそう訊ねると、ゴルゴとバリスからは同時に「海中」という答えが返ってきた。
「……なるほど」
ならば、今現在海竜ラプロスは海中にいるとして考えてみよう。
そして、遠くはなれた土地に引っ越したわけでないのであれば、今現在波が荒れていない理由は何なのだろうか。
「……」
俺が勇者パーティの一員であった時、同じく勇者パーティの一員だった獣使いのアルミナがよく言っていた。
『私たちが魔獣を見つめるとき、魔獣もまた私たちを見つめているのですわ』
狩る側と狩られる側の立場など、一瞬の油断やたった一つのボタンの掛け違いで簡単にひっくり返るという。獣人族に伝わる格言らしい。
前回、俺たちは島の正面から拡大鏡で海竜の姿を確認したのち、大回りして島の側面に回り込み、背後から海竜を襲撃した。
もしあの時、拡大鏡で覗いているつもりの俺たちが、逆に海竜からも見られていたとしたら……
「ゴルゴ、海中を警戒しろ。後続の船にもそう伝えてくれ」
その時の海竜側からすると。
はじめは正面にいたはずの人間たちが、なぜか裏手から回り込んできた。
もし、海竜ラプロスが前回の俺たちの動きを最初から最後まですべて見ていたうえで、その作戦を学習していた場合。
現在も水中に潜む海竜が、いつものように暴れて波が荒立っていないことの説明がついてしまう。
「どういうことですか?」
「海竜が、水中から迫ってきている可能性がある」
「そんなことが……?」
「いやっ! あり得ない話ではないなっ! 奴は、相当に賢いっ!」
ゴルゴがそう言い終えると同時くらいに、海が激しく波うち始めた。
「なっ……」
後続の船の真下の海面が大きく窪み、船が大きく右に傾き始める。
「まずいっ!」
バリスの叫び声と共に、後続の船の1艘が、真横に倒れて転覆してしまった。
甲板にいた漁師たちが、次々と海へと投げ出される。
「海竜の襲撃だっ!」
激しい水飛沫と共に、海中に引き摺り込まれる船。
そこにチラリと見えたのは、海竜ラプロスの尾びれだった。