19 バージェスの策
そして翌日。
その日はゴルゴ達の予想通りに波が荒く、とても船を出せるような状況ではなかった。
海竜が海中を暴れまわっているせいなので、風も雨もなく空は穏やかなのだが。
波だけは不規則で、いきなり数メートルの大波が押し寄せてきたりするようだ。
そんな感じなので、海岸沿いはかなりの危険地帯となっていた。
船が出ないと知って、バージェスはまた剣を持って付近の森に向かっていった。
今日は、クラリスは一緒に行かないようだ。
「一緒に行かないのか? もしかして、なんかあったのか?」
昨晩はあの後、クラリスだけ先に戻ってきていたので、少し気になっていた。
一応、義兄として二人が変なことになっていないかを確認したくて、そう声をかけた。
「バージェスのやつ。昨日は森で座り込んだままずぅぅぅぅっと寝てるんだ。私も、邪魔にならないようにして一緒に特訓しようと思ってたのに……。結局寝てるだけとか、ほんとに意味わかんねぇ」
「なるほど……」
思わず笑ってしまったら、クラリスが眉間にしわを寄せた。
「なんだよ、アルバス」
「悪い悪い。バージェスのそれは、たぶん周囲の光の精霊に呼びかけながら精霊達との親和性を高めていたんだろうな。そのあたりの技術は、光魔術の威力や発動速度に直接関わると言われてる」
つまり、バージェスは光の魔法剣を切り札にして、海竜を討伐しようとしているということなのだろう。
光の精霊達の力を借りて発動する光魔術は、基礎属性の同等級魔術よりも数段威力が高いと言われている。
だが、もしそうだとしても特効属性ではない属性で、防御特化型の特級モンスターの魔障フィールドを打ち破るのは容易なことではないだろう。
それに光魔術は、強力な分発動までの時間がかかるし、発動後の負荷も大きい。
つまりはかなりリスクが高い手だ。
もし、バージェスの光の魔法剣が、火の魔法剣同様に海竜ラプロスの魔障フィールドを破ることができなかったら……
魔法剣を放った直後の無防備状態のバージェスは、即座に海竜からの激しいカウンター攻撃を食らうだろう。
「あれって、魔術の特訓だったのか!?」
そう言って、クラリスが驚いていた。
精霊魔術の才能がない者は、隣で見ていても何もわからないはずだ。
ちなみに、それがわかる者には、術者の周囲に光の精霊が集まってきているのが感じられたりするらしい。
「私は、マジでそっち系統の才能はゼロだからな……」
クラリスが悔しそうに唇を噛みながらそう言った。
「持ってない才能を望んだって仕方がないさ。俺にも全くわからない」
知識としては持っていても、実際に魔術師達の感じている世界や感覚は、俺には全くわからない。
今も、昔もずっとそうだ。
「でも、なんか悔しい」
クラリスは今、そういう壁にぶち当たる時期なのだろう。
多少なりとも世間に通用するレベルの実力がついてきたせいで、自他の能力差がよりはっきりとわかるようになってきている。
「俺からすれば、クラリスは相当な剣技の才能があるように見えるけどな」
別に慰めのつもりでもなく、思っていることを口にした。
「剣を握って1年程度しか経ってないのに、今はもうそれなりの腕だ。俺なんかは、物心つく前からクラリスくらいの歳まで毎日のように剣の稽古をしていたっていうのに、結局ほとんど上達しないままだった。実際、もうとっくにクラリスに抜かされてると思う」
「私からすれば、アルバスは相当な商売の才能があるけどな」
「そうか?」
俺に商売の才能があるかどうかは、正直微妙なところだ。
オークションでは、めちゃくちゃな醜態を晒した挙句、最後はジルベルトにいいように弄ばれただけだった。
俺なんかより商売がうまい奴は、世間にはいくらでもいる。
とかいうことを考えながらも、自分がクラリスと同じような思考に陥りかけたことに気づいた。
「だからまぁ、つまりはそういうことだろ?」
各々才能の違う人間が集まって、補い合うようにしてパーティを組んでいるのだから。無い物ねだりばかりしていてもしょうがない。
「それぞれ地に足をつけて、一歩ずつ進んでいくしかないさ」
「……そうだな」
「だろ?」
「私、剣の特訓してくる!」
そう言って、クラリスは駆け出しいった。
→→→→→
走り去っていくクラリスを見送った後。
俺の隣にはいつの間にかロロイがいて、何故かニコニコしていた。
「ロロイ。いつの間に……」
「少し前からずっといたのですよ」
「今日は海が荒れててトドロス狩りには出られないから、ロロイも好きなことしてていいぞ」
俺がそう言うと、ロロイは両手を後ろで組んで退屈そうに伸びをしたあとで、首を横に振った。
「ロロイはアルバスの護衛だから、アルバスにくっついているのです」
「そんなんでいいのか?」
「もしくは、トレジャーハントに行きたいのです!」
「……」
流石に半日でそれは無理だろう。
「そうだな……。さすがにトレジャーハントには行けないけど。ライアン達と攻略した古代遺跡の話でもしようか? 当然、アマランシアほどうまくは話せないけどな」
俺がそう言うと、ロロイは目をキラキラさせながら、全力で頷いた。
「やっぱりアルバスは最高なのです!」
本当に、ロロイはトレジャーハントに関することに目がない。
俺は、とりあえずライアン達とのトレジャーハントで新たに発見した『トビ遺跡』についての話をすることにした。
「中央大陸の北西側に『ギュモル大遺跡』っていうかなりでかい古代遺跡があってだな……」
そして『トビ遺跡』は、すでに大部分の探索が済んでいるその『ギュモル大遺跡』の、南西にあった未発見の飛び地部分だ。
当時、ギュモル大遺跡絡みの探索やモンスター退治なんかの依頼を受ける中で、俺たちのパーティは偶然にもそのトビ遺跡を発見したのだった。
あえて『ギュモル大遺跡』の新たな未発見部分ではなく新発見の『トビ遺跡』だとしたのは、ライアンがとにかくそう言うことにしたがって、それで押し通したからだ。
「あの頃は俺の地図作成もまだまだ未熟でな。ライアン、ルシュフェルド、俺の3人で1週間ほど森の中をさまよっていたんだ」
その時の主目的は、ルシュフェルドに高額な杖を買うためひたすら換金可能なモンスターの素材を集めることだった。
俺の倉庫の中にはあと2週間ほどは食いつなげるくらいの食料があったし、討伐したモンスターはどんどん俺の倉庫にため込んでいけていたので、道に迷っていることについては全員ほとんど気にしていなかった。
「そんな時、大樹の根元に地下へと続く斜め穴を発見したんだ」
俺が足を滑らせて落ちたその斜め穴が、新発見の遺跡『トビ遺跡』への入り口だった。
そこで俺たちのパーティは、偶然の産物により、購入する予定だった杖よりも数段性能が高い杖や、属性付与スキル付きの剣などを獲得したのだった。
ロロイはその新遺跡発見の話を、目をキラキラさせながら聞いていた。
「アーティファクトはなかったのですかっ!?」
「トビ遺跡とギュモル大遺跡にはなかったけど、少し離れたメドク遺跡にはあるって話だったな。確か、無尽土壌」
「すごいのです‼ ロマンが広がるのです‼ アルバスはそのメドク遺跡には入ったのですか⁉」
「まぁな。ただ、自分の目で確かめたわけじゃない。無尽土壌は完全に土の中に埋まってるって話だったからな」
「ふぉぉぉおお~~っ! ぜひ今度ガイドして欲しいのです!!」
「埋まってるんだって……。まぁ、もし中央大陸に行ったときには考えてみるよ。それよりもまずはトトイ神殿跡地だろ?」
ギュモル大遺跡の方も、西大陸商人ギルドの『銅等級の認識票』を引っ提げて現地ギルドにいけば、それなりにまともなガイドが見つけられるだろう。
俺自身は、さすがに15年近くも前のことなので記憶があやふやだ。
「やっぱりアルバスは最高なのです!」
本当に、ロロイといると行きたい場所がどんどん増えていくな。