18 仕入れが終われば
ポッポ村に帰りついた後。
俺は、ゴルゴとバリスに手本を見せてもらい、本日集めたトドロスの解体作業に入った。
1回手本を見ただけで、横に並べた4体のトドロスを同時に解体し始めた俺を見て、ゴルゴとバリスが呆気に取られていた。
「すっげぇなっ! バリスだってここまでの手際で解体できないぞっ!」
「『解体』だけなら、専門家みたいなもんだからな」
モンスター解体については、俺は勇者パーティにいた15年間にも、商人として歩み始めたこの1年あまりの間にも、日々相当な数をこなしていた。
あと、だいたいいつも時間に追われながら解体していたので、自然と手際は良くなっていた。
解体の腕についてだけ言えば、そんじょそこらの凄腕の冒険者よりも俺の方が上手いという自負がある。
『モンスター解体職人ギルド』みたいなのがあったら、きっと金等級の幹部待遇で迎え入れられることだろう。
まぁただし。
ただの1匹たりとも、自分では討伐していないのだけどな……
ちなみにトドロスを捌くのは初めての経験だったが、中央大陸で似たような海獣を捌いた経験が何度もあった。
「残り65体か……」
先程海が荒れ始めたのは。
バージェスとの戦闘で消耗した海竜が、回復のためにトドロスやサマーなどを追いかけ回して海中を荒らしているためのものらしい。
ゴルゴ達が解析を行った時と同じらしく、このまま丸1日は海が荒れっぱなしになるとの見立てだった。
俺の素材集めとしては、あと2回ほどロロイと一緒に海に出られれば、それで必要な分の素材が集まりそうだ。
今から丸1日程度のロスタイムならば、特に問題はない。
この後によほどの不運が重ならなければ、残り1週間のうちに解体まで含めて依頼分の素材集めを完了することができるだろう。
帰り道で、ロロイのためにトトイ神殿跡地に寄ったとしても、大商人の到着までには十分間に合う目途が立っていた。
→→→→→
「商人ギルドからの依頼はそれでいいとして、海竜ラプロスの方はどうするんだ?」
トドロス解体中の俺の横で、浜辺にあぐらをかきながらバージェスがそう尋ねてきた。
「俺が商人ギルドから引き受けた仕事は『仕入れ』だ」
俺は、バージェスの問いに対して端的にそう答えた。
今回は、元々の目的であった『トドロス素材の仕入れ』を行う途上で、海竜の討伐が必要になりそうだったので、そうしようとしていただけの話だ。
海竜の討伐をしなくても、期限内にトドロス素材が集められる見込みがたった今、俺がわざわざそんな危険を犯す必要などどこにもない。
目的の仕入れさえ終われば、俺が今これ以上海竜に対して何かをする必要はない。
討伐依頼をギルドに届け出ることについてはキチンと対応する気だったが、俺が俺の商隊を用いて直接的に特級モンスターとやり合うなんてことは、もう必要のない話になっていた。
「そうか……。わかった」
そうは言いつつもバージェスは、海竜討伐にこだわりを持ち始めてしまっているようだった。
今回、俺がロロイの技でトドロスを狩ってしまうと、ポッポ村の漁師達に入るのはほんの僅かな船賃や手間賃だけだ。
一応、俺の滞在期間中に漁師達が狩ってきたトドロスについては、俺は全て相場の1.1倍で買い取るという話をしていたのだが、この分だとそれはごく僅かな頭数になる。
そして海竜ラプロスがバンバ島に陣取っている限り、ポッポ村の漁師たちは生活の不安を抱え続けることになるだろう。
「ロロイちゃんの技でなんとかなりそうなら、俺はもう特にやることなさそうだな。なら、久しぶりに特訓でもしてくるぜ」
そう言って、バージェスは剣を担いでどこかに歩いていってしまった。
「あ……、じゃあ私も行く!」
そう言って、クラリスがバージェスの後を追いかけていった。
『特訓をする』というのは、やはりまだ海竜ラプロスの討伐を諦めておらず、討伐のために今から何かしらの修練を積むということなのだろう。
バージェスは元聖騎士として、ポッポ村の漁師達が困窮している原因となっているモンスターを、ここに放置したまま去ることに強い抵抗感をいだいているようだ。
昨日は筋肉談議で盛り上がり、今日は肩を並べて海竜と戦ったゴルゴにも、やはり友情のようなものを感じ始めているのだろう
俺の『仕入れが済めばこの村を後にする』ということについて、頭では仕方がないとわかっているのだろうが……
たぶん、気持ちの面で折り合いがつかないのだ。
ヤック村ではアルカナとプリンの親子。
キルケットではミトラとクラリスの姉妹。
そしてポッポ村ではゴルゴ夫妻。
行く先々で、その土地の人間に入れ込んで……
本当に不器用な奴だ。
基本的に自分のことしか考えていなかった勇者ライアンとは、本当に真逆のタイプだった。
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ふと横を見ると。
俺の脇でロロイがしゃがみ込み、両手で頬を支えながら物欲しそうな目で解体中のトドロスを眺めていた。
口の端に、少々よだれが垂れている。
バリスからトドロス肉は美味だと聞いて、早く食べたくて仕方がないのだろう。
こんな時まで、この娘は……
食いたいなら焼いてやろうか? とか、そんな言葉をかけようかと考えていると。
「バージェスは、なんとかしてあのモンスターを倒す気なのですね」
ロロイが、いきなり普通のことを言い出した。
やっていることと言っていることがまるでチグハグだ。
身体は欲望に正直なのだが、一応最後には理性が勝ったということなのだろうか……
「とりあえずよだれをふけ。……ところで、昼間の戦闘はかなり惜しいところまで行っていたのか?」
バージェスと海竜との戦闘を直接見ていたはずのロロイに、俺はそう尋ねた。
もし、あと一歩及ばなかったような状況であれば。その『あと一歩』を何かしらの方法で埋めてやれば海竜の討伐は成し遂げられるのかもしれない。
「んー、海竜の攻撃自体はそこまで強くないのです。それはロロイの鉄壁でも防げるのです。でも、あっちの防御がかなり強いのです。たぶん、今のバージェスやロロイでは、何度やっても倒せないのです」
「そうか……」
一瞬、特級モンスターの素材が手に入ることを期待したのだが、やはりだめそうだった。
バージェスの戦闘力は相当に高い。
だが、そもそもの話として聖騎士というのは、勇者と違ってそこまで個人的な戦闘力が要求されるような称号ではない。
どちらかと言うと自らは前線には立たず、防衛部隊の精神的な柱となって後方にドンと構えているようなことを要求される立場だ。
噂で聞くように、戦場の最前線まで出張っていって命懸けで全力の技を叩き込むようなのは。『皇国を守る防衛部隊を指揮する』という本来の聖騎士の役目とはかけ離れた所業だ。
だから、バージェスがここで特級モンスターを討伐できなくても、それは別に恥ずべきことでも何でもない。
ただ……
それでもバージェスは、海竜ラプロスを討伐したいのだろう。
それはおそらく、バージェスの矜持に関わることだ。
ただただ、目の前で困窮している人たちを放っておけないということなのだろう。
出会ってからこれまで、バージェスはずっとそうしていた。
それについては、俺が横からあーだこーだと口を出すような話ではなかった。
「バージェス、止めた方がいいのですか?」
そう尋ねてきたロロイに、俺は首を振った。
「バージェスはもともと最前線で戦っていた戦士なんだ。少しでもなにか可能性を感じているからこそ、もう一度挑むつもりなんだろう」
ポッポ村での残りの滞在期間は、おそらくあと1週間程度になるだろう。
『仕入れ』が済んだ時点でこの村を後にすることについては、バージェスも先ほど同意していた。
それまでの時間を使ってバージェスが少しでも海竜ラプロス討伐の可能性を探して足掻くつもりなのであれば、俺がそれを止めるのは野暮ってもんだ。
「アルバスには、何か秘策は無いのですか?」
「海竜ラプロスを討伐するための、か」
「……うん」
ロロイがこっくりとうなずいた。
「残念ながら、そんなすごいもんは無いな。ただ、バージェスが本気ならできる限りの協力はするつもりだ」
もちろん、戦闘力ゼロの俺が、バージェスと一緒に海竜と戦うなんてことはできない。
できるとすれば、あくまでも『商人としての協力』だけだろう。
 




