16 海竜ラプロス②
俺たちは、バンバ島の海竜のいる浜辺とは逆の断崖に船を近づけた。
そしてそこからバージェス、ロロイ、ゴルゴの3人が上陸することになった。
バンバ島は、無人島ではあるがそれなりの規模の島だ。
その内陸にはかつて人が住んでいた形跡や、そこそこの広さを持つ山や森、川などが広がっているらしい。
やる気満々なバージェスに促され、ゴルゴとバリスも覚悟を決めたようだった。
遠目に見るだけのつもりが、いつのまにやら上陸して一戦交える話になってしまっている。
だが、ゴルゴとバリスにしてみても、このまま討伐できるのならば願ったりと言ったところだろう。
ゴルゴ並の筋力を誇り、さらには光の魔法剣を扱えるという、魔法剣士として最高クラスの実力者であるバージェス。
そしてスキルを使ったとは言え、筋骨隆々なバージェスやゴルゴに勝るほどの力を誇り、遠隔攻撃スキル付きの武器を使いこなすロロイ。
ゴルゴとバリスが、そんな2人の戦闘力にかなりの期待を寄せているのが、ありありと見てとれた。
そしてゴルゴ自身は、おそらくは鉄壁スキルの使い手だ。
思い返してみると、以前この2人が俺から買って行った遺物は『磨かれたウルマの小手(闘気防御強化)』だ。
おそらくゴルゴはスキルによって強化した身体と自慢の筋肉とのコラボで、ロロイの鉄壁スキルと剛力スキルの同時発動時のような戦い方をするのだと予想できる。
すでに複数回、海竜ラプロスと持久戦を繰り広げていると言う話からも、スキルの防御力と持久力はかなりのものだと思われる。
俺としても、ここで海竜の討伐が完了するのであれば、この上なくありがたい話だった。
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ゴルゴとバージェスが話し合って決めた今回の作戦は、内陸の森の中から海竜に近づいていって戦闘に入るというものだった。
そのままなんとかしてバージェスの魔法剣で渾身の一撃を加え、それで致命傷を与えることができれば良し。
ダメだったならば、さっさと内陸の森の中に逃げ込んで海竜の追跡を撒き、そこから船に逃げ戻るという算段だった。
直接海から攻めて船を認識され、海中から船を追って来られたらもはやどうしようもない。
海の上では、どうあっても海竜の方に分がある。
そうなった場合、先程バリスの拡大鏡で見た船と乗組員達に起きた悲劇が、今度は俺たちの身に振りかかることになるだろう。
そうならないための『島の反対側から上陸する』と言う作戦なのだが、その分徒歩で向かう3人にはかなり負荷がかかるだろう。
「4時間で戻らなかったら、出港しちまってくれっ! そっから先のことは、表側から浜辺の様子を見て判断してくれっ!」
そう言いながら、ゴルゴがバリスにキスをし始めた。
軽さの欠片もない、ドロドロに濃厚なやつだ。
クラリスとバージェスは慌てて目を逸らし、ロロイは不思議そうにそれを見つめていた。
「死ぬなよ」
「ああ……」
濃厚なキスの後、そんな言葉を交わすゴルゴとバリス。
普通、特級モンスターの前に生身を晒すというのはそういうことだ。
人間など、一瞬のボタンのかけ違いで本当にあっけなく殺されてしまうだろう。
数時間後に俺たちが洋上から見た浜辺に、3人分の亡骸が転がっていることだって十分にありうるのだ。
急に不安にかられたクラリスも「大丈夫だよな?」と何度も何度もバージェスとロロイに確認していた。
そして俺もまた、不安だった。
バージェスが「問題ない」と言うので送り出すことにしたのだが、もしこんなモンスターの討伐をしなくてもトドロスの素材が手に入るのであれば、普通にそうしたい。
バージェスの戦闘力ならば、上級モンスター相手であれば多少相性が悪くても問題ないだろう。
だが、特級相当となると完全に話は別だ。
特級モンスターの討伐について、バージェス自身は『以前、バルジという光魔龍を討伐した経験がある』と語っていたが。相性の問題もあるし、別に1人で全部やったわけでもないだろう。
例え特級モンスターの中でも別格の『魔龍』の名を冠するモンスターを討伐したことがあるからと言って、今回も同じようにうまくいく保障なんてものはどこにもない。
そしてそもそもの話。
ギルドから降ってきた依頼で、俺の護衛に命懸けの戦闘をさせるなんてのは、どう考えても割に合わない。
「行ってくる」
「行ってきまーーす!」
バージェスとロロイの、とても特級モンスターの討伐に向かうとは思えない声色でさらに不安を掻き立てられながらも、俺とクラリスは3人を送り出した。
そして船には、操船のための乗組員達とバリス、そして俺とクラリスが取り残された。
「くそっ! 私がもっと強ければ、一緒に行けたのに……」
「さらに弱い俺の前で、それを言うなよ……」
勇者パーティにいた頃は、鉄壁の防御陣の内部で前線まで同行することがほとんどだったが、今回は流石に無理だろう。
白魔術師や支援魔術なんかの、防衛や回復に特化した人員を、そろそろ護衛に加えるべきなのかもしれない。
数十分後には、遠く砂浜の方面からバージェスのものと思われる熱気の陽炎と、ロロイのものと思われる旋風が巻き起こり始めていた。
→→→→→
バージェス達が出発してから2時間後、バージェス、ロロイ、ゴルゴの3人が船に戻ってきた。
バージェスはかなり消耗していて、ゴルゴと、剛力で身体強化をしたロロイに半分担がれているような状態だった。
話によると、バージェスは火の魔法剣『大火炎・斬撃』を数回放った後。それが通じなかった海竜ラプロスに対し、火の極大魔法剣『天地神炎陣』を放ったのだそうだ。
それでも、討伐は成し遂げられなかったらしい。
「ダメだった。俺の火の魔法剣では、あの魔障フィールドを打ち砕けなかった」
「気にするなよ。わが友よっ! あの凄まじい技で破れないのならば、他の誰がなにをやったとしても無理だっ!」
「ロロイのアルミナスでも、やっぱりダメだったのです」
討伐失敗の判断を下した後。
ロロイがバージェスを担いで身を隠しながら逃げ、ゴルゴが海竜を引き付けたうえで撒いてから。森の中の合流地点に集まって戻ってきたらしい。
「やはり、ダメか……」
3人の無事に安堵しつつ、バリスが無念そうにそう言った。
「だが、光属性の解析はできたぜ。たぶん、火と同程度だ」
船の甲板に寝転がりながら、誇らしげにバージェスが言った。
だけど、それはむしろ悪い知らせだろう。
海竜の魔障フィールドの光耐性が火と同程度ということは……
バージェスが光の魔法剣を使っても、結局は火の魔法剣を使った時と似たような結果になる可能性が高いということだ。
光の精霊の力が一部上乗せになる分、実際には光の魔法剣の方が威力は高くなるはずだが。それで埋められるくらいの差ではないだろう。
「それはつまり、これ以上打つ手なしだってことだな。キルケットの冒険者ギルドに再度討伐依頼を出した方がいい。今度は俺がキチンと話を通すし、もしマナがないなら依頼料をいったん肩代わりしてもいい」
「無念だなっ!」
「それでも長引くようなら、中央大陸のギルド本部への直接要請も検討した方がいいかもしれない」
その場合、必要となるであろうマナの額は跳ね上がるが、ここまで行くと冒険者ギルドから直接、土が弱点の特級モンスターを討伐できる人材を手配してもらう方が確実かもしれない。
ライアンなんかは、よくそういう要請を受けて大陸中を動き回っていた。
ゴルゴのいうように無念ではあるが、仕方がない。
俺としては、この状況でどうやって『80頭分のトドロス素材』を集めようかという話の方に頭を悩ませていた。
ギルドからの依頼を受けてしまった商人として、そっちの方が頭の痛い問題だ。
そして実は、昨晩俺の倉庫に届いたミトラからの手紙で、さらなる問題が発生し始めていた。
俺はこんな時のために、以前からミストリア劇場に所属する吟遊詩人たちに『路上での興行ついでの情報収集』というのを何度か試してもらっていた。
普段から客の好みなどの情報を獲得するのに使用していたその情報網は、俺がポッポ村に出立してからは商人ギルドの動きやキルケットの現状などを探るのに使用していた。
そして今回、吟遊詩人のひとりが気になるうわさを聞き付けたらしく。ミトラからの手紙を通じてのその情報が俺に伝わってきたのだ。
「皇都商人ギルドの白銀等級の大商人、シャルシャーナが2年前にキルケットを訪れた際。トドロス素材80頭分を購入していった……か」
どうやらこの依頼には、さらなる裏があるようなのだった。
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「やはりアルバスは、海竜ラプロスを討伐できずにポッポ村で立ち往生しているようです」
キルケットの西大陸商人ギルド本部にて、その報告を受けたマーカスはニンマリと嫌な笑みを浮かべた。
「アルバスが、この状況でトドロス素材を集め切るのには、どのくらいの期間が必要だ?」
マーカスがそう尋ねると、秘書官のジャハルは「およそ、1ヶ月ほどだと思われます」と答えた。
「では、以前トドロス素材を大量に買って行った、例の『白銀の大商人シャルシャーナ』がキルケットに来るのは、いつの予定だったかね?」
「そちらは、10日後ですな」
「……間に合わんな?」
「はい。どう考えても、間に合わないでしょう」
秘書官の答えを聞き、マーカスはさらにニンマリと笑みを浮かべたのだった。