15 海竜ラプロス①
翌朝、バリスが申し訳なさそうに俺たちの宿を訪ねてきた。
話を聞くと、どうやら光の属性魔術を扱える人材が見つからないとのことだった。
まぁ、予想した通りだった。
「光と闇の属性魔術には、魔術書が存在しないからな」
訳知り顔で解説するバージェスに、クラリスとロロイが「?」マークを浮かべていた。
そして、説明しろと言わんばかりに俺のほうに視線を向けてくる。
「んー、まぁそのまんまの意味だな」
火、土、水、風の、基礎属性と呼ばれる4大魔法属性。
それらの属性魔術は、対応する副属性を持っていれば、各属性の『魔術書』と呼ばれるアイテムを使うことで発動可能だ。
だが、精霊の力を借りて発動する光や闇の属性魔術は、魔導書や武器スキルなどで発動することはできない。なぜか、そういった付与スキルや魔術書などが存在しないのだ。
代わりに、それら応用属性の属性魔術は、周囲の精霊たちに呼びかけを行いその力を借りるという形で発動する。
そして、そのように光や闇の精霊の力を借りた応用属性の属性魔術を発動することができるのは、すでに基礎属性の魔術を扱える者の中から、さらにほんの一握りの者だけなのだった。
「……というわけだ」
俺がそう説明すると、2人はなんとなく理解したようだった。
「つまり、そんな人材はなかなか都合よくいないということだな」
バージェスに関しても、光魔術の『発動』はできても、遠隔系の魔術式を付与することができないという話だ。
それでも、発動が可能なだけでも巷じゃ普通に『大魔術師』を名乗れるようなレベルだ。
だからある意味「行える者が見つからない」というのは予想通りの展開だった。
「そうなると、まずは俺の火属性の魔法剣を全力で打ち込んでみて、それが通るかどうかだな。それで倒せればいいけど、ダメなら、なんとか隙を見つけて光属性の解析を行ってみるか」
割と軽い調子で、バージェスがそんなことを言い出した。
海竜ラプロスの魔障フィールドについて、昨晩のバリスの話によると「火」の属性に対する耐性は中〜高程度との解析結果だった。高い耐性を持つ「風」や「水」より多少はましといったような感じらしい。
もしバージェスの火の魔法剣でその魔障フィールドが破ることができれば、討伐は半分完了したようなものなのだが……
「火の魔法剣はいいとして、光の解析はやめとけ。光属性の属性魔術は発動までに相当時間がかかるだろう?」
俺はバージェスにそう指摘した。
軽い調子で言ってはいるが、それは命がけのことだ。
特級モンスターの前にその身を晒し、光の精霊の力を借りるための詠唱を行い、光の精霊の力を溜め込んでから光魔術を発動するなどというのは、普通に自殺行為だ。
「まぁ、隙があったらそうするって話だ」
わかってるなら、いいんだけどさ。
「あまり危険なことはしないでくれよ」
そこで、クラリスが思わずそんな言葉を呟いていた。
クラリスは何の気なしに言った言葉なのだろうが、バージェスはちょっと照れくさそうに頭をかいていた。
……マジで、さっさと結婚しろよこいつら。
→→→→→
そして、とにかく一度その海竜ラプロスを直接見てみようという話になり、俺たちはゴルゴの船で沖にでた。
今日の波は比較的穏やかなため、おそらく海竜ラプロスは、バンバ島上のお気に入りの砂浜で休んでいるだろうとのことだ。
そのまま船を小一時間ほど進めると、ゴルゴが「そろそろだな」と呟いた。
そしてバリスが、支援魔術の一種である拡大鏡を発動させ、船の先端に巨大な丸い魔法力の塊を出現させた。
どうやらそれは、2枚の膜を重ねることで、遠くの景色を近くのように見ることができるという支援系魔術らしい。
「面白い魔術だな」
「起伏の激しい内陸ではあまり使い道はないですが、障害物のない洋上ではかなり役に立ちます。我々のような漁師の間では昔からよく使われていますよ」
と、バリス。
バージェスも「なんだ知らないのか?」みたいな反応だった。
各方面のプロフェッショナルが集まった勇者のパーティにいたので、そういう方面にはかなり詳しいつもりだったが。まだまだ俺の知らないことは沢山あるようだ。
バリスの発動した拡大鏡には、浜辺に寝そべる海竜の姿が映し出されていた。
近くに川があり、そこではポヨポヨとスライムらしき塊が動き回っている。
「デカいな……」
近くにいるスライムとのサイズ比較で考えると、海竜の体長は10mくらいはあるようだ。
ロロイやクラリス、あと俺くらいならば、簡単に丸呑みにできそうなサイズ感だ。
「下手に近づくと、中型船ですら破壊されてしまいます」
そう言ってバリスが、拡大鏡の写す位置を少し右側にずらすと、そこには破壊された船の残骸があった。
「解析を行う際にやられました。解析は、少し離れた海上から行ったのですが……。追い縋られて、3隻あった船のうち1隻が航行不能にされました。その船は、そのまま浜辺に引きずり上げられて破壊されました」
拡大鏡には、その乗組員のものらしき衣服や、いろいろなものが散らばっていた。
「どうでしょうか?」
バリスが、恐る恐る尋ねてきた。
「……」
おそらく勇者ライアンのパーティであれば、このまま近づいていって『神の目』で弱点を確認し、そのままライアン自身かルシュフェルドあたりがトドメを刺して終わりだっただろう。
「戦闘については、俺よりもバージェスが判断した方がいいな」
「じゃあとりあえず、今から火の魔法剣を当ててみるか」
「あそこに上陸する気か?」
「? そうしないと戦えねーだろ?」
なんでもないことのように言うバージェス。
普通に考えたら、魔障フィールドを持つ特級モンスターを相手に、特効属性を持たずに挑むのは自殺行為だ。
「俺が、土の属性付与スキル付きの武器を探してくるから、それまで待て。副属性に土を持つバージェスなら、それで戦った方が遥かに討伐の可能性高くなるだろう」
「オークションじゃあるまいし。そんなもん、都合よくすぐに見つかるわけねーだろ」
「それはそうだけど、効きづらいのがわかってて火の魔法剣で戦うのは危険だぞ?」
「効きづらかろうが何だろうが、俺の剣が通じるかどうかはやってみないことにはわからねぇ」
バージェスは完全にやる気だ。
『バージェスが判断した方がいい』とか言った手前、あまり強く反対もできないのだが……
正直言って、かなり心配だった。




