14 「魔障フィールド」と「解析」
「ところで、魔障フィールドの解析は済んでるのか?」
場の筋肉談義が少し落ち着いてきたところで、俺はバリスにそう質問を投げた。
『魔障フィールド』というのは、強力なモンスターが持つ特殊な防御フィールドのことだ。
普通は、上級相当のモンスターであってもそれを所持していることはそこまで多くない。
スライムのように、初級相当や中級相当で魔障フィールドを所持しているようなモンスターは、例外中の例外だ。
ちなみに、上級や特級に分類されるようなモンスターが持つ魔障フィールドは、スライムの物とは比較にならないほどに厄介だ。
スキルでいうところの『鉄壁』、魔術で言うところの『魔障壁』に相当するような性質のもので。モンスターが臨戦態勢になってそのフィールドで全身を覆われると、通常の打撃や斬撃はほとんど通用しなくなってしまう。
そんな魔障フィールドをうち破るのには、いくつかの方法がある。
1番目に単純な方法は、『魔障フィールドの強度を上回るような衝撃を与える』ことだ。
だが、普通の人間は特級モンスターの魔障フィールドを砕くような威力の打撃や斬撃など放てない。
2番目に単純な方法は『モンスターのマナ切れを待つこと』だ。
だが、特級モンスターは大抵知能が高くて逃げ足も早いため、持久戦に持ち込もうとしたところで、大抵はマナ切れを起こす前に逃げられてしまう。
北の村の漁師達も。この特級モンスターに何度か挑みながらも、毎回最後には逃げられてしまっているらしいので、この方法はもう何度やってもうまくはいかないだろう。
そこで3番目の方法として登場するのが『特効属性の属性攻撃で一気に攻める』という方法だ。
モンスターの魔障フィールドにはそれぞれ特性があり、特にダメージを与えやすい属性のことを特効属性と呼んでいる。
その特効属性を見極め、特効属性の属性攻撃により一気に魔障フィールドを突き破るというのが、面倒だが1番可能性の高いこの3番目の方法だ。
そして、その際に『特にダメージを与えやすい属性』を見極めるために必要なのが、『解析』と呼ばれる魔障フィールドの性質を確認する作業なのだった。
俺は、おそらくは北の村の漁師達がそこまでの対応をしていないだろうと踏んで、意地悪く解析について尋ねる質問をしたのだった。
「特効属性は土です。水と風にはかなりの耐性があって、火は、水や風より多少マシといったところみたいでした」
だが。俺の予想に反して、バリスがしっかりとそう答えた。
つまりはこの村の漁師たちは、解析までを行った上で、その特級モンスターに太刀打ちする手段がないという話なのだった。
「そうか…」
これは、思った以上にキツイ案件のようだ。
モンスターのスタミナ切れまで粘れるほどの戦力を有し、さらに解析によって特効属性がわかっていながら、とどめを刺せずにいるということは……
特攻属性を扱える魔術師がいない。もしくは特効属性でも打ち破れないほどに魔障フィールドが硬い。または、そんな隙も与えないほどに動きが素早い。など、さらに別の要因があるのだろう。
とにかく一筋縄ではいかない相手だということに違いない。
ちなみに俺たちが持つ属性攻撃の手段は、ロロイのアルミナスによる風属性と、バージェスの魔法剣による火属性だが、その魔障フィールドの解析結果からするとあまり相性は良くないようだった。
「その辺りは商人マルセラにも伝えております。なので、アルバス様達は当然土属性の属性攻撃の手段をもって訪れているものだと思っていたのですが……」
「……」
マーカスのやろう。
やっぱり完全に俺をハメたな。
ただし、何かあると勘づいた上でこの依頼を受けたのに。そこまでキチンと調べきれていなかった俺も俺だ。
「光属性はどうだ?」
そこで、バージェスが口を出してきた。
そういえば、バージェスは光属性の精霊魔術も扱えた。
「通常は、光や闇の属性魔術を扱えるような冒険者は稀ですので……」
バリスが言いよどんだ。
つまりは、そこまでは解析していないということだろう。
もし光属性が、海竜ラプロスの魔障フィールドに対して有効性が高ければ、バージェスの光の魔法剣でその海竜を討伐できる可能性が高いだろう。
「なら、明日以降その辺りの解析を進めた上で、対処の仕方を考えようか」
そう方針を決めた。
外を見ると、いつの間にか真っ暗だ。
ゴルゴとバリスには夜分遅くに訪問した非礼を詫びた上で、近くの宿屋を紹介してもらった。
そこで俺たちは、さっそく旅の疲れを癒すことにした。
→→→→→
「なぁ、アルバス」
「なんだ?」
「さっき話してた『解析』って、どうやるんだ?」
深夜の軽い夕食を済ませた後、宿の4人部屋でくつろいでいるとクラリスが話しかけてきた。
ちなみにこの部屋は、いつも商人マルセラが滞在中に使っていた部屋らしい。
そのためか、なかなかに豪華な感じだ。
ふた部屋に分かれていて、奥の部屋にダブルサイズのベッドがあり、手前に普通のサイズのベットが4つあるという間取りになっていた。
滞在中、奥の部屋でマルセラが何をしていたかは想像に難くないので、俺たちは全員で手前の部屋で泊まることにした。
「そうだな。一般的なものだと、ある程度同じような威力に調整した各属性魔術を順番に当てていって、その時の魔障フィールドの揺らぎから確認するのが一般的だな」
「でもそれって、全属性の魔術を扱える人間がいないと成り立たない話なんじゃないのか?」
「鋭いな。だけどそこまで厳密なもんじゃないから、基本的には複数人で各属性を分担することになる。つまり、明日以降は、まずは光の副属性を持っていて、最低限の魔術式が扱える人材を見つけないといけないって話になるんだろうな」
光の魔術を扱える人材ならば、4つの基礎属性のうちのどれかも1つも扱えるはずなので、すでに解析が済んでいる基礎属性との比較で推測する形になるだろう。
そのあたりは今日ポッポ村に来たばかりの俺たちではなく、ゴルゴとバリスがやってくれるだろう。というか、そうしてもらえないと困る。
すでに、基本4属性の解析を終えているのならば、彼らも要領は心得ているはずだ。
ただ、どう考えても難航しそうに思えて仕方がなかった。
「バージェスは、光の属性を副属性に持っているんじゃないのか?」
クラリスが、バージェスに向き直ってそんなことを言い出した。
つまりは明日、海竜の魔障フィールドに光魔術を当てるのは、バージェスでもいいのではないかということを言っているのだ。
「俺は、光魔術を発動させることはできる。だが、発動した魔術に術式を付与することができないから、それを自分の身体から離すことができないんだ。だから、俺の光魔術で解析を行う場合、俺がその海竜の真横まで行って、直接この手で光魔術をぶつけなくちゃならねぇってわけだ」
それは、どう考えても命懸けのことだ。
「そうか、特級モンスターの相手をするとなると、いろいろと準備とか、それができる人材とかが必要なんだな」
「そういうことだ。ただ、光魔術を使えるほどの人材になんてのはそうそういないだろうな」
この小さな村で、さっきの時点でゴルゴ達から候補が上がらないということは、多分この村にはそれができそうな奴はいないということだ。
最悪の場合、なんとかしてバージェスがやることになるだろう。
「そんなまどろっこしいことしなくても、もっと簡単にその『魔障フィールド』の解析ができる方法があるといいのにな」
クラリスがそうぼやいた。
「実は、『神の目』っていう、見るだけで魔障フィールドの解析ができるような天賦スキルもあるぞ」
「いいなそれ。もしパーティに、その天賦スキルを持ってるやつがいたらかなり役に立つな」
「そんなスキル持ってる奴がいたら『役に立つ』どころの騒ぎじゃないな」
俺がそう言うと、クラリスが頭に「?」マークを浮かべた。
その最高級の魔眼系天賦スキルは、魔障フィールドのみならずモンスターの身体的な弱点から、身体の内部構造まで、ありとあらゆるものを見抜くことができるというスキルだった。
ゆえに、過去に発現例のないその最強クラスの天賦スキルを持つ男は現在勇者と呼ばれており、その男が率いるパーティは歴代最強の勇者パーティと呼ばれていた。
「勇者ライアン。それがその天賦スキル『神の目』を持っている男の名だ。ライアンが指揮する勇者パーティは、控えめに言っても最強だった」
「勇者様なのかよ!」
クラリスが驚きの声を上げた。
「見るだけで敵の弱点がすべて把握できるんだ。普通に考えたら負けないだろ」
ライアンの『神の目』により、全ての敵性モンスターの弱点を瞬時に見抜き、適切な攻撃方法で速やかにとどめを刺す。
勝ち目がないならさっさと逃げて、勝つための装備を整えてから再戦する。
それが、ライアンパーティの基本にして最強の戦術だった。
そしてライアン自身もまた、『神の目』を最大限に生かすため、死に物狂いで会得した習得スキル『神速』の『俊敏性5倍強化』により、物理攻撃が通る相手に対しては無類の戦闘力を誇っていた。
さらにライアンは、各地を巡ってのトレジャーハントや魔龍討伐などで数々の功績を残し、発掘した古代遺物や、モンスター討伐の報奨金、さらには討伐した特級モンスターの素材加工により、次々と最高クラスのスキルが付いた武具を手に入れていった。
そしてライアンは、それらの武具を戦闘中に相手に合わせて適切なものに切り替えることで、特殊な魔障フィールドを持つモンスター相手でさえ、自ら攻撃を通すことができるようになっていた。
『神の目』で弱点を見抜き、
相手の弱点に合わせた武具に装備を切り替え、
そして『神速』による超高速戦闘で的確に弱点をとらえて大ダメージを与える。
まさに、他の追随を許さない最強の勇者の戦術だ。
ただし、天賦スキル『神の目』も、習得スキル『神速』も、ともに非常に燃費が悪いのが玉に瑕だった。
だから、しょっちゅう後衛の俺のところに戻ってきては武器の切り替えついでに大量の回復薬や食料を要求し、それらを口に詰め込みながら前線へと戻っていった。
ちなみに、ライアンが回復行為を行っている間はほかのメンバーが適当にモンスターの相手をしていたのだが、そいつらも笑えるほどに強かった。
ただ、強くなりすぎて全員が全員、絶望的なレベルで燃費が悪かったが……
そんな燃費や持続力についての問題点はあるが。
万全の状態のあのパーティが誰かに敗れるところは、俺には全く想像ができなかった。
彼らは、難攻不落と言われた魔界ダンジョンを攻略し、魔王と呼ばれていたそのダンジョン最奥の主でさえも、瞬殺したのだ。
「最強の勇者ライアンの噂は、俺も聞いていた」
そこで、バージェスが再び話に入ってきた。
「黒金の魔術師ルシュフェルド、聖女ジオリーヌとともに、攻守そろった完璧な布陣で、まさに『歴代最強の勇者パーティ』の名にふさわしいと、もっぱらの噂だったな」
バージェスがそう言って俺の話に同調すると、クラリスとロロイがついでにちょっと俺を見直したようだった。
「アルバスは、マジですごい奴らと一緒に旅してたんだな」
「よくわからないけど、アルバスは最高の『荷物持ち』で、『ガイド』で『料理人』なのです! 一緒にいれるロロイは幸せ者なのです」
「……」
そうだな。
そのころから、俺の役割はもっぱら『荷物持ち』と『ガイド』と『料理人』だった。
あとは、町に寄るたびにモンスター素材の売買や、必要物資の仕入れなんかもしてたから、ちょっとだけなら『商人』もしていたかもしれない。
そう考えると、今も昔もやっていることはそんなに変わっていないのかもしれない。
ただ今は『大商人になる』という目標に向かい、全て自分の意志で方向性を決めているため。以前勇者パーティにいた頃と比べると遥かに充実感がある気がしている。
「とにかく、そんな激レアな天賦スキルでもない限りは、さっき言ったような人材を探して、地道な方法で解析を行うしかないんだよ」
俺がそうまとめると、どうやらクラリスも納得したようだった。




