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13 腕相撲

「とにかく、海竜ラプロスを討伐していただけるのであれば、我々としては願ったりです」


もやもやしている俺をしり目に、バリスがそう言って話を進めた。


海竜ラプロスが住み着いたバンバ島の周囲には、比較的浅い海が広がり、元はトドロス狩りの最適地だったらしい。

だが、現在は海竜ラプロスのせいでそこに近づくことができなくなってしまっているため、取れるトドロスの数がかなり減ってしまっている状況だとのことだ。


つまり。

モンスターが住み着いたことを知った上で、ギルドからの指令でトドロスの素材を仕入れにきた俺たちについて。

当然その特級モンスターの討伐を視野に入れた上でのことだと受け止めたらしい。


上級モンスター程度であれば、当然さっさと討伐する気だったのだが。特級相当となるといろいろと話が変わってくる。


「海竜に捕食されているのに、トドロスたちはまだその辺りに住んでいるのか?」


「実際には付かず離れず、と言ったところです。元々そのあたりの浅瀬には、トドロスの主食であるサマーという小魚が多いので、トドロス達も餌を効率よく取るため、結局はそのあたりを拠点にせざるを得ないのでしょう」


「もちろん、バンバ島から離れて行った群れもいくつもあったみたいだなっ!」


現在は比較的波が穏やかな時を狙い、そういう浅瀬から離れた群れを狙った漁を展開しているらしい。

当然、浅瀬で入れ食い状態だった今までの漁と比べると、一回の出船でとれるトドロスの量は激減してしまっている。


「ちなみにそのペースでいくと『80頭分のトドロス素材』を用意するのには、どれくらいの時間がかかりそうなんだ?」


「海竜の討伐をせずに、ですか? そうなるとおそらく大体ひと月ほどはかかりますね。今は船を出せる日も少ないですし、取れる量も少ない。在庫についても、つい数日前に商人マルセラがほとんどすべて買い取っていったのでもう全く残っておりません」


「……そうか」


これは、なかなかにとんでもない話だった。

往復の4日を含めても、せいぜい長くても1週間~10日くらいで済む用事だと思っていたのだが、このままではその3倍も4倍もの長期戦になりそうだという話なのだ。


そして、俺の仕入れた情報が正しければ。

この依頼にそんなに時間をかけていられない。


「やはりその特級モンスターを討伐するのが、俺の仕事を終わらせるのにも一番手っ取り早いってことだな」


「そのために、来てくださったわけではないのですか?」


「俺がギルドから受けた仕事はあくまでも『トドロス素材の仕入れ』だ。特級モンスターの討伐なんかは含まれていない。ただ、仕入れのために海竜ラプロスを討伐する必要があるというのならば、その方面でも手を尽くそう」


「ありがとうございます」


バリスが深々と頭を下げる。

違う角度から、見えちゃいけないものが見えそうでかなりドキッとした。


「ところで、討伐にはあんたらも参加するのか?」


義妹(クラリス)からの視線が痛くて、慌てて次に話を進めることにした。


もし本当に巣食っているのが特級モンスターならば、その討伐のためには、俺たちだけでは出来ない下準備が必要となる可能性が出てくる。

 

「できる限りの協力はします」


「ちょぉぉぉーっと待ったぁっ!」


そこで、今まであまり言葉を発していなかったゴルゴが、突然会話に割り込んできた。


「なんだ?」


「海竜ラプロスの討伐に力を貸してくれるって話はわかった! だが、下手な奴があの特級モンスターの前に立てば一瞬で殺されるのが目に見えてるぜ!」


「それはそうだろう」


そこのところは、俺も理解している。

特級相当のモンスターとは、そういうものだ。

だから、さすがに俺自身は行くつもりがなかった。


「つまりは『実力を見せろ』ってことか?」


そう言いながら、俺の代わりにバージェスが前に進み出た。


「ああ、そういうことだっ! あんたの筋肉(ちから)を見せてくれ!」


そう言って、ゴルゴが木の椅子に腰掛け木の机の上に肘をついた。


「面白い。いいだろう」


そして反対側の席に、バージェスが座る。


「腕相撲?」


なぜ、今ここで、そんなことを始めるんだ?

冒険者としてのモンスター討伐の腕と、腕相撲の強さはそこまで深く関係しないだろう。


ガシッと掴み合った手のひら。

互いに睨み合った後、2人はどちらからともなく力をこめ始めた。


「ぬっ……」


「ぐっ……」


何してんだこいつらは……?

筋力は戦闘力の一部ではあるが、もちろんイコールではない。


「筋肉が、筋肉が唸っているのです!」


「すげぇ。なんて戦いだ!」


だが、なぜかロロイとクラリスは大興奮だった。


掴みあった2人の腕には、既に相当の力が込められているようだ。

腕から肩から、筋肉がモリモリと盛り上がり、机がミシミシと軋んだ音を立てる。


「凄い、ここまでの戦いを見るのは久しぶりです。ゴルゴに瞬殺されない相手が現れるなんて、よもや数年ぶりのことではないでしょうか!?」


バリスもまた、うっとりとその戦いに見惚れていた。


この戦いは、女性陣には大好評のようだ。

俺は自分の腕に力瘤を作ってみて、ちょっとだけ悲しい気持ちになったのだった。


「やるじゃねぇか。あんた、名前は?」


「バージェスだ。……あんたは?」


「ゴルゴだ、さっき名乗っただろ?」


「俺は、男には興味がないんでな」


「そんなこと言うなっ……ふんっ!」


ゴルゴの腕に、さらなる力がこもる。

バージェスが徐々に押され始め、だんだんと腕が下がっていく。


「頑張れバージェス!」


クラリスの声援で、少しだけバージェスの腕に力が戻る。


「う、うぉぉおお」


「ぐぬ、ぐぬぬぬぬ……」


バージェスが徐々に持ち直し、再び拳が中央まで戻った。

反対の手で掴んだ机がギシギシと軋んだ音をたてる。


「う、うぉぉ〜〜っ!」


「ぐぐぐっ!」


真っ赤になって力を込め合う2人。

黄色い声援は、いつしか全力の応援へと変わっていた。


そして……

ついにメキメキと凄まじい音を立てながら、2人の力に耐えきれなくなった机が、砕け散った。


「机が砕けたっ!」


「素晴らしい戦いです!?」


「ふぉぉぉーーっ! 他でもない、筋肉の勝利なのです!」


そんな馬鹿な……


バージェスとゴルゴの2人は、空中で握り合った手を一旦解いた後、今度は握手の形でガシッと握り合った。


「やるじゃねぇかバージェス!」


「お前もな。ゴルゴ」


その脇では、クラリスとロロイ、そしてバリスが拍手をして、2人の筋肉を讃えていた。


俺は完全に蚊帳の外だ。


「筋肉の友情なのです。羨ましいのです」


そしてなぜか、ロロイはトレジャーハント並みに興奮している。


「バージェス! ロロイとも友情をやるのです!」


「おうよ!」


そしてなぜか始まるロロイvsバージェスの腕相撲対決。

ロロイと手を握り合ったバージェスは、とてつもなくだらしない顔をし始めていた。


「よし、初めはゆっくりと、徐々に力を込めて行ってだな……」


剛力発動(マッスル)!!」


「えっ!?」


ロロイの剛力スキル発動の掛け声に、バージェスの顔が一瞬にして引き攣った。


「うぉりゃぁぁーーっ!!」


そして次の瞬間には、ロロイの掛け声と共にバージェスの身体がグルリと反転し、そのまま頭から盛大に床に突っ込んだ。


「イェーイ! ロロイの勝ちなのです!」


いやいや、剛力スキルを使うのは反則だろ……


ただ、たとえスキルによって2倍強化をしたとしても、ロロイの細腕でバージェスをひっくり返すなんてのは普通は無理だろう。


バージェスが手を抜いていたか。

ロロイの剛力スキルが通常の2倍強化を超える性能なのか。

もしくはロロイの基礎筋力が見た目以上なのか。


「やるじゃねえかお嬢ちゃん! 俺ともひと勝負頼むぜ」


「了解なのです!」


「俺は、バージェスと違って手を抜いたりはしないぜ」


「望むところなのです!」


ロロイは、今度はゴルゴとも腕相撲をしはじめた。

ゴルゴは普通に「ぐぬぬぬ」とか言って、顔を真っ赤にながらロロイと勝負して……

結局負けていた。


「マジか……」


そして呆然と魂の抜けたような顔になったあと、ロロイの筋肉を讃え始めた。


「見た目だけが筋肉の全てじゃないってことか!? 俺は今日、筋肉の新たなる可能性をみた!!」


俺にはよくわからないが、3人の間には、筋肉のように硬い友情が芽生えたようだ。


ロロイ、恐るべし。


バリスとクラリスは、終始横で涙ぐみながら拍手をしていた。

マジで、俺はいったい何を見せられているんだろうか。


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