12 ポッポ村の特級モンスター
いくつかの障害に行く手を阻まれて時間をロスしたものの、俺たちの商隊は、トトイ宿場を出発したその日のうちにポッポ村へと到着することができていた。
すでに周囲は暗くなり始めていたが、俺はさっそくポッポ村の村長の家へと赴くことにした。
村長の家の入り口で、俺が西大陸商人ギルド発行の「黒等級の認識票」を見せて用件を伝えると、家の下働きらしい若者が即座に取り次いでくれた。
もともと、商人ギルドの息のかかった商人の出入りがあった村なので、その辺は心得ているのだろう。
俺たちはすぐに客間に通された。
「でっかい家なのです」
ロロイが感心したようにいうが、実際には俺とミトラの屋敷の1/4くらいだろうか。
「アルバスのは、家じゃなくて劇場なのです」
「……そうかい」
程なくして、病床に臥している村長の代わりに、息子夫婦だという2人の男女が現れた。
「あんたらが、マルセラの代わりにきたっつう商隊か」
「わざわざこんな辺境までお越しくださり、感謝いたします」
「アルバスだ。よろしく頼む」
挨拶を交わしながら、俺はその2人に会ったことがあるのを思い出していた。
2人は以前、キルケットの荷馬車行商広場で、俺からアース遺跡群の遺物を買っていった客だった。
服装が特徴的だったので、よく覚えている。
「俺はポッポ村漁師ギルドのギルド長、ゴルゴだっ!」
俺の挨拶に対し、男の方が馬鹿でかい声でそう名乗った。
威圧するわけでもなく、ただただ声量がでかい。
ゴルゴは上半身裸で腕に金属の鎖を巻きつけ、肩に変な模様の刺青を彫っていた。そしてバージェス並みに筋骨隆々でガタイのいい男だ。
ちなみにこいつは、キルケットでもこの格好だったので周りからはかなりの奇異の目で見られていた。
キルケットの街中で、上裸で歩いているような奴はまずいない。
「私は、ギルド副長のバリスと申します」
女の方が、静かだがよく通る声でそう名乗った。
こっちもこっちで、ゴルゴと同じく上半身はほぼ裸だ。
肩から羽織った細長い布切れを首の前でクロスさせ、ギリギリで胸の1番見えちゃいけない部分だけを隠して背中で縛っている。
ただ、胸の2/3以上は丸見えの状態だ。
そんな格好で平然とキルケットの広場を歩き回っていたので、周りから奇異の目……というかかなりエロい目で見られていた。
バリス本人も、夫であるらしいゴルゴも、周りのそんな視線など意に介していなかったが……
見る方としてはかなり衝撃的だったので色々と記憶に焼き付いていた。
まぁ、そんなわけで。
多分向こうは俺なんかを覚えていないだろうが、俺の方はその2人をよく覚えていた。
バージェスが目をひん剥き、ちょっと口元が緩んでいる。
確かこいつ、『若い』のと『大きい』のが好きだったな。
そこまで若くはないだろうが、大きいな……
俺の視線も、思わずそっちに吸い寄せられてしまう。
そんな俺たちを、クラリスがしらーっとした目で見ていた。
ロロイは相変わらず、そういうことには無頓着だ。
ちなみにだが。
ゴルゴは『ポッポ村漁師ギルド』のギルド長を名乗っているが、公式に認められている職業系ギルドは、『白魔術師ギルド』『黒魔術師ギルド』『騎士ギルド』の3つだけだ。
だからそれ以外の乱立する職業系ギルドは、基本的には非公式なのだ。
ただ、その地域の冒険者ギルドの名を勝手にそう呼び変えている場合もあり、おそらくこの村の「漁師ギルド」はその類だろうと思われた。
だから、ゴルゴは正確には『ポッポ村冒険者ギルド』のギルド長ということになるのだろう。
当然、西大陸商人ギルドのギルド長であるマーカスと比べると、完全な格下にあたる。
そこには『しがない無等級の行商人』と、『大都市で大型商店を数十軒もならべ、王侯貴族をお客にする金等級の大商人』くらいの違いがある。
2人もそのあたりをよく理解したうえで、マーカスからの指示を受けて赴いた俺を、かなり丁重に扱ってくれているようだった。
夜分にも関わらず対応してくれたり、茶や茶請けなんかを出してくれるあたりがそうだろう。
ライアンパーティの時は蚊帳の外だったし。俺自身はあまりそういう対応を受けたことがなかったので、すこしばかり変な気分だった。
だが、俺が今回の訪問の用件である『トドロス80体分の素材仕入れ』のことを伝えると、2人の顔があからさまに曇っていった。
そしてバリスが少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「我々としても、いつものように海獣の素材を売って生活の糧を得たいところなのですが……」
「聞いている。沖合の小島に、上級モンスターが住み着いているのだろう」
それは、俺がキルケットで聞き取り調査を行った際に得られていた情報だった。
おそらくは、その辺りがマーカスが色々と俺に情報を隠そうとしていた部分なのだろう。
これまでのあからさまな妨害行為と併せて考えると、マーカスはなんとかして俺にこの依頼を失敗させたいのだと思われる。
その挙句に、マーカスにどんな良いことが起きるのかはわからないが、どう考えても碌でもないことだろう。
「おお! やはり知っていたかっ! つまりはそういうことだな!」
そう言って、ゴルゴが話をし始めた。
それによると。このポッポ村の港から数時間ほど沖に出たところに「バンバ島」と言う名前の小島があるらしく、そこに「海竜ラプロス」という名の特級相当のモンスターが住み着いてしまっているとのことだった。
そしてその海竜が喰い荒らすせいでトドロスの数が激減している上、そいつが度々海中を縦横無尽に暴れ回るせいで、波がめちゃくちゃに乱れ、2〜3日に1回ほどしか船が出せないような状態の海にされてしまっているらしいのだった。
そしてさらに、海竜ラプロスは時には漁師たちの船まで襲うとのことだった。
「特級モンスター? 俺たちが聞いている話だと、そこには上級相当のモンスターが住み着いているという話だったが……」
少し戸惑う俺に、今度はバリスが喋り始めた。
「上級クラスであれば、おそらくは我々でも対処可能です。これまでに何度かそういうことはありました。ただ、今回はそれらを遥かに超えるレベルのモンスターです。我々も何度か挑んだのですが、結局最後には逃げられてしまっています。だから、この村に出入りしていたギルド付きの商人、マルセラを通してキルケットの冒険者ギルド本部に直接討伐依頼を出していたのですが……」
それなりの報酬額を設定していたはずなのだが、討伐を目指す冒険者は一向に現れなかったらしい。
「なんかキルケットの方は色々と騒がしいらしいなっ!」
よくわからないが、うんうんと納得しているゴルゴ。
「それは、一体いつからだ?」
「3カ月ほど前からです。商人マルセラから『設定額が低いのかもしれない』と言われ、何度か額を積んだのですが、それでも討伐にくる冒険者は1人も現れませんでした」
一応、バージェス達にも聞いてみたが「そんな依頼は見た覚えがない」という話だった。
もしかして、そのマルセラって商人が依頼料をネコババしたということなのだろうか?
「まぁ、日々冒険者ギルドに集まる依頼の数は膨大だ。それにもし北部ギルドだけで掲載されていたとしたら、西部ギルドを拠点にしてた俺たちの目に入らなくても当然だろう」
バージェスがフォローを入れてきたが、俺はなんとなく嫌な予感がしてきていた。
俺が聞き取り調査をした商人達の口から「上級モンスター」の話が出てきたにも関わらず、実際には冒険者ギルドにはその依頼が舞い込んでいない。
そして、その商人マルセラは、ポッポ村のモンスターが特級相当のモンスターだと知っていた。
その特級モンスターに関する報告は、確実にギルド長のマーカスにも行っているだろう。
なにせ、マルセラにはマーカスの息がかかっているという話だからな。
そのうえで情報を操作して、キルケットで情報を集めた俺に『隠されていた情報は、上級モンスターの討伐だ』と思い込ませてこの依頼を受けさせたとしたら……
さらに詳しく話を聞いてみないことにはなんとも言えないが。
思っていたよりはるかにきつい案件だったのかもしれないな。