11 クラリスの憂鬱
野盗の襲撃を切り抜けたものの、俺たちは前以上に慎重になって歩みを進めていた。
隊列は比較的密集し、ロロイとバージェスが全方位の物音に耳と目を集中させている。
「わたし、昨日から全然役に立ってないな」
そこで、クラリスがそんなことを言い出した。
クラリスは、川辺ではスライムに手も足も出ず、マシュラの甲羅も破壊できず。森では野生のウルフェス相手にテンションを上げたのもつかの間、獣使いの操るウルフェスに致命傷を負わされかけ、野盗相手にはほとんど後ろで立ち尽くしているだけだった。
「モンスターとの戦闘は相性もあるし、対人戦闘は本気で危険だ。言っちゃ悪いが、剣士1年目のクラリスのにわか剣術じゃ、本物の野盗とまともにやり合うのは危険すぎるぜ」
これはバージェス。
この慰めは、全くもって慰めになっていないだろう。
なかなかに無神経なことを言う。
「見ているだけなのは俺も同じだから、そんなに気にするな」
そして俺のフォローも、たぶん全くもってフォローになっていなかった。
バージェスとロロイに比べて、クラリスの戦闘力が数段下なのは紛れもない事実だ。
「商人で護衛対象のアルバスと、その護衛をしている私が同じじゃまずいだろ。でも『剣士1年目』っていうのはちゃんと自覚してるよ」
そして一応は、クラリスもその辺りをキチンとわかっているようだ。
いかにウルフェスやゴブリンを危なげなく討伐できるようになったとしても、野盗などは当然そんな初級モンスターより格段に強い。
クラリスが積極的に前に出て戦いに行くような相手ではない。
それを理解しているからこそ、クラリスは素直に後衛に下がり、前衛と中衛をロロイとバージェスに任せて自分は最後の砦として俺のわきに控えていたのだ。
実際、すり抜けてきたウルフェスを数体討伐する事でクラリスはその役目をきっちりとこなしていた。
それでも、やはり他の2人との圧倒的な戦闘力の差が気になるのだろう。
「私と比べてロロイは凄かったな。なぁアルバス義兄さん。そのうち私にも『遠隔攻撃(斬)』みたいなスキルがついた武器を買ってくれよ」
こういう時にだけしっかりと義妹ぶる辺り、クラリスは意外とちゃっかりしている。
だが……
「ああいうスキルは、基礎となる近接戦闘の技術が高くないと、結局使いこなせないぞ。ロロイは近接戦闘でもめちゃくちゃに強いからこそ、応用としてああいう戦い方ができているんだ。あと、そもそもあの手のスキルは副属性が合わないと発動できないから、クラリスには使えないな」
「私は副属性無しだからな……」
クラリスが、またしゅんとした。
『副属性』というのは、その属性の武具スキルや魔術書などを使うのに必要な能力のことを言う。
黒魔術師ギルドの研究によると、各属性魔術を発動するのに必要な『各属性の魔法力』を『体内で生成』できるかどうかという生まれつきの才能が『副属性』だ。
だから、ある意味天賦スキルのようなものだろう。
ちなみに『主属性』は、『副属性』のうち自力で魔術として発動可能な魔法属性のことを指す。これもまた、生まれつきの才能だ。
一例として、体内で『火属性の魔法力』を生成する能力があれば、火の属性を副属性として所持しているということになる。
そして、その『火属性の魔法力』を自力で体外に放出し、維持管理するという能力を持っていれば、それは火の属性を主属性として所持しているということになる。
バージェスは主属性が「火」、そして副属性には「土・光」を持っている。
ロロイは、主属性は「なし」だが、副属性に「火・風・闇」を持っているため、聖拳アルミナスの風属性の遠隔攻撃を発動可能なのだった。
それに対して俺とクラリスは、主属性、副属性ともに「なし」だ。
だから、属性が合致することが要求されるような武器スキルは使えないし、どれだけ努力しても、魔術書によって属性魔術を発動することもできない。
ちなみにこの副属性については、冒険者ギルドで簡単に調べてもらえる。
「じゃあ結局。私が強くなるためには、剣術の腕を上げながら、戦闘系や身体強化系の習得スキルを増やしていくしかないってことだな」
クラリスがそうぼやくと、バージェスが「わかってるじゃねぇか」と満足そうに笑っていた。
「でもやっぱり、スライムを倒せないのは悔しいな。スライムって、属性攻撃の手段があれば駆け出しの冒険者にだって倒せるんだろ?」
そう言って、クラリスは肩を落とした。
「そう言えば、属性付与スキルのついた武器をつかえば、属性魔法力がなくても属性攻撃が扱えるぞ」
副属性を持っている場合に比べて、威力は低くなるらしいが、スライム程度であればそういった武器でも効果的なダメージを与えることができるだろう。
「じゃ、そのうちその『属性付与スキル付き武器』を買ってくれよな。義兄さん!」
ただ、副属性なしでスライムに属性攻撃を通そうとするならば、おそらくは格付けが【大】程度のスキルが必要だろう。
つまりは『それなりに高価』だって話だ。
しかも、副属性無しのクラリスが使う場合、結局はスライムの相手くらいにしか使い道がない。
「……そのうちな」
クラリスは「その返事。絶対買う気ないだろ」と言って、じとっした目で睨んできた。
→→→→→
再び。
西大陸商人ギルド本部、ギルド長の執務室。
「くそっ! 役にたたない弱小盗賊団が……。『超強力な助っ人が加入した』のではなかったのか」
「その、助っ人の獣使いも敗走したようですな」
「くそっ! その野盗団は後で衛兵をやって壊滅させておけ! 口封じと、溜め込ませたマナや装備品の回収も忘れるなよ」
「はっ!」
そういって、秘書官のジャハルは部屋を出ていった。
「全く、どいつもこいつも役立たずばかりだ!」
荷馬車、倒木地帯、野盗の襲撃。
これでアルバスは、マーカス達が用意していた罠を3つ突破してしまったことになる。
1人残された小部屋で、マーカスは焦りの表情を浮かべていた。
キルケット貴族のクドドリン卿から、マーカスが申し付けられた『仕事』は『商人アルバスを失脚させること』だ。
それによって、クドドリン卿は最終的にはミストリア劇場をわがものにしようと目論んでいるようだった。
私怨を晴らすことと、実利を得ること。その両方を同時に満たすことが、今回のクドドリン卿の最終目的だった。
だが。
ジルベルト・ウォーレンの息がかかっていると思われるその商人を失脚させるに当たっては、クドドリン卿はとにかく慎重になっていた。
自分が表に立つことは絶対に避けようとしている節があり、マーカスにも可能な限りの搦手を使うことを要求した。
ゆえにマーカスは、ギルド長としての権限を使い、アルバスに無理難題を押し付けることにした。
それも、一見してそこまで難しいクエストではないようなものを『やれる』と誤解させたうえでアルバスに自ら受けさせるのだ。
自ら手を上げたそのクエストを、結局こなせなかったことを理由に様々な難癖をつけてその名声を地に落とす。そして、失脚させる。
それが、現在進行形でマーカスがアルバスに弄している策だった。
アルバスには、ほとんど情報らしい情報を与えずに出発させた。
さらには、オークション終了からのこの3カ月間。マーカスは倒木や、匂い袋によるモンスターの活性化などを用いて意図的にポッポ村との情報のやり取りを困難にさせ、様々な情報を伝わりづらくしていた。
故に、準備は万端なはずだった。
懸念事項としては、念のために用意していたサブの策を、アルバスがすべて難なく突破してしまっていることだ。
「まぐれとは言え、アース遺跡を攻略しただけのことはある」
ほんの少しだけ、相手を侮っていたのかもしれない。
「だが、流石に今のポッポ村の状況には対処できないだろう。ポッポ村の『上級モンスター』を見て、腰を抜かすがいい」
そのことを思い出し、ギルド長マーカスは薄暗い部屋で一人ほくそ笑むのだった。




