10 野盗の襲来
倒木地帯を抜けると、ポポイ街道は本格的に森の中へと入りこんでいった。
シトロルン山脈を水源とするキルケット川はこの辺りには流れていないため、スライムやマシュラといった水辺のモンスターはもう見当たらなくなっている。
その代わり、その森の中では何度もウルフェスの群れに襲われた。
スライムやマシュラといったクセのあるモンスターではない。ウルフェスはクラリスにも馴染みのある倒しやすいモンスターだ。
こうなると、がぜんやる気を出したクラリスが意気揚々とモンスターを蹴散らし始めた。
たまに中級上位種のウルルフェスが複数体混じるのだが、クラリスはそれらもヒットアンドアウェイで的確に倒していく。
「どうよっ! バージェス仕込みの私の剣術」
得意げなクラリス。
だが。
そんなクラリスの背後の草むらから1体のウルフェスが飛び出し、いきなりクラリスに飛びかかった。
そのウルフェスは、他のウルフェスを囮に使いながら、自身は音もなく草むらを移動していたようだ。
「クラリス危ないっ!」
ロロイがそう叫びながら、アルミナスの遠隔打撃を放つ。
そのロロイの攻撃で、クラリスはギリギリのところでウルフェスの必殺の一撃をかわしていた。
「危なかったぞ、なんだ今のウルフェス!」
少し先行していたバージェスが慌てて戻ってきた。
「明らかに他のウルフェスと動きが違ったな……」
俺がそう言うと、バージェスが険しい顔をして頷いた。
どうやら、俺と同じ考えに行き当たっているようだ。
「獣使い、か……」
そう言いながらバージェスが背中の大剣を下ろし、腰のショートブレードに持ち替えた。
森の中での戦闘では、大剣は使いづらいということだろう。
「野盗か何かだろうか?」
「おそらくはな」
俺もウシャマから降りて、周囲を警戒した。
今のウルフェスの動きは、明らかに通常の野生のウルフェスとは異なるものだった。
ウルフェスは群れで狩りをするモンスターだが、ああいう形で仲間を囮に使ったりはしない。
おそらくは、野生のウルフェスに紛れて獣使いに仕込まれたウルフェスが混じっていたのだろう。
森の中の戦闘では、魔獣系モンスターを操る獣使いはかなり厄介な相手なのだ。
ガルルルル……、と唸り声を上げながら、さらに3頭のウルフェスが姿を現した。
獣使いの操る獣は、見た目では普通の野生の獣と見分けがつかないため、こいつらが野生なのか獣使いの手下なのか、俺たちにはわからなかった。
「クラリスはアルバスの横にいろ!」
バージェスに指示され、慌てて下がるクラリス。
そしてバージェスは、大木を背にしている俺とクラリスの前に立ちはだかった。
「相手が野盗の類なら、敵は獣使いだけじゃねぇぞ!」
バージェスが叫ぶ。
そんなバージェスの読み通り、狙いやすく固まっている俺たちに向かって、次々に魔術や矢が飛んできた。
「ふんっ!」
だが、それらは全てバージェスによって弾かれる。
同時にウルフェスたちが襲い掛かってきたが、それらもバージェスと、あとクラリスが応戦してきっちりと仕留めていた。
「獣使いの獣だろうとなんだろうと、不意打ちじゃなけりゃこんなもんだ!」
「それを、『油断』っていうんだ。新手が来るぞっ!」
さらに飛んでくる魔術や矢を叩き落とし、現れたウルフェスに対処しながらバージェスが叫ぶ。
バージェスに大声でたしなめられ、クラリスはシュンとしてしまった。
魔術や弓矢による遠隔攻撃に、獣使いの操る獣との連携。
今のところ全くこちらに姿を見せない点も含め、相手はかなりの手練れだろう。
この森の中で、位置を捕捉されずに遠隔攻撃を行う敵は相当な脅威だ
そしてそれは、相手方にとっても言えることだった。
「そろそろか……」
さっきから姿が見えないロロイは、いつの間にか森の中に潜んでいるようだった。
ロロイの、こういう時の戦闘センスは半端なレベルじゃない。
計算なのか感覚なのかはわからないが、あまりにも自然に相手の裏をかく行動をとっていた。
気づけば敵からの魔術攻撃の手が弱まり始め、森の中のあちこちから戦闘の気配がしている。
ロロイがアルミナスの遠隔攻撃スキルによって、森の中から次々と敵を撃ち、大打撃を与えているのだ。
野盗たちは先ほどからの一方的な攻撃によってロロイに位置を捕捉されてしまったらしい。
森の中からは次々に悲鳴のような叫び声が聞こえてきて、やがて魔術や矢は全く飛んでこなくなった。
「もう大丈夫そうだな」
ロロイとバージェスの攻守バランスの取れたコンビの前に、ざっと10人はいると思えた野盗団は瞬く間に全滅させられていたのだった。
「ロロイはお腹がすいたのです」
森の中からひょっこりと姿を表したロロイが、散歩から帰ってきたときと変わらぬような感じで合流してきた。
そしてバージェスとロロイは、それぞれ余裕の表情で再びウシャマに飛び乗ったのだった。
マジで頼りになる護衛だ。
こいつらほんとに、俺なんかの護衛をしていていいのだろうか……
だんだんと、マジで申し訳なく思えてきた。
そんな中で、クラリスはうつむき加減のまま全然言葉を発しなくなっていた。