09 倒木地帯
トトイ神殿跡地に到着した翌朝。
俺たちはポッポ村に向けて、トトイ神殿跡地を出立した。
丸2日かかると言われた「確認」をここで待っているよりも、先にポッポ村での仕入れの用事を終わらせてしまおうという話になったからだ。
ロロイだけは未練たらたらだったが、俺たちがウシャマを進め始めると渋々後をついてきた。
「商人ギルドのギルド長からの指名依頼か……、色々と裏はありそうだが、普通に考えたらなかなかにすごい話だよな」
ウシャマを並べて歩きながら、バージェスがそんなことを言ってきた。
「ん? そういう指名の依頼とかは、冒険者ギルドでもよくあることだろ?」
「いや、普通はねぇよ」
俺の言葉に対して、バージェスが呆れたようにそう言った。
「そりゃあ、勇者パーティとかならそういう依頼は殺到していたかもしれないが。普通の冒険者にはそんな依頼は全くこねーんだよな」
「あぁ、そういうことか」
町に着くたびにそういった指名依頼が次々と舞い込んできていたのは、絶大な知名度を誇る『勇者ライアン』のパーティだからこそか。
だとすると。今回、階級も持たない一商人の俺に、わざわざギルド長自ら会ってこんな依頼を持ちかけてきたのは、実際のところ何のためだったのだろうか?
思い当たる節としては、
『劇場でしこたま稼いでてムカつくから、無理難題を吹っかけて、出る杭は打ち滅ぼす』というかなり嫌な理由か。
もしくは『なかなかに稼いでるみたいだから、そろそろ商人ギルド内に引き込んでおくかと』いうまあまあ悪くない理由か。
返答までの猶予期間として得た1日。そして出発までの猶予として得たもう1日。
その期間を使い、俺は大急ぎで現在の北のポッポ村についての情報を集めた。
その結果から考えると、どちらかと言えば前者だろうと感じた。
得られた情報によると、どうやら北の村の沖合の小島に『上級モンスター』が住み着いてしまい、そのせいでトドロスが今まで通りに狩れなくなってしまっているらしい。
また、ガンドラには「以前北の村との交易を行っていたギルド付きの商人」について情報を集めてもらった。
それによると、そのマルセラという名の商人は、どうやらマーカスの息のかかった商人のようだった。
そしてマルセラは、今はアース街道の街道整備などを行なっているらしい。
モーモーや薬草、旅館などで最近なにかと話題のヤック村との往来を楽にするための事業。
それは大貴族たちの目にも留まりやすい、いわゆる花形事業だ。
たぶん、俺はその代わりに貧乏くじを引かされる形になっているのだろう。
そしてその上級モンスターにうまく対処できなければ『簡単な仕事もこなせないダメな商人』というレッテルを張られることになるのだろう。
下手をするとミストリア劇場の経営にも何らかの影響が出るかもしれない。
これは少しばかり自意識過剰で考えすぎかもしれないが。
もし派手に稼いでる俺を妬んで潰したいと思っている連中がいるとすれば、きっとそいつらは、なんとしても俺にこの依頼を失敗して欲しいと思っていることだろう。
俺みたいな「無等級」に、いきなり無条件で「黒等級」を与えて、その上「成功すれば銅等級」なんていうおいしい話が飛んでくるのだから、やはりそういう裏があると考える方が妥当だった。
だが俺は。
それでもこの件を『名を上げるための登竜門』だととらえて、引き受けることにした。
失敗した場合のリスクは確かに高いが。
やりきることができれば、俺に多大なメリットが発生する。
『報奨金』と『ギルド等級』
つまりは『マナ』と『権力』が同時に手に入るという超絶おいしい話だ。
困難は覚悟の上。
俺の護衛には、元聖騎士のバージェスと、聖拳アルミナスを使いこなすロロイがいる。
アース遺跡群の上級モンスター「ミノタウロス」に対処できた彼らなら、ちょっとした上級モンスター程度ならばなんの問題もないはずだ。
完璧とは言わないが多少でかい障害くらいならば、何とでもなると思っていた。
しかし。
そんな上級モンスター以外にも、俺たちの前にはいろいろな障害が行く手を阻んでくるのだった。
→→→→→
「アルバス。どうするのですか、これ?」
トトイ神殿跡地を出立して数時間後。
ロロイが示す森の中の街道の先には、倒木が散乱していた。
ちょうど道をふさぐような感じで、倒木が何本も何本も折り重なっていた。
「巨人かなにかが、ここで暴れたのか? 一応、周囲を警戒するか」
「なんにせよ、これじゃ通れねぇな」
バージェスとクラリスが困ったように言う。
「そうだな、さすがにもう半分くらいにはしてもらわないと、俺の倉庫にも入らなそうだ」
試しにそのまま収納しようとして、倒木に手を当てて「倉庫収納」と唱えてみたが、流石にダメだった。
俺は、バージェスとロロイに頼み、それらの倒木をど真ん中で切ってもらうことにした。
バージェス用の予備装備で、俺の倉庫に戦斧を入れておいたのが役に立った。
ロロイはすでに拳とアルミナスのスキルで、細めの倒木を折って回っていた。
そして……
倉庫に収まる程度にまで切断された倒木を、俺が次々と倉庫スキルに収めていく。
俺の倉庫インベントリーには『折れた木(大)』とか『折られた木(?)』みたいな名前の木材がどんどんと蓄積されていった。
これでしばらくは、ミトラの木人形の材料には困らなそうだ。
「倉庫スキルって、マジで便利だな」
クラリスが感心したように言う。
「アルバスの倉庫スキルが特別便利なのですよ。ロロイの倉庫だったら、たぶんもう少し小さくしないと入らないのです。しかも、ロロイの倉庫だったらもうとっくに満タンになってるのです」
「そうみたいだな」
おそらくは、絶対容量の大きさに起因するのだろう。
通常の倉庫スキルでは、例えアイテムだと認識されても『そもそも倉庫に入らないから、入れることができない』というサイズの、例えば荷馬車のような品物も、俺の倉庫には取り込むことができていた。
もし俺が、この俺の倉庫スキルの特別性にもっと早く気づいていれば……
ひょっとしたら俺は今でも、あの最強のメンバーたちが集う勇者ライアンのパーティにいたのかもしれない。
バージェスたちはそのまま作業をし続け、ものの30分ほどでウシャマが通れるくらいの道を確保してくれた。
「俺たちが通る分にはこれでいいけど、今後俺たちのほかにも荷馬車を引いた商人が通ることを考えると、これじゃまずいよな」
「バージェス。今はこれでいい」
「いや、ダメだろ?」
「いいんだよ。今回俺が請け負った仕事は『素材の仕入れ』であって、『街道整備』じゃないからな。あとでキチンとギルドに報告を入れておくよ。ついでにこの手の倒木の後片づけなら、俺たちが適任だってことも付け加えてな」
俺がそう言うと、バージェスはちょっと納得いかなそうな顔をしていたが、やがてウシャマに乗って歩みを進め始めた。
→→→→→
西大陸商人ギルド本部、ギルド長の執務室。
その部屋では、ギルド長のマーカスとその秘書官であるジャハルの2人が向かい合って立ち話をしていた。
「なんだと!? アルバスめの商隊は、倒木地帯をいとも簡単に突破しただと!?」
「倒木地帯は、マシュラの生息地と同じ原理で突破したようですな」
「どういうことだ?」
「荷馬車を倉庫内に取り込んでおりますので、確保するのはウシャマ1頭分の道だけ。それで難なく突破したと……」
「ぐぬぬ……、あの仕掛けにはどれだけの手をかけた!?」
「10人の宿なしの夜盗に金を掴ませ、およそ1週間ほどかけました」
「アルバスはっ!?」
「およそ30分ほどで突破したとの報告です」
「ぐぬーーー!! では、次の手はどうなっておる?」
「そこはご安心ください。抜かりなく、現場には腕利きの野盗どもが待機しております。」
「そうであった。夜盗はそのままそこにとどまらせておったな!」
「ええ、例の『腕利き』もおるはずです」
「そうか、ならばこれでアルバスは終わりだ! ふはははは!」
その小さな部屋に、マーカスの笑い声が響いた。




