07 今回の発端②
「先ほども説明したが、これは依頼ではなく指令だ。拒否する権利はあるが、色々とややこしい話になると思ってもらいたい」
マーカスが少し苛立ちながらそう言った。
かなり威圧的な態度ではある。
どうやら、俺が断れるはずないと思い込んでいるようだ。
だが、そういった威圧的な態度に俺は慣れていた。
俺が元いた勇者パーティのメンバーたちは、大体みんなこんな感じだ。
さらにパーティ内にとどまらず、当時は会うやつ会うやつみんなそんな感じだった。
冒険者同士に限らず、貴族なんかもみんなだ。
威圧的な態度をとり、力を誇示したりして面倒ごとを避けるのは、ごくごくありふれた手段だ。
自分は積極的に取り入れようとは思わないのだが、だからって相手の威圧に怖気づいてやるような義理もない。
そして『いろいろとややこしい話』などと言って具体的な言及をさけているのは、結局大したことができないからだろう。
結局は、マーカスギルド長自身もギルド運営の歯車にすぎないはずだ。
「指令だというなら、さらに詳しく話してもらわないと困る。『今すぐ行って素材を仕入れてこい』だけでは情報が少なすぎる」
「貴様、私を誰だと思って……」
「西大陸商人ギルドのマーカスギルド長だろう。当然、知っている。俺は、あんたを見くびっているわけでもなんでもなく、ただ単に『仕事を受ける上でもっと詳細な情報が欲しい』と言っているだけだ。これは商売の話なのだろう?」
「くっ……」
「マーカス様、そのあたりで……。ここでアルバス殿にヘソを曲げられては元も子もありませぬぞ」
まだなにか言いかけているマーカスを手で制し、秘書官のジャハルが話を始めた。
ちょっと引っかかる物言いではあったが、こっちのほうが幾分か話が分かるようだ。
その話によると、どうやら以前までポッポ村との交易を主な商売にしていた銀等級の商人が、ギルドの指示で別の事業に携わりはじめたため、最近は北の村の特産品がキルケットに出回りづらくなってしまっているらしい。
水属性関連のスキル付き武具の素材として、西大陸ではポッポ村沖に生息するトドロスという特有モンスターの素材を使用するのが最も良いとされていた。
だが現在は今言った理由によりその供給が不安定になってしまっているため、俺にその流通を安定させるための仕事が舞い込んできているということらしかった。
具体的には『北のポッポ村に赴き、トドロス80体分の素材を仕入れてくる』というのが、ギルドからの俺への依頼内容だった。
秘書官のジャハルの説明によると、そのための資材として、西大陸商人ギルドから俺に『仕入れ用資金50万マナ』と『荷馬車4台』、それに『牽引用のウシャマ6頭』を貸与するとのことだった。
俺がそのマナで仕入れてきた素材は、一旦ギルドの保管庫にプールされた後、状況に応じて市場に流されるらしい。
あと仕入れ用資金については、余ればそのまま俺がもらって良いらしい。
トドロスの亡骸1体から取れる主な素材は皮と牙、尾びれ、背びれ、胸びれ、骨格あたりだ。
ちなみに肉は食用にできるらしいが、保存上の問題から今回の依頼内容には含まれていない。
以前キルケットで見たそれらの素材相場を合計すると、おそらく仕入れ値は1体当たりおよそ5000マナほどだろう。
そうなると80体分の素材を仕入れるのに必要な額は単純計算で40万マナだから、普通に考えて10万マナが懐に入る計算だ。
さらに、それとは別にかなりの額の報奨金なんかも出るらしい。
ポッポ村との往復にかかる時間は2日ずつ。
つまりポッポ村に素材の在庫があった場合、最短で往復分の4日だけで終わる内容の仕事だという事だ。
正直言って、かなりおいしい。
商人ギルドからの依頼というのは、ここまで儲かるものなのか? と少し興奮してしまったのだが……
普通に考えると、あまりにも気になる点が多かった。
「それはわかったが、なぜ俺なんだ?」
俺は、先ほどの質問を再び繰り返した。
ただ、質問をしながらも直感的に、それは俺に言えないような理由なのだろうと勘づいていた。
「お前が細かいことを気にする必要はない。ただ言われた通りの場所に行き、言われた通りに素材を仕入れてくればよいのだ」
再びマーカスが苛立ちながらそう言った。
そんな思考停止でまともな仕事ができるとも思わないし、それこそわざわざ外様の俺を引っ張ってきてやらせる必要などないように思う。
すでに黒等級として登録されていて、適当に手の空いていそうな商人に声をかければよいのだ。
そこまでの人材不足というわけでもあるまいし、俺でなくても、この条件ならほかにいくらでも手を上げる商人がいるだろう。
そしてさらに不可解なことに、マーカスギルド長は、俺がこの仕事を遂行した暁には「銅等級」の職位を与えるなどと言い出した。
銅等級ともなれば、末席とはいえギルドの運営に口出しができるレベルだ。
おそらくはこの「西大陸商人ギルド」に、50名程度しかいないだろう。
仕入れの仕事をひとつこなしてその等級を与えるというのは、現状ギルドへの貢献が全くない俺のような一商人に、いきなり回ってくるような話ではない。
目の前に餌をぶら下げて、俺をその気にさせようという魂胆が見え見えだった。
→→→→→
実は。
最初からずっと、俺の脳裏には一枚の手紙のことが浮かんでいた。
それは数日前、使者を通じて受け取ったジルベルトからの手紙だ。
『商人ギルドに不穏な動きがある故、用心しろ。ただ、万事においてお前の行く末を決めるのは、お前自身だ』
そのような内容が、簡潔に書かれていた。
その時点では、なんで俺にそんな話をするのかと訝しんだのだが。
おそらく今俺は、その『商人ギルドの不穏な動き』とやらに、何らかの形で巻き込まれようとしているのだろう。
結局またマーカスが俺の質問をうやむやにしたことからも、俺は間違いなくそうであるとの確信が持てていた。
とはいえ、普通に考えたらこれはまたとないチャンスとも言える話だった。
報酬もおいしすぎる。
西大陸商人ギルドは、紛れもない巨大組織だ。
そして、そこで等級を付与された商人だけが行える『自警団への装備品の供給』や『ギルド資金を利用しての流通調整』など、うまく立ち回れればかなり美味しく稼げる役回りなんかも多い。
事実、今現在提示されている「仕入れ」の仕事は相当に良い条件だ。
それに、銅等級の職位を得るというのは、俺が今後商人として成り上がっていくにあたって間違いなくプラスになる話だった。
「そういうわけなのですが。いかがなさいますか、アルバス殿?」
ジャハルがそう訊ねてきて、その後ろではマーカスが腕組みをしてふんぞり返っていた。
ダコラスは相変わらず俺たちを睨みつけている。
3人して、『断るわけがないだろう?』という強気な態度だ。
目の前にぶら下げられた報酬は、相当にデカい。
それに対して、割り振られた仕事は一見あまりにも簡単そうだった。
普通に考えたら断るはずがないだろう。
「悪いが断る」
だが俺は、静かにそう答えた。
「んなっ!?」
「貴様、自分の言葉の意味が分かっているのかっ!?」
ジャハルとマーカスが同時に席を立ち、マーカスが拳を机にたたきつけた。
「マーカス様、いったんお静まりください。そしてアルバス殿、もう一度よく考えてみなされ。これは、商人としての名を上げるまたとないチャンスでございますよ?」
言われるまでもなく、そんなことはわかっていた。
「では、報奨金を倍額にしてもらいたい。その条件であればその依頼についていったん持ち帰り、一晩ほど考えてみよう」
「……」
一瞬黙り込むマーカスとジャハル。
だが、すぐにマーカスはいやらしい笑みを浮かべながらそれを了承し、俺はいったん話を持ち帰ることとなった。
マーカスの捨て台詞は「今後の身の振り方について、一晩じっくりと考えるが良かろう。まぁ、答えなど決まっていると思うがな」だった。
→→→→→
「やはり、この話は相当きな臭いな」
商人ギルドからの帰り道にて、俺はロロイとクラリスに向かってそうつぶやいた。
報奨金を倍額にするというのは、つまりは通常の条件であれば2人の商人に同じ依頼ができるということだ。
そんなバカげた条件をああも簡単に飲むというのは、そうまでして俺を北に向かわせたい事情があるということなのだろう。
「こんなやばそうな依頼、やっぱり断るべきなんじゃないか?」
クラリスが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
この依頼には、どう考えても裏がある。
ジルベルトからの手紙という裏付けもあるので、それはもう確定事項だろう。
「それを、確認するための『一晩』だ。今から少し忙しくなるぞ」
時刻はまだ昼前だ。
まずはガンドラと、自警団のガンツとオレット。そして荷馬車行商広場の顔なじみの商人たち。可能であればジルベルト。
今からそれぞれに接触を図り、マーカスが北の村へと俺を行かせたい事情について、可能な限りの情報を集める。
その調査の結果次第では、本当に断ることも必要だろう。
当然だが、受ける方が断るよりもリスクが高いと判断すれば、そうするべきだった。
→→→→→
そして翌日。
俺はその依頼を受けるとマーカスに宣言し、内容についての念書を書かせた。
あと、そのついでにトトイ神殿跡地の牢獄内部の見学許可証をもらったのだった。
こうして俺は、北のポッポ村へと出発することとなった。
ちなみに色々と聞き取り調査をした結果だが、どう考えても罠っぽかった。
なんで俺にそんなことを仕掛けるのか意味不明だったが、俺は「行ける」と踏んでその依頼を受けることにした。
商人として何かを成し遂げたいと思った時に必要なのは「マナ」と「権力」だ。
ギルド内での職位は、決してそのまま権力の強さとはならないが。
西大陸商人ギルド発行の「銅等級」の認識票を持つ商人というのは、たとえ中央大陸へ行ったとしても、認識票を見せるだけでそれなりの扱いを受けるだろう。
最終的には予想されるリスクよりも、リターンの方が大きいと判断した形だった。
その話を聞いたバージェスは……
「お前って、堅実に損得勘定してそうに見えて結構アレだよな。あえて魔獣の巣に飛び込むようなやり方が好きだよな」
と言いながら笑っていた。
そのあたりは、冒険者時代からの考え方の癖のようなものだろう。
昔は、俺が暴走するパーティメンバーを止める役回りだったんだが。いつの間にかあっち側の考え方が染み付いてしまっていたようだ。




