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06 今回の発端①

俺たちがトトイ神殿跡地に宿泊した日の、3日前。


その日。


俺は、キルケット東部地区にある西大陸商人ギルドの本部から呼び出しを受けていた。

俺の住所は『キルケット西地区1番街12〜26区画』で登録されているので、そこに向けてギルド長からの封書を持参した使者がやってきたのが、今回の件の発端だ。


封書の中身を読んでも『俺を呼び出している』こと以外には、相手側の要件は全くもって不明だった。

ただし、西大陸商人ギルドのギルド長直々だということだけは繰り返し記されており、正直言ってあまりいい予感はしなかった。

だがまぁ、行かないわけにもいかないので、俺はとりあえず指定された日時にその場所へと赴くことにした。



商人ギルドとは、その名の通りの商人の組合だ。

冒険者ギルドとは別の組織であり、扱いとしては基本的に同列となっている。


商人ギルドは、冒険者ギルドに対して『素材収集』の依頼を出したり、街道整備のための『モンスター討伐依頼』を出したり、冒険者ギルドで冒険者のために『ギルド商店』を開いてアイテムや武具を提供したり、それでマージンを取って儲けたりと、互いに持ちつ持たれつの関係となっている。


モルト町のような小さな冒険者ギルドではほとんど見かけなかったが。

キルケットでは『依頼主・商人ギルド』とか『依頼主・商人ギルドの○○』のような商人ギルドやそれに関連する人物が出しているらしい依頼を頻繁に見かけた。

ちなみにモルト町の冒険者ギルドにはギルド商店もなかったため、俺が中で薬草を売るのが許されていたというわけだ。


また。

地域ごとに独立運営をしている冒険者ギルドとは違い、商人ギルドは一つの組織でかなりの広範囲をカバーしている。

『西大陸商人ギルド』は、その名の通り西大陸全土を管轄している大規模な組織だ。


そんな西大陸商人ギルドは、『行商許可証の発行』という形で場所代を取ったり、『ギルド支援金』という寄付名目で商人たちから実質的な税をとったりしている。


それらの資金は、ギルドの活動の原資金となるわけだが。

街道整備などの公共事業に使われたり、自警団や衛兵の活動資金になったりして、巡り巡って税を支払った商人達自身にも返ってくるようになっている。

そのため、ある程度稼いでいるならばきちんとギルド支援金を納めておかないと周りから白い目で見られるというわけだ。

商売の規模にもよるが、相場は大体売上の1〜5%くらいだ。


俺はそのあたりのシステムを知ってはいたが、オークションに臨む資金を減らさないため、ミストリア劇場に関するギルド支援金の支払いを一旦は完全にスルーしていた。


一応『知らなかった』という体で押し通したが。

オークション終了後にまとまった額のギルド支援金を納めたので、現状それについては特にお咎めなしとなっていた。


だからまぁ、なんで呼び出されているのかは全くもって心当たりがない状態だった。



→→→→→



人数は3人までとのことだったので、劇場の隅でぐうたらしているバージェスを残し、俺、ロロイ、クラリスの3人でその建物を訪れることにした。


受付で名前を告げるなり豪華な応接セットのある小部屋に通され、待たされること約30分。


やがて、その部屋に3人の男が入ってきた。


1人は神経質そうな中年男で、席に着くなりそいつは「西大陸商人ギルドのギルド長、マーカスだ」と名乗った。

もう1人はジャハルという名前の老齢の男で、どうやらマーカスの秘書官らしい。


さらにもう1人は、小柄だが引き締まった身体の男だ。

その男を見た瞬間から、クラリスの顔がめちゃくちゃ険しくなっていた。

俺も見覚えのあるその男は、以前キルケット貴族のジミー・ラディアックがミトラのお屋敷を訪れた際、ジミーがその護衛として引き連れていた男だった。


その男は「ダコラスだ」と名乗り、今の自分はマーカスの護衛だと言っていた。


そして俺たちのほうも簡潔に自己紹介をしたのち、マーカスギルド長が唐突に要件をしゃべり始めたのだった。


それを簡潔にまとめると……


どうやら俺は、ギルド長から『ポッポ村に行って海獣トドロスの素材を仕入れてこい』という内容の依頼をされているらしかった。


しかも、依頼というかなんというか……

ほとんど恫喝に近い勢いでの要求だった。


「一応、なんとなくの話は分かった」


「わかったのであれば、今すぐにでも準備を始めるが良い」


横柄な態度のマーカスギルド長。

こういう態度をとる奴には慣れっこだったが、だからと言っていい気はしない。


「俺はまだ『引き受ける』などとは一言も言っていないぞ」


マーカスが『チッ』と舌打ちをして、両サイドの2人が少し反応した。

まさかここで殴りかかってはこないだろうが、ダコラスの方はあからさまに喧嘩腰の視線を俺たちへと向けていた。


風の噂で、あの後紆余曲折あってジミー・ラディアックは貴族の称号を剥奪されたと聞いていた。

だからそれにより職を失ったダコラスは、もしかしたら俺たちを逆恨みしているのかもしれない。


そう、逆恨みだ。

ジミーの失脚について俺たちは特に何もしておらず、その直接的な原因を作ったのは奴隷解放を行ったアマランシアだろう。

だから、実は睨まれる覚えとかはまったくないのだ。


ジャハルの方は、柔和な笑みを浮かべながら佇んではいたが、こっちはこっちであまり目が笑っていなかった。

その表情のままいきなり魔術とかをぶっ放してきそうな怖い雰囲気がある。


相手側は完全に力で威圧しに来ているのだが、ここは商人ギルドの本部だ。

実際に武力行使(そんなこと)をしたら、ギルド長とは言え流石に大きな問題になるだろう。


「アルバスよ、何が不満なのだ? 報酬の内容か? ギルド等級など得るに値しない。と、そういうことを言っているのか?」


「そういうわけではない。俺はただ、その依頼をあえて俺にする理由を聞かせて欲しいと言っているだけだ」


簡単に概要を聞いた感じでは、俺はこの依頼がきな臭くて仕方がなかった。

リスクの方がでかいと判断すれば、迷わず断るつもりだった。

だが、提示されている報酬はなかなかに大きいようなので、実はそのあたりで決めかねているのだった。


マーカスの言う『ギルド等級』とは、ギルドの認識票の素材で分類されている階級分けで、言うなればギルド内での権力の指標のような物だ。


一般的な感覚で、冒険者ギルドであれば難易度の高いモンスターの討伐数などによって少しずつ上がったりするのだが。

商人ギルドにおいては、それとは少し違う扱いとなっていた。


商人ギルドにおける『等級』は、ギルドの運営に関わる商人としての格付けを表している。


今回の依頼の報酬の中に、どうやらその「ギルド等級」を俺に付与するという話が含まれているようなのだった。


ギルド等級について、ひとつ具体的な等級の例を挙げると。

商人ギルドへ、商人として登録のみを行っている状態の商人は「無等級」となる。

つまりそれは、ギルドとは無関係に自分の商売を行い、『行商許可証の発行』や『ギルド支援金の支払い』などを通じて最低限の納税だけを行う商人だ。


ほとんど全ての商人がこの等級であり、例え多額のギルド支援金の支払いを行っていても、ギルドの運営に関わる気がなければずっとこの等級にいることになる。


マーカスギルド長によると、今回俺に仕事を依頼するにあたり無条件で「黒等級」の階級を与えるとのことだった。

「黒等級」は商人ギルド内では最下級の階級だが、そもそもそうしてギルドから等級を与えられるということ自体、商人ギルドから相当に才能を認められているということでもあった。


黒等級の商人とは、ギルド上層部からの依頼を受け、主にギルドの管轄する地域全体の物流調整などに関わる仕事を行う。

また、場合によっては冒険者ギルドに依頼を出して大規模なモンスター狩りを指示したり、広範囲にわたる素材集めを行ったりもする。

もちろん、ギルドから声がかからない時には自分の商売を好きなようにやっていて問題ない。

冒険者で言うと『断りづらいが儲かる指名依頼』が、定期的にやってくるような感覚だろう。


ちなみに「無等級」の認識票は鉄製で、「黒等級」の認識票は黒鉄というちょっとランクの高い黒色の鉄製だ。


黒等級の認識票を持った商人は、『俺はギルドの運営に関わる仕事もするから、俺は偉い。だから俺の言うことを聞け』と、権威を振りかざす……ことまではできないが。

大規模な商人ギルドをバックにつけた、信用のおける商人だとは見られるだろう。


つまり今回の依頼を受けることでその職位を得られるというのは、なかなかにおいしい話ではあった。


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