05 元聖騎士の矜持と、商人の力
「なぁ、アルバス」
俺が残飯の保管や調理器具の洗浄なんかをしていると、クラリスが話しかけてきた。
「ん? なんだ」
「この、トトイ神殿跡地って、どんな遺跡なんだ?」
マナ稼ぎを抜きにして、クラリスも遺跡に興味があるのかと少し驚いたが、どうやらクラリスの興味はエルフ迫害の歴史の方にあるようだった。
「ここって、元々はエルフの神殿だったんだろ?」
「そうだな。ここは元々エルフ達の神殿だ。しかし、200年前のエルフ戦争の時、人間の手によってエルフの収容所に作り替えられたんだ」
その当時、ここは「トトイ監獄」と呼ばれていたそうだ。
ちなみにだが、エルフ達が住み始めてここに神殿を築いたのは400年ほど前で、そのさらに前はドワーフが住んでいたらしい。
だから、その昔ドワーフによって掘られた廃坑なんかが、実は無数に存在しているという話もある。
元々はエルフ達が、ドワーフ達からこの地を奪ったという話だ。
ただし、この辺りは人間が自分達の侵攻を正当化するために作った話かもしれないので、あえてクラリスには話さなかった。
エルフと人間の話をすると……
現在の俺たちの国、アウル・ノスタルシア皇国。
その前身であるノルン大帝国が西大陸に侵攻した際、このトトイ神殿は西大陸北側地区の制圧拠点とされた。
山を背にした高台という立地から、始めはエルフ達の抵抗拠点であったのだが。
人間の猛攻により、その拠点は瞬く間に陥落したそうだ。
そしてノルン大帝国の軍隊は、このトトイ神殿を拠点にして西大陸北部のエルフの村を次々に襲撃、占拠、破壊していったのだ。
その際、ここにエルフたちの収容所を作って収監し、エルフたちを各地に売り払うための奴隷売買の拠点としていたのだった。
そのノルン大帝国が、約1000年前から続くとされる『ノスタルシア皇家』を中心としたノスタルシア和平連合軍に打倒されたのが約150年前。
それ以降この場所は、帝国の犯した過去の過ちの歴史が刻まれた場所として維持、保管されることとなった。
アース遺跡群と比べると年代も新しくて小規模だが、何層かに分かれた地下牢獄部分が存在しているらしい。
ちなみに現在牢獄と呼んでいる部分は、元は神殿神官たちの居住区画で、おそらくその昔はドワーフ達の住処だったのだろう。
「だけど、それっておかしいだろ?」
話の大筋を聞いたクラリスが疑問の声を上げた。
「エルフ達を責め立てた挙句、奴隷化して売り捌いたことが『ノルン大帝国の犯した過去の過ち』なら。なんでいまだにこの国でのエルフは奴隷扱いなんだ?」
確かにそれは当然の疑問だろう。
トトイ神殿跡地の案内板には『殺戮や凌辱の歴史を繰り返さないためにも……』というようなことがもっともらしく書かれていたが。
現在も続くエルフの奴隷制度を思えば、それがただの建前でしかないのは明白だった。
「それはまぁ、つまりは本音と建前なんだろうな。奴隷という身分で、自分達よりも下等に扱える種族がいると、それだけで民衆の不満はかわし易いって話だ」
ライアンと旅をしている時に、そんなことを得意げに言っている貴族がいた。
「俺自身はその制度に反対だが、結局この国はノルン大帝国の頃とたいして変わってないってことだ。もし、本気でそれに一石を投じたり現状を変えたりしたいのであれば、国家に影響を及ぼせるレベルの絶大な権力者になるしかないんだろうな」
そう。例えば、有力な皇族や公爵との太いパイプを持ち、国の政策に口出しできるレベルの大商人だとか……
『勇者』や『聖騎士』といった、あくまでも体制の一部に組み込まれてしまっている者では、なかなか権力者達に歯向かうような真似はできないだろう。
「そうか、つまりアルバスは今、本気でそこを目指してるってわけか」
「んー……」
そう言われると、流石に少し言葉に詰まってしまう。
そこまで行くと、流石に目標が高すぎるだろう。
せいぜい地方の有力貴族を顧客に抱え、地元で幅を利かすくらいが、普通の商人が『大商人』を目指す上でのゴール地点だ。
「……」
ただ、俺の目指す「みんなを幸せにする大商人」という曖昧なものを突き詰めていくと……
その先の先にはきっと、クラリスの言うような景色があるのかもしれない。
「そうだな。もし俺がそのレベルにまでいけたら、皇王様にでも進言して、『エルフ奴隷禁止法』みたいな法律を作ってもらうかな」
俺がそんなことを口にしたら、クラリスがまたちょっと涙ぐみ始めてしまった。
俺なりに。ハーフエルフであるミトラと結婚した俺が、義妹のクラリスの前でこの言葉を口にする重みは理解している。
口に出した以上、やれる限りそこを目指さなくてはならないだろう。
「なら、その日まで私は、全身全霊を賭けて義兄さんを護衛するぞ」
涙を拭ったクラリスが、そう言って俺に向かって拳を突き出してきた。
「ああ、頼む」
口にはしてみたものの、やはりそれは生半可な道のりではないのだろう。
「大商人になる……か」
我ながら、具体的に考えれば考えるほど、はるかに高い目標だった。
→→→→→
「そう言えば……」
宿の部屋に戻った後。
ふと思い出したことがあって、俺はクラリスに話しかけた。
「さっきの話の続きだけど。数年前に、南方諸島の魚鱗族との戦争が終結した時にも、その辺の議論はかなりされたらしい。それで、その時には確か、当時の聖騎士が魚鱗族の奴隷化に大反対した挙句、結局その地位を追われていたはずだ」
俺がそう言うと、ロロイとクラリスが同時にバージェスを見た。
バージェスは、少しばつが悪そうに頭をかいていた。
「まぁ。魚人戦争の英雄だなんだともてはやされても、都合の悪いことを言い始めたとなればそんなもんだな」
ライアンたちは『黙ってさえいれば、戦争の英雄として莫大な富と名声が手に入るのに、馬鹿な奴だ』って笑っていた。
そして俺ははじめ、そんな聖騎士の噂とちゃらちゃらと女の尻を追いかけていたバージェスの姿がどうにも重ならなくて戸惑っていた。
だが、今ならわかる。
バージェスならたぶんそうする。
アルカナたちを気にかけ、ミトラとクラリスを見捨てられなかったのは……
聖騎士の肩書きがあろうとなかろうと、せめて自分の手の届く範囲くらいは守りたいという、バージェス自身の矜持からきたものなのだろう。
だからこそ。
守るべき祖国を守り抜いた挙句に、今度はそれまで敵だった魚鱗族が、『奴隷』という立場に落とされるのを見過ごせなくなってしまったのかもしれない。
いや、多分そうだろう。
あまりにも考えなしで不器用だ。
だけどもなんとなく、それはバージェスっぽいなと思った。
「まぁ、つまりは1人の聖騎士が声を上げたくらいじゃ、今のこの国の奴隷文化はひっくり返らなかったってわけだ。だとしたらアルバス、お前さんはそれをどうやって解決する?」
少しからかうような感じで、バージェスが尋ねてきた。
そこには『自分では何も変えられなかった』と言う自嘲も含まれているのかもしれない。
「矛盾するようだが。やはりそれには、商人としての俺の地位や権力を向上させていくというのが1番の近道になるんだろうな」
つまりは、今やっている『これ』だ。
西大陸全土を統括する西大陸商人ギルド。
俺は、数日前にそのギルドのギルド長であるマーカスという男から直々に呼び出された。
そして、いきなり北のポッポ村での仕入れの仕事に携わってほしいという依頼を受けたのだ。
気になる点は多々あったのだが。成功させた場合のメリットも大きかったために、俺はその仕事を受けることにした。
自らの商売を拡大しながらも、そうやって少しずつギルドの雑務に絡み、マナだけでなく地位や名声、そして権力を得ることができれば……
やがてはギルドの上部組織である貴族院を管轄するような、王侯貴族達との様々なつながりを持つことができるかもしれない。
その過程で、金持ち貴族達を相手に自分の商売をさらに拡大させて大量のマナを得て、最終的には中央貴族のパトロンのような立場にまで上り詰められれば。
その時俺は、国政に対しても相当な発言権を得られていることだろう。
夢のまた夢のような話だが。
商人が力を得るためにはやはり『稼げる商売』と、それを自分に引き寄せるための『権力』。
そしてその先にある『大量のマナ』が、必要不可欠な要素だろう。
つまるところ、商人の力とは『金の力』だ。
「……そうだな」
俺の答えをどう思ったのかはわからないが。
バージェスは、そこで話を打ち切ってベッドへと寝転んだ。