38 錬金術師
翌朝、俺が目を覚ますと。
ミトラが部屋の椅子に腰掛け、木人形をいじっていた。
普段人形の仕入れで会う時と同じく、既にきちんと服を着ている。
「おはようミトラ」
「おはようございます。アルバス……旦那様」
「どちらでも、呼びやすい方でいいぞ」
「では、場面に合わせて呼び分けます」
それはそれで謎だな。
「あ、あぁ…」
目隠しこそしていなかったが、今のミトラはこれまでと何ら変わらないように見えた。
まぁ、もともとそういう性格なのだろう。
どちらかと言うと、物静かで少し他人と距離を置くタイプだ。
ミトラは、俺の視線を受けながら『荷物持ち商人』の木人形を撫で回していた。
そして。
「旦那様。私には、もう一つだけ秘密にしていることがございます」
と、言った。
「言いづらい秘密ならば、秘密のままでも構わないぞ」
昨晩の、過呼吸を起こすほどに緊張していたミトラを思い出し、そう気遣った。
「いいえ。すでに、身も心もさらけ出した後ですので…。別に、大したことではございませんよ」
そう言って自分の身体を、瞼、胸、下腹部、太ももと、順に撫でていった。
その仕草から、昨晩の色々を思い出して、俺も少しドキドキしてしまう。
「これが、私のもう一つの秘密です」
そう言ってミトラは「荷物持ち商人」の木人形を机に置き。右手で風の魔術を発動させた。
確かミトラは「風の魔術で木を削っている」と言っていた。
以前は見せられないと言っていた木を削るところを、今、見せてくれるということなのだろうか?
だがミトラは、風の魔術はそのままに。反対の手で土の魔術を発動させた。
「2属性持ち…」
「人間の世界ではほぼ現れないそうですが。母によると、魔術に長けたエルフ族であれば、以前は数百人に1人程度は現れていたそうです」
そう言って、両の手のひらを合わせた。
2つの属性の魔術が合わさり、黄緑色の膜となってミトラの両手を覆っていく。
「エルフ族に伝わる古代の魔術です。風と土の合成魔術…腐食と錬金属性の魔術でございます」
ミトラの両手を覆った魔術の膜。
ミトラがその魔術を纏った手で「荷物持ち商人」の木人形を撫でると。パキパキと音を立てながら、まるで粘土のように形が変化していった。
そして、ミトラがそれを捏ね回すと、あっという間に四角い木の塊に変わってしまった。
「凄いな…」
固いはずの木が、粘土のように一瞬で形を変えられていた。
そして、ミトラが同じことをもう一度すると。
四角い木の塊がパキパキと音を立て、再び人形の形へと姿を変えた。
さらに、まだのっぺりとしているその表面を、ミトラが指先で撫でていくだけで、複雑な細工や細かい模様までもがさらさらと描かれていく。
そうして、ものの数秒で完成したその人形は、俺の顔をした俺をかたどった人形だった。
「そうやって、作っていたのか…」
「母から聞いたかつての錬金魔術の使い手たちは、金属ですら自在に変化させ、さまざまに混ぜ合わせて練り上げ、変化させたと言います。ですが私の力程度では、せいぜいものの形を変えるくらいしかできません。またそれも、柔らかい木や布…力を込めて何とか脆い石の形を削り変えるくらいが精一杯です」
そう言って。
ミトラは置いてあった木の机の一部を魔術でちぎり取り、それを次々に木人形へと変えてみせた。
そして、最後に机の形を整えると。まるで元からそうであったかのようなひとまわり小さい机と、5体の『女戦士』の木人形が出来上がっていたのだった。
いましがたミトラが作ったその5体は、昨日俺が発注していたものだ。
「ね? 大した秘密ではなかったでしょう?」
驚く俺に微笑みかけてくるミトラ。
「さぁ、旦那様。これでもう私には何も秘密はございません」
そう言いながらミトラは立ち上がり、近づいてきて俺に口づけをした。
そして、今まで一度も見たことがないような、満面の笑みを浮かべるのだった。
「私は今、この上なく幸せです。ここまで全てをさらけ出し、こんなに満ち足りた気持ちの結婚が出来るだなんて、夢に見たことすらございませんでした」
「……」
前言撤回だ。
物静かで人と距離を置くタイプだとか、これまでと変わらないとか、そんなことは全然なかった。
ミトラの、俺への気の許しっぷりは凄いことになっていた。
そして、俺の胸に顔を埋めて子供みたいに無邪気に擦り寄ってくるミトラが、とてつもなく可愛く思えた。
思わず、手を掴んでベッドに連れて行こうとしたその時。
突然部屋中が光に包まれた。
「えっ?」
「おおっ!」
そしてその光が消えると、部屋の隅には50cm×100cm×75cmくらいの横長な、豪華な木の装飾が施された箱が出現した。
「これ…は?」
「どうやら、俺達は正式に結婚したとみなされたようだな」
驚くミトラに、俺は、アルカナの家にもあるその箱のことを説明した。
ミトラはしばらくその木箱をいじっていたが。
俺からの説明も受け、すぐに仕組みを理解したようだった。
「もし旅先で入り用なものがあれば、何でも仰ってください。私に出来うる限りのものはご用意いたします」
「あまり無理はするなよ、ミトラ」
それに、もうしばらくはここに滞在する予定だし。
基本的にはここを拠点として動く予定だ。
「いいえ。私がそうしたいだけでございます」
「ならば、木人形と手紙を…」
「手紙、ですか?」
「旅先でも、いつでもミトラのことを想えるようにな」
カッコつけてそんなことを言ってみたら、ミトラの翡翠色の瞳が潤んだ。
そのまま無言で俺をベッドへと誘い、俺の上になって熱い口づけを交わす。
先程までの無邪気な雰囲気は少しなりを潜め、既に人妻となったミトラが、俺を誘うような艶やかな笑みを浮かべた。
さらに数十秒にもおよぶ貪りあうような口づけの後に見つめ合い、再戦のゴングが鳴り響きかけたその瞬間。
「姉さん、入るぞ。アルバス知らないか? いつもは公演が始まる2時間前には出てくるのに、今日はどこにもいない……ん、だけ…ど?」
ベッドで抱き合う2人。
そしてすでに半脱ぎのミトラを見て。
クラリスは引き攣った顔をして固まっていた。




