36 順風満帆
「その…2人は結婚したのか?」
翌日。
皆で朝食を囲んで談笑している中で、クラリスが恐る恐る俺とミトラに尋ねてきた。
「いや、してないぞ」
「クラリス、なぜそんな話になるんですか?」
俺とミトラがそう応じると、クラリスは困ったようにキョロキョロとした。
「それだよ。なんか、息の合い方が昨日までと全然違う」
「そうか?」
そうは言いつつも、それは俺も感じていた。
変わったのはミトラの方だ。
今まで感情が読みづらくて、どこか俺とは一定の距離を置いている感じがしていたのだが…
今はそれがだいぶ薄れた気がする。
理由は…どう考えても昨晩の一件だろう。
「でも…、今この屋敷はアルバスのものなんだろ? いや、アルバスを信用していないわけじゃないんだけどさ…」
クラリスの言いたいことはわかる。
ミトラとクラリスにとっては結局、自分達以外の誰かがこの屋敷の所有権を持っている今のこの状況は、ある意味で今までとなにも変わっていないとも言える。
ウォーレン家のお屋敷を間借りしていた頃と変わらず不安定な状況だと。そう言いたいのだろう。
「お屋敷については、昨日アルバス様と私の共同所有とする約束をしていただきました」
「えっ…」
固まるクラリス。
「結婚とかじゃなく、ただの共同名義だ。ただ悪い、みんなに相談せずに話を進めてしまった」
俺は、クラリス、バージェス、ロロイの顔を順番に見遣った。
「けど。元々ミトラとクラリスのためにこの屋敷を買い取ったようなものなんだから、反対するものはいないだろう?」
俺がそう言うと、全員が大きく頷いた。
「でも。本当にいいのかよアルバス。アルバスがどれだけ苦労してマナを貯めて…」
「何言ってんだ。実際のところ、俺たちみんなで稼いだマナだろ?」
そう。
どちらにしろ俺1人ではトレジャーハントも成功させられなかったし。コドリスの香草焼きも、劇場もうまく行っていたかどうかわからない。
そしてそもそも、手に入れた遺物の販売金額は俺とクラリスとロロイとで3等分という約束だった。
ここで俺が『買ったものは全て俺の物だ』と主張するのは全く話がおかしいだろう。
というか、もし俺がバージェスの話を本気で断っていた場合。
バージェスがトレジャーハントの1/4の権利を主張してきたり、ロロイもクラリスに同調したりして、結局俺は何も手に入れられてなかったかもしれない。
そしてミトラの木人形を仕入れ値0で販売することもできなかっただろう。
実質的に、遺物販売の代金を全て4等分し、オークションで遺物の販売だけを行った場合、オークション終了時の俺の手持ちは450万マナ程度である試算だった。
それが、結果的に1400万マナのお屋敷が俺の手に入り、しかもそれが年間1200万マナを生み出す可能性のある収益物件なのだから。
その辺は損失も覚悟でバージェスの話に乗った結果のボーナスみたいなものだろう。
結果として俺は、キルケットにおける拠点とミストリア劇場という巨大な収入源を得られたのだから、一連のオークションの成果としては大変満足のいくものだった。
「泣くなよクラリス。お前、ほんとによく泣くな」
「泣いてねーよ、ちくしょう!」
誰がどこからどう見ても泣いてるだろうが。
→→→→→
そして俺たちは。
その後皆で貴族院の出張所へと出向いて屋敷の所有権に関する手続きを行った。
どうしても本人が行く必要があったので、目隠しをしたミトラをみんなでかばいながらの移動となった。
「姉さんが…、屋敷の外に出てる」
ここでもクラリスは、また感動で瞳を潤ませていた。
そして、お屋敷は俺とミトラとの共同所有。その庭と劇場設備については、引き続き俺の所有物となった。
→→→→→
その後の1ヶ月間で、俺は4名の吟遊詩人を探し出し、彼らを迎えながら徐々に劇場の営業を再開していった。
劇場関連の利益は全て俺の物としていたが。俺はミトラに、今までは無償だった木人形の仕入れ分をキチンと支払うことにした。
ミトラ自身が見つけだした5人目の吟遊詩人に、ミトラの世話係を兼任させ。ミトラは自分が得た人形販売の収益から、その分の賃金を支払っていた。
そして、ミトラの生活もかなり安定し始めていた。
→→→→→
そしてさらにひと月が経過した。
俺はもう、儲かりすぎて踊り出しそうだった。
劇場では、4人の吟遊詩人で1日8回の公演を行うようなスケジュールを組んでいた。
現在ミストリア劇場に所属する吟遊詩人は、ミトラが雇った者を含め5人いるので、4日に1回の休息日を設けている形だ。
アマランシアほどの技術力がないという点を含め、1回公演あたりの収益は下がっていたが、公演を8回にしたことにより、再開後の2ヶ月目には、『月当たり100万マナ』という収益を達成しそうであった。
さらに俺は、事前に演目のスケジュール表を作り公開することで、客の分散と継続的な営業のための土台を作っていった。
通常は、個人の思うがままに神出鬼没な吟遊詩人。ゆえにそこで、客が各々の望みの演目を聞けることなどは滅多にない。
時には流行りの同じ詩を繰り返し聞かされたり。逆に、何度足を止めても「以前友人が聞いたと言う感動的な〇〇という詩」を聞くことができなかったりする。
だがそれが、ミストリア劇場では、ある時間にある場所に行けば必ず聞ける。
そして時間が決まっていることで、友人同士で事前に誘い合ったりなどの計画も立てられる。
さらに俺は、アマランシアのやり方を参考にして、客の好みそうな詩を徹底的に研究して演目のスケジューリングをしていった。
たまに、客から直接『何度でも聞きたい詩』をヒアリングするようなことも行い、どんどんその精度を高めていった。
そこに、時間帯別に『子供向け』『大人向け』などを適宜配置したり、演者をそれに合わせたセッティングにしたりと。さらに細かい調整も付け加えていく。
そして時には、人気の高い演目を1日に複数回にわけて配置したりというような、様々な策を考案し、それを繰り返し試してみたりしていた。
そしてそのような細かな調整こそが、後々まで続く、ミストリア劇場の圧倒的な優位性となっていった。
ただ広いだけのお屋敷ならば600万でもキツい価値観の物件だったのだが…
俺の手によって「ミストリア劇場」として生まれ変わり、高い知名度を獲得して継続的にマナを生み出す収益物件となったこのお屋敷は、確実に1400万マナ以上の価値があったといえよう。
それは、ジルベルト・ウォーレンですらそう認め。実際に形になりつつある紛れもない事実だった。
ジルベルト・ウォーレンの言う通り、物の価値は変動する。この屋敷と土地の価値は、以前とは比べ物にならないほどに上昇していた。
今思えば、1400万でも安い買い物だったくらいだ。
しかし、ミストリア劇場の優位性をさらに高めるためには、いつまでも露天劇場のままじゃいけない。
本格的な劇場としての営業をしていくにあたって…
そして他の商人が追随してきた時のことを考えて
…
また、今後来るであろう雨の多い時期に向けて…
やはり近いうちに屋根付きのもっとちゃんとした施設を建てる必要がある。
行商のための原資もそうだが、きちんとした劇場へとミストリア劇場を改装するための資金も、今からきっちりと貯めておかないといけない。
だがしかし…
何はともあれ、ことは全て順調に進んでいた。
こうして、ミトラとクラリスの姉妹の大きな憂い事はなくなり。
俺は、劇場という巨大な収入源を得て、全てが順調に回り出した。
そしてさらにひと月が過ぎたころ、
俺は再び夜中にミトラに呼び出されていた。




