34 勝利の宴
そして、オークション翌日の朝。
会場に併設された宿屋に泊まった商人たちが起き出してきて、少しばかり騒がしく話し合っていた。
どうやら昨晩、西門と東門とで盗賊団『黒い翼』によるものと思われる小競り合いが発生していたらしい。だが、いずれも門兵や自警団により鎮圧されたとのことだった。
そしてその流れで20名を超える盗賊が捕らえられたと、そういう知らせが流れてきているのだった。
俺は、兵士や自警団などからその知らせをさらに詳しく聞き取り続け、捕らえられた盗賊が人間であったとの話を聞いて、ホッとした。
また、それとは別に公共設備や各地のお屋敷で奴隷のエルフが逃走しているのが確認されたが、奴隷の他に無くなったものは皆無だったそうだ。
その奴隷解放については。
これまでの力押しの『黒い翼』とは全く異なる手口であることから、別の盗賊団の仕業と考えられているようだった。
古い時代を知る商人達の間では。
30年も前に西大陸で暗躍した。奴隷解放を行う盗賊団『白い牙』が再来したという噂が、まことしやかに囁かれているようだった。
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ちなみに余談だが。
エルフ奴隷売買を主な収入源としていたジミー・ラディアックは。
オークションの直前に浅黒い肌をした女の奴隷商人から購入し、このオークション後に他の貴族に受け渡す予定だった8名の奴隷エルフについて。その全員に逃げられて相当な損害をだしたそうだ。
そしてそれが。流通する奴隷エルフの減少により、すでに経済的に厳しくなっていたラディアック家へのトドメの一撃となり。その後ジミー・ラディアックは失脚したそうだ。
ジミーはあの屋敷を買い取り、中央地区の他の貴族たちからの監視の目が届きづらく、また部屋数も多くて都合のいいその屋敷で、非合法の売春宿を開く計画だったらしいのだが…
それは、本業の奴隷売買が傾きかけている焦りからくるものだった。
初期投資も、先行きの計画も何もかもがめちゃくちゃな事業計画。
そしてそもそものオークション資金が、まだ受け渡しも済んでいない奴隷エルフの代金を、各貴族から前借りしたものだったことからも。ラディアック家が相当に厳しい経済状況でやりくりをしていたことが窺える。
もし実際に売春宿の経営がスタートしていたとしても、おそらくはどこかで破綻していたのだろう。
後日そんな噂話を耳にしたが…
俺にはもうマジでどうでもいい話だった。
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そして俺は「キルケット西地区1番街12〜26区画の土地建物の権利書」と「聖拳アルミナス」の払い出しを受けた。
すげぇなあのお屋敷。
かなり広いとは思ってたけど…
周りの家15軒分の土地区画だったのか。
庭が一部雑木林になっていたり、少し奥まってたりするせいでそこまで広いとは思っていなかった。
…そりゃ値も張るわけだ。
ちなみに払い戻しのマナは無し。
ジルベルト・ウォーレンは、俺の払い戻しマナが本当にゼロであることを確かめて、満足そうに笑っていた。
「もう行くのか?」
払い戻しを終えて早速西地区へ帰ろうとしている俺に、ジルベルトがそう声をかけてきた。
いつか離れ屋敷を訪問した時と同じく、左右に年配のお供を連れている。
「あぁ。一刻も早く帰って、望む物が手に入ったと伝えなくてはならないのでな」
昨晩のアマランシアの言葉も、さすがに全面的に信じられるわけではないので、シンリィの動向も気になっていた。
試しにジルベルトに「あんたの屋敷に、シンリィという奴隷エルフがいなかったか?」と聞いてみたら。
「ウォーレン家には奴隷エルフはいない」との返答だった。
「逆に問うが、封書を託した使者がお前の屋敷の前で『下働きの奴隷エルフらしき者に手紙を受け取られた』と言っていたが、真実か?」
「さぁ、見間違いなんじゃないのか? あの屋敷にも『奴隷のエルフ』はいないな」
代わりに、『盗賊のエルフ』がいたのだがな。
…しかも2名。
ジルベルトは「そうか」と呟いて去って行った。
やはり。
ウォーレン家の奴隷エルフ『シンリィ』などという人物は存在しなかった。
彼女は、間違いなく盗賊団の一員だったのだろう。
そして、吟遊詩人アマランシアもまた。行方をくらました形になっているのだが、数百人規模が集まるあのオークションにて、いちいち誰がいるとかいないとかを確認して回るような者もいないようだった。
侵入に対して極端に厳重なこのキルケット中央地区も。一度入ってしまえばある程度自由に動き回れてしまうようだ。
最後に俺のものに紛れさせて入場許可証を返却すれば、多分それで終わりだ。
アマランシア達の会話に出てきた、門内に潜んでいたと言う『黒い翼』も。何かしらの方法で侵入して、そのままずっと潜んでいたということなのだろう。
そして昨晩、外にいる大勢の仲間を引き入れるために、内側から門を開けに向かったところ。
失敗して外の仲間共々捕らえられたということのようだった。
話に出てこないということは、アマランシア達『白い牙』と解放された奴隷エルフ達は、その混乱に乗じて門外へと逃れられたということだろう。
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払い戻しの手続きなど、なんだかんだとやっていたら。離れ屋敷に戻ったのは昼過ぎだった。
ってか、ジルベルトも言っていたが、あそこはもう『ウォーレン家の離れ屋敷』じゃなかったな。
キルケットの中央貴族院にもすでに登録されているあの屋敷の正式な所有権は、現在俺にある。
権利書というのは、単にそれの写しのような物だ。
後ほど、屋敷部分だけでもミトラと共同所有とするような手続きを進めないといけないな。
そうでないと、クラリスとミトラは結局いつまでも安心できないだろう。
もちろん。庭は俺の物としてさらに体裁を整えて劇場経営を続けるつもりだった。
アマランシアがいなくなるという大誤算が起きているので、その辺りの軌道修正を余儀なくされてはいるのだが…
既にかなりの知名度を獲得しているミストリア劇場ならば、色々と打てる手もある。
「また、忙しくなるな…」
屋敷に戻ると、ロロイ、クラリス、バージェスの3人が門のところで痺れを切らして待ち構えていた。
ミトラの姿が見えなかったのだが。
部屋で休んでいるとのことで、安心した。
そして、早速結果を聞いてくる皆に、俺は土地の権利書を倉庫から取り出して見せた。
それを見たクラリスが、崩れ落ちて号泣し始める。
「流石はアルバスなのです!」
そしてロロイは、ニコニコしながらなぜか俺にスリスリと擦り寄ってきた。
「な、なんだよ…」
「ロロイはアルバスの護衛だから、丸一日護衛対象がそばにいなくて寂しかったのです。なるべく離れたくないのです」
「何だそりゃ」
そういうもんなのか?
「アルバス…」
バージェスは。
何も言わず俺の胸に握り拳を当ててきた。
言いたいことは大体わかる。
「あんたに焚き付けられて始めたことだけど。ちゃんとやりきったぞ」
「ああ。お前は俺の見込んだ通りの男だったよ」
いつの間にバージェスに見込まれていたのかはわからないが。
悪い気は全くしなかった。
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それからはもうはちゃめちゃだった。
「祝杯をあげよう!」
といって、酒屋に走ったクラリスが。大量の酒や食べ物を買い込んできて、真昼間からガンガンやりだした。
クラリスはすでに成人しているので、一応酒は問題ないが…
「おいおい…、飲めるのか?」
「飲める! 飲まずにいられるか!?」
そう言って、バージェスとロロイにも酒を勧めだした。
バージェスはともかくロロイは…。いや、成人してるからいいんだけどさ。
そんな喧騒の中、ミトラは静かに座ったまま、俺の用意した軽食を摘んでいた。
その様子は、本当にこれまでと何も変わっていないように見える。
ミトラは今回のことを喜んでくれているのだろうか?
瞳を覆う目隠しのせいだろうが。相変わらず何を考えているのかわからない女性だった。
「しかし、アマランシアも、シンリィも冷たいよなぁ。アマランシアはアルバスにだけは挨拶してったみたいだけど。シンリィなんか手紙一つで『はい、さようなら』だもんな」
クラリスがボヤく。
シンリィは今朝……おそらくは昨晩だが。
寝泊まりをしていた部屋に一枚の手紙を残して消えていたそうだ。
『用事が済んだので帰ります。お屋敷の件、うまく行くといいですね』
そんな出だしで始まり、皆への感謝の気持ちが綴られていたという。
シンリィが本当にお屋敷を清掃するために送り込まれたウォーレン家の奴隷だとすると、タイミング的にも内容的にも疑問符が浮かぶその手紙だが。
4人の中には、あまり疑問に思うやつはいないようだった。
単に『オークション前の片付けという仕事が済んだから、本家に帰った』と言う認識なのだろうか。
人をあまり疑っていないところは、いいところでもあるが、悪いところでもあるな。
それとも、シンリィの正体を聞かされている俺だからこそそう感じるだけか?
たしかに俺自身、昨晩までシンリィのことを全く疑っていなかったからな。
バージェスたちのことをとやかく言う筋合いはない。
アマランシアについては。
当然盗賊であったことは伏せて『すでに街を出た』ということだけを俺から伝えた。
「まぁ、各々事情があるんだろうよ」
バージェスがそう言って、ブーブー文句を言っているクラリスを嗜めた。
「事情? 事情ってなんだよ? 話してくれねぇと、こっちにはわからねぇってんだってよぉ!」
いつの間にか口調がかなり砕けているクラリス。
すでにかなり酔いが回っているようだ。
「ところでバージェスさぁ。お前はいつになったら私と結婚してくれるんだ?」
「うっ、げふぉっ! そ、それは、まぁ。もう少しお互いを知ってからで…」
「あんたと私は、もう1年近い付き合いだぞ!」
「いや…はじめはほら、お前のこと、男だと思ってたし…」
「そんなこと言いながら、一体いつまで待たせんだこの野郎」
若干呂律が怪しくなりながら、ぐいぐいとバージェスを追い詰めるクラリス。
「今です! クラリス! 今夜こそは夜這いなのです!」
そう囃し立てるロロイは、これまた酔っ払っているようだ。
「よよよ、よよよよよよ…夜這いだとっ! ダメだクラリス! そういう勢い任せみたいのは…」
「うるせぇっ! 鉄壁発動!」
そして、いきなり拳をスキルで強化して、バージェスをぶん殴った。
「ぐえぇっ!」
「もうしらねぇ!」
悶絶するバージェスに背を向けて、クラリスが俺に向き直った。
ヤバい。
ターゲットが俺になった。
クラリスの目は、完全に据わっている。
ってか、ロロイに教わってるのは知っていたけど。いつの間に鉄壁スキルを完全習得したんだ。
「で、アルバスはこの後はどうするんだ?」
バージェスを小脇に抱えながらそんなことを聞いてきた。
意外と内容は普通だったが、クラリスはすでに相当酒が回っている。
答えを間違えたら、何をされるかわかったもんじゃない。
「そうだなぁ…」
屋敷の所有権は、一部ミトラと共有にするとして、劇場をどうやって再興していこうか?
最高の歌姫であったアマランシアが去ってしまった以上、代わりとなる歌い手を見つけ出すことが急務だった。
他の商人が追随してくることも考えられるから、さらに色々と集客のための仕掛けを考え出す必要もありそうだった。
俺がそんなことを考えて答えあぐねていると…
「いっそ、姉さんとアルバスが結婚しちゃえばいいんじゃないか?」
突然クラリスがそんなことを言い出した。
「なんでそうなるんだよ」
「いや…。そうなったら、私としてはこの上なく安心だからさ」
「……ミトラの気持ちも考えろ」
わざわざ結婚する必要はないだろう。
俺がそう言うと、クラリスはまたちょっと涙ぐんだ。
「アルバスは、本当にいい奴だな」
そんな俺たちのやりとりを。
ミトラは相変わらず感情が読めない態度でじっと聞いていた。
その後は、さらに酔っ払ったクラリスがさらにバージェスに絡んでいったあげく。
最後には床にぶっ倒れてそのまま寝てしまった。
「飲み過ぎだ。明日がキツイぞ」
俺がそう言うと。
バージェスもため息をつきながら、クラリスの身体をひょいと持ち上げた。
「まぁ、明日くらいはみんな休むか…。とにかく部屋に連れて行ってくるわ」
そう言ってクラリスを抱えて歩いて行った。
抱き上げられる直前。
クラリスがチラッと目を開けた気がしたが…。多分気のせいではないだろう。
酔っ払いながらも、なかなかの策士だ。
「クラリスファイト!」
俺と同じくそれに気づいたっぽいロロイが。
2人の姿が見えなくなった後でそんな掛け声を出していた。
ちなみに翌朝聞いたら、結局何もなかったようだった…
「ロロイも。今日はもう疲れたから寝るのです。アルバス! ミトラ! おやすみなさい、また明日!」
そして、ロロイが去り。
食堂には俺とミトラだけが残された。
「はぁ…」
つまりは…
このぐちゃぐちゃになった宴会の残骸達は、俺が片付けるしかないということだな。
俺も大概ヘロヘロなんだけどな。
ここ数ヶ月の切り詰めた節制生活の反動であるかのように、今日はみんな好き放題に飲み食いをしていた。
明日から、俺はまたマナを貯めなくてはならない。
遺物はほとんど売り尽くしてしまったし、アマランシアもいなくなってしまった。
だから、今の俺に確実に残されているのは、アルカナの薬草とコドリスの香草焼き、それとモーモー焼きに、この広大な屋敷と劇場、そしてミトラの木人形だけだ。
「……」
意外とネタはたくさんあった。
1年前の、身体一つと5万マナしか持っていなかった時と比べると、商人として凄まじいまでの成長ぶりだった。
次の1年、本気を出せば2000万マナくらいは稼ぎ出せそうな気がする。
とりあえずはアマランシアに代わる歌い手の募集だ。
ただ、売れる遺物がなくなってきた以上、ロロイはそろそろ次の遺跡探索に出かけたがるだろう。
その辺りへの対応を考えると。
いったん劇場を軌道に乗せた後、この屋敷とキルケットを拠点としながら西大陸を股にかけた行商を行なっていくというのが良いような気がしていた。
西のヤック村やモルト町、北のポッポ町、南の町サウスミリア。そして東の港町セントバール。
その道中などには、あちこちに古代の遺跡が点在している。
ロロイの鑑定スキルと俺の巨大倉庫を駆使すれば、今後もトレジャーハンターとして遺跡探索をするのはなかなかに効率の良い稼ぎになる可能性が高い。
そして行商についても。
ヤック村には薬草があるし、モルト町にはモーモーがある。そしてポッポ村とサウスミリアにも、それぞれに特産がある。
人よりも容量の大きい俺の「倉庫」を使えば、モーモー焼きの時のように、他の行商人よりもはるかに効率よく物品の運搬ができるだろう。
そして港町セントバールは、中央大陸との交易拠点だ。
ポッポ村、サウスミリア、ヤック村などで手に入れた特産の品は、おそらくはセントバールで中央大陸向けに売るのが良い。
本来ならば、一回この城塞都市キルケットを経由するであろうポッポ村やサウスミリアの商材を、直接、大量に取り扱うことができれば。それは他人に真似できない俺だけの行商スタイルになり得る。
晩餐会会場で遺物が売れたおかげで、行商の元手にできるマナはすでに今60万マナ程度あった。
これを、劇場を軌道に乗せる間にさらに増やす。
できれば原資としては150〜200万マナほどは欲しいところだ。
見込みとしては、1〜3ヶ月といったところだろうか。
「アルバス様…」
そんな商売の考え事をしながら宴会の後始末をしていたら、不意にミトラに声をかけられた。
「なんだ? ミトラ」
…いることをすっかり忘れていた。
「後ほど、私の部屋にいらしてください」
「こんな深夜にか?」
「ええ…」
ミトラはそれ以上は何も言わずに、スッと立ち上がって去って行ってしまった。
相変わらず。
本当に何を考えているのかよくわからない。
 




