表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍1,2巻発売中】戦闘力ゼロの商人 ~元勇者パーティーの荷物持ちは地道に大商人の夢を追う~  作者: 3人目のどっぺる
第5章 キルケットオークション編(後編)〜キルケットの錬金術師編〜
114/316

31 晩餐会②

「あんたの方こそ、初めは252万マナで競り落とせそうだったグリルセットが、結果的に1000万マナまで値上がりして…それでよかったのか?」


俺の目の前にいるのは、大貴族のジルベルト・ウォーレンだ。

こんなことを言ったら。ひょっとしたら気位の高い貴族様にぶち切れられるんじゃないかと思ったが…

言ってやりたくて仕方なかったので、ついつい言ってしまった。


「物の価値は…」


「ん?」


「物の価値は変動する。貴重な品を安く買えるに越したことはないが、ただそれだけの話ではない」


「どういうことだ?」


「わからぬか? あの瞬間、虹の歌い手アマランシアの唄により、あの品々はさらに光り輝く至高の品物へと変わったのだ」


会場の参加者達にとって、始めは252万マナ以下だと見積もられる程度の価値だったもの。

そして俺自身もまた、350万マナが相場だと見込んでいたもの。


グリルの行商行脚の中でも、知名度の低い章に関連する品だったこともあり、始めは皆その程度だと見積もっていた。


それが…


吟遊詩人アマランシアの唄により…


貴族達がこぞって値段を吊り上げていき。

そしてジルベルト・ウォーレンが1000万マナを出してでも欲しいと思う程の、至高の品々へと変わったということだ。


「そういう話なら……わかる」


そうだ。


これまで俺は、自分の商売で何度もそれと同じことを繰り返していた。


荷馬車広場ではまったく売れなかったミトラの木人形を。劇場でアマランシアの唄の直後に販売することで、同じ値段で一気に売り捌いた。


劇場でも、木人形が売れるのはやはり公演前よりも公演後だ。


人の心が動けば、それに伴い物の価値も動く。


1体200マナも出すに値しなかったはずの木人形が、4体セットで800マナを支払ってでも欲しいと思えるものへと変わる。


そしてあのお屋敷も。

始め俺は、600万すらも出せるはずがないと思っていたのだが…


バージェスや仲間達からの期待を受け、さらには屋敷そのものを「劇場」という稼ぐ手段へと変えた俺にとっては『1400万近いマナを出してでも欲しいもの』に変わっていた。


「だから俺は、グリルの遺物を1000万マナで買った。俺にとってそれだけの価値を見出したからだ。俺も、そのことについては微塵も後悔などしていない」


「…そう、か」


この、ジルベルト・ウォーレンという男は、そういう男のようだった。


「そして、あの屋敷とミトラも、な」


「…なんだと?」


「何も生み出さぬものは、さっさと処分してマナに変えてしまうべきだと思っていたが…。それがいつの間にやら劇場などというものとなり、ミトラの生み出した木人形(もの)が次々と売れてマナに変わるところを見た。そして、飲食の店の売れ行きもかなりのものだった」


一度訪問したあの時。ウォーレン卿はそこまでをちゃんと見ていたらしい。

おそらくは一公演目の客が木人形を買うところなどを、入場と共に全て見ていたのだろう。


「無価値だと思っていたものが、少し目を離した隙に面白いものに変わっていた。だから…、実は、手放すのが少々惜しくなっていた。もし俺がそれを買い戻すことで1200万マナの損失を出したとしても、本気で経営に取り組めば、1年程度で取り戻せるのだろう?」


それは、俺の見込みとほぼ合致していた。

あの一瞬の訪問で、そこまでを見ていたということか…


「まさか…。あんたが、あんなギリギリまで俺と競ってきたのは…」


「ああ。俺はお前の手持ちを読むという遊戯に興じながらも。いっそのことあの屋敷とミトラを手元に置き続け、俺の元で管理しても良いかもしれないと、そんなことを考えていた」


「本気で、言ってるのか…」


背筋が凍る思いだった。


ウォーレン卿は、あの劇場の価値をそこまで見積もった上で。買い戻すことまでもを視野に入れ、俺に競り合いを仕掛けてきていたということなのだった。


その上で、そもそもの屋敷の出品を取りやめるという策を取らなかったのは。自ら経営するという手間をかけず、一括で高額のマナが手に入るということに価値を見出していたからだそうだ。


もしウォーレン卿が屋敷の出品を取りやめ、そのまま自分のものとして劇場を管理すると宣言した場合。もはや俺には何の手出しも出来なくなってしまっていただろう。

せいぜいが下請けの雇われ管理人として手をあげるくらいだ。


その場合、ミトラとクラリスはウォーレン家の庇護が得られる可能性があったが。俺は、自分の手がけた劇場(商売)を横から全て掻っ攫われることになる。


「1200万マナだ」


「なにが、だ?」


「俺があの劇場の1年の収益と見込んだ、1200万マナを下回るような額で買われるようであれば、自ら申し入れて買い戻し、俺の手の者に経営をさせるつもりだった」


だからこそウォーレン卿は、1020万で決まりかけていたあの時、割り込んで値を吊り上げにきたのだった。


「あの屋敷は…」


「あぁ、最終的にはお前に売った。そして俺は相応の対価(マナ)を得た。最後は少々遊戯に興じてしまったが…結果的にそうなったことについて、俺は満足している」


そして、目標の1200万マナまで値を吊り上げた後については…

ウォーレン卿は『(アルバス)の所持マナを読み切って、(アルバス)からギリギリまでマナを搾り取る』という遊戯に興じていたに過ぎなかったということだった。


もし読み切れれば、グリルシリーズの値上がり分を含め、俺からギリギリまで大金が搾り取れる。


そして、もし読み違えても、その分の損失は劇場経営で1年程度で取り戻せると見込んでいた。そして2年目からは収益を産み続けるマナの成る木となる。

難点としては、ウォーレン家の限りある人的資源をそこに割くのがもったいないというところだろうか? おそらくはもっと効率の良い商売をいくつも手がけているに違いない。


結局は、俺がギリギリまで追い詰められていたあの瞬間も。ウォーレン卿は、どう転んでも最終的には損にならないというルールの元、俺の手持ちを読みきるという遊戯を愉しんでいたに過ぎないのだった。


「……」


…なんて奴だ。


「だが。元々はお前が新たに(価値)を吹き込んだのだ。俺が無価値だと切り捨てようとした屋敷(もの)を、一瞬でも俺が手放すのが惜しいと思うほどの劇場(もの)へと変えた。…それは紛れもなく、お前が手がけたお前のものだ。結果的には、これで良い。お前は劇場が、そして俺は元々の目論見通り1200万を超えるマナが一括で手に入った。これは、互いに悪くない商談だっただろう?」


ジルベルトという男は。

無価値で無意味だと思えば肉親ですら切り捨てようとする血も涙もない男だが。


価値を生む人間や商売に対しては、それなりの敬意をもって接しているようだった。


遊戯の際、ウォーレン卿自身が設定したゴールは『(アルバス)の手持ちを読み切ること』だった。そのゴールの設定は、ウォーレン卿が俺との読み合いに勝利した場合、俺に屋敷が売り払われるという結果になるものだった。


それは。劇場という価値のある物を生み出した俺へ、ウォーレン卿が払ってきた最低限の敬意なのだろう。


特権にふんぞり返っているだけのいけ好かない貴族だとばかり思っていたが…


俺は少しだけ、このジルベルト・ウォーレンという貴族が嫌いではなくなり始めていた。


「あぁ、それはお前もだアルバス」


「なんだ?」


「人の価値もまた、変わる」


「…つまりは、何が言いたい?」


まぁ、だいたい言いたいことはわかるが。


「俺にとってのお前は、もはや路傍の石ころではないということだ」


変な形で目をつけられつつあることに、少し嫌な感じがした。


「また近いうちに。お前の屋敷(・・・・・)に使者を送ろう」


最後に、そんなことを言って。

ジルベルト・ウォーレンは俺の前から立ち去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 綱渡りみたいな大博打を乗り越えて、大物との知己も得て、主人公は成長したみたいだし、物語としていいと思うな。
[良い点] 全然関係ないのにジルベルトがだんだん北斗の拳のラオウみたいにみえてきぞ
[一言] ジルベルトさんが商売的にマトモなのは察してたから「うおーかっこいいー」って感想で終わったけど、空気になってるジミー・ラディアックがちょっと怖いな 絶対何かしてくるでしょw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ