表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍1,2巻発売中】戦闘力ゼロの商人 ~元勇者パーティーの荷物持ちは地道に大商人の夢を追う~  作者: 3人目のどっぺる
第5章 キルケットオークション編(後編)〜キルケットの錬金術師編〜
112/316

29 キルケット中央オークション⑤

そしてオークションは進行し、ついにその時を迎えた。


「次の商品は、ウォーレン卿からの出品『キルケット西地区の離れ屋敷』です」


「600万マナ!」


オークショニアが商品の紹介をするや否や、聞き覚えのある下卑た声が聞こえてきた。


「44番札のラディアック卿、600万マナです。他には…」


「750万マナ!」


そう言って、俺は一気に値段を150万マナ釣り上げた。


初めから600万マナを超える想定はしていた。


1200万マナを超える額を手にしている今、無意味な低空飛行のままちまちまとやり合うのは時間の無駄だ。

本当の勝負は、900万マナを超えてきてからだろう。


「900万マナ!」


俺の提示額からさらに150万マナを吊り上げ、得意げなジミー・ラディアックの声。


まだまだ余裕ということか?


「920万マナ」


俺は、若干の焦りをかかえながら、20万マナほど値を吊り上げた。


「76番札のアルバス様より、920万マナです。他にはございませんか?」


「930万マナ!」


だが、ジミー・ラディアックはそこから値段を刻んできた。

声が若干焦っているように聞こえるが、気のせいだろうか?


「950万マナ!」


「1000万マナ!」


俺が間髪入れずに値段を吊り上げると、ジミーも1000万マナで応じてきた。


やはり貴族。

俺は、こいつに勝てるの!?


「1020万マナ!」


俺は、そこに上値を被せた。

さぁ、どう出るジミー?


ドキドキしながら構えていたのだが。

そのままジミー・ラディアックは競り合ってこなくなった。


「これで…終わりか?」


貴族であるジミー・ラディアックは、相場の倍の1200万マナ程度までは確実に用意してくるものだと思っていたのだが…


「76番札のアルバス様より、1020万マナです。他にございませんか? 他にございませんでしたら…」


このまま1020万マナで終わるなら、何も問題はない。


「…早く、終われ!」


俺は、小声でそう呟いた。


心臓がバクバクして、息が苦しい。

数秒が何分にも感じた。



そして…


「1050万マナ」


そこで、そんな声が響いた。


ジミー・ラディアックではない。


「えっ…! はっ!?」


その大物貴族の参入に、オークショニアは困惑の色を隠せないようだった。


…俺も、だ。


「嘘だろ…」


思わず、そんな声が漏れた。


「い…1番札のジルベルト・ウォーレン卿。ご自分の出品に対して、ご自分で1050万マナの申し入れです…」


意味がわからない。


先程俺がしたのと同じように、ジルベルト・ウォーレン卿が、自らの品に申し入れをしていたのだった。


だが俺は、聖拳アルミナスの時のウォーレン卿のように、そこで引き下がるわけにはいかない。


「くっ…1080万マナ」


「1100万マナ」


間髪いれずに上値を被せてくるウォーレン卿。


ふざけるな!

こんなの詐欺まがいの行為じゃねーか!?

どう考えても俺よりも資金力のあるウォーレン卿が、こんなことしていいのかよ!?


「1140万マナだ!」


俺は、ウォーレン卿がいるであろう貴族のボックス席の方を見据えながら、大声を張り上げた。


「1150万マナ」


こいつ…意味わかってやってるのか?


俺がついていけなくなった時点で、このうちの9割のマナを無駄に失うんだぞ!


だが…そうなってしまえば、俺も目的を果たすことができなくなる。


手紙でしか俺の本気度を確認していないウォーレン卿が…

俺がなにがなんでもこの離れ屋敷を買うつもりだと踏んで、ギリギリの読み合いを仕掛けてきているということか?


さっきは俺が。

それを仕掛けて聖拳アルミナスの値段を吊り上げようとして、周りから大バッシングを受けたわけだが…

やはり、買う側からするとたまったもんじゃないなこれ。


確かにこれは、ペナルティを課されて然るべき、『蔑むべき行為』だ。


若干恥ずかしくなってきた。


そして、現在の俺の手持ちは1393.7万マナ。


アルミナスのマイナス分も含め、俺がこのオークション中に手に入れたのが848.7万マナだから、ウォーレン卿が提示している額はすでにその額を大きく超えている。


当然、ウォーレン卿は俺の手持ちなど知る由もないだろう。

俺がウォーレン卿への手紙で伝えてあった数字は『オークション終了時点で600万を超えるマナを支払える確証がある』ということだけだ。


ウォーレン卿が俺の手持ちを読み違えれば、その瞬間に全てがパーになる。


一瞬、手持ちをさっさと吐いてしまうことも考えたが…

馬鹿正直に本当のことを言っても、それが嘘だと疑われて上値を被せられたら、その瞬間に全てが終わる。


そんなことになれば、ウォーレン卿自身も含め誰も幸せにならないだろう。

俺は、適当なところで相手側が引くことを期待して、しばらくはこのまま出方を伺うべきだと判断した。


「1155万マナ…」


恐る恐る値段を刻む。

そろそろやめとけよ、ジルベルト・ウォーレン。


「1200万マナ」


また大きく。

50万近くも吊り上げられた。


「くそっ! 1210万マナ」


もはや、状況は俺とウォーレン卿の一騎討ちとなっていた。

全員が固唾を飲んでその流れを見守っている。


そしてウォーレン卿は、さらなる暴挙にでてきた。


「1300万マナ」


「なっ!?」


アホかこいつ!


いきなりそんなに吊り上げて、俺がついてこられなかったらどうするつもりだ!?

読まれた…ということか?


そろそろ本当にヤバい。


「1324万マナ。これが最後だ!これ以上はもう無理だ!」


もう本当にやばい。

ここからさらに吊り上げられたら、もう手が出せなくなる。


背に腹はかえられぬと踏んで、俺は手持ちが尽きたと宣言した。


「あんただって、無駄にマナを失うのは馬鹿らしいだろう?」


「ほう? 商人アルバス、それは真実か?」


低いがよく通る声。

ジルベルト・ウォーレン卿の声だ。


「ああ、誓って真実…」


「1324.5万マナ」


俺が言い終わるより前に被せてきた。


馬鹿だろこいつ!!


こっちは『もう手持ちがない』って言ってるんだぞ!

本気であの屋敷を買い戻すつもりか?


「くっそ…、1328万マナ!」


「やはりまだ持っていたか…。1350万マナ」


なぜか、俺の嘘がバレた。


だがやはり、本当の手持ちを吐かないで正解だった。

さっき俺の吐いた手持ち額が、本当の上限額だったならば、俺はもうここで終わっていただろう。


「くっ…1354万マナだ!」


「1390万マナ」


何を基準にまだいけると考えているのか?

ウォーレン卿は止まらなかった。


そして、ここまで来ると、いよいよ本当にヤバい。


「1392万マナ! …今度こそ、もうこれ以上は無理だ!!」


俺は再び、手持ちが尽きたと宣言。

そう、俺の手持ちは1393.7万マナ。


本当にもうこれ以上は…


「1392.6万マナ」


そこからさらに刻んでくるウォーレン卿。


「ぐぅぅっ…」


俺はもう…吐き気がしてきた。


「1392.8万マナ…だ」


「1393.6万マナ」


足元がふらついた。


そして目の前の景色が、ぐらぐらとゆがんで見える。


「う……1393.7万マナだっ!」


嗚咽に耐えながら、俺は最後の一声を上げた。


俺の手持ちは1393.7万マナ。

間違いなく。ここが俺の限界値だ。

この額で競り落とせなかったら、俺にはもうそれ以上はない。


俺はもう立っているのがやっとの状態だった。

本当に、今にも倒れ込みそうだ。


競り負けたところで『これだけのマナがあればなんとでもなる』とか…

そんな考えはもう頭から吹き飛んでいた。


勝ちたい。


こいつに勝ちたい。


負けたくない。


俺は商人だから、欲しいものはマナで手に入れる。

絶対に買うと決めたものは、何が何でも買いたい。


バージェスや、クラリスや、ロロイやミトラ。そして、アマランシアの思いが乗ったこのマナで…

望む物を手に入れる!


「76番札のアルバス様。…1393.7万マナです。他には…ございませんか?」


恐る恐る確認するオークショニア。


ウォーレン卿からの声は、聞こえてこない。


早く…早く決済しろ!


おそらくは数秒にも満たなかったはずのこの時間は。

俺にとって数時間にも感じられるほどに長かった。


静まり返った会場の中。微かな衣擦れの音だけが、やけに大きく耳障りに響く。


「…ございませんね?」


わざわざウォーレン卿の方を見て確認を取るオークショニア。


…ふざけんなよ?

さっさと決裁しろ!


そして、それでもやはりウォーレン卿からの声は聞こえてこなかった。


「では、決定とさせていただきます」


その声を聞いた瞬間、俺はふらついて椅子に倒れこんだ。


荒々しく呼吸が再開され。

そこで初めて、俺はしばらく呼吸を止め続けていたことに気がついた。


「ウォーレン卿からの出品『キルケット西地区の離れ屋敷』は、商人アルバス様が1393.7万マナで落札されました! おめでとうございます」


「アルバスの旦那…、やりましたね!!」


「はぁ……はぁ……。あ、あぁ…」


気を抜くと意識が飛んでしまいそうなくらいに疲弊していた。


完全に。手持ちの全てを吐き出して、俺は本当にギリギリのところで目的のものを落札した。



そして、そんな俺とは無関係にオークションはさらに先へと進んでいく。


「60万マナ!」


高らかにウォーレン卿の声が響いていた。


さっきまで俺と競り合っていたウォーレン卿の興味は、すでに別の商品に移っているようだ。


目的のものは買えたが。

俺は完全に、ウォーレン卿にしてやられていた。


ジミー・ラディアックとの競り合いだけならば1020万マナで終わっていたところを。

そこからさらに400万マナ近くも値段を吊り上げられた。

その挙句に、最終的には手持ちの全てを余すことなく吐き出させられた。


完全に手の内を読まれていた…


「あれが。200年前から続く商人一族の末裔ってわけか…」



「60万マナでウォーレン卿が落札されました。おめでとうございます」


そんなオークショニアの声と会場のざわめきを聞きながら、俺は急速に意識が遠のくのを感じていた。


疲労感がハンパない。


これなら遺跡で走り回っている方がまだマシかもしれない。


「……」


いや…


いやいや…


いやいやいや…


そうじゃない。


俺以外の奴らはきっと、モンスター達との攻防で、何度も何度もこんなギリギリの状態を経験してるはずだ。


俺が安全な後方で荷物持ちやガイドをしていたからこそ、楽に感じていたにすぎない。


やっぱりみんなすげぇんだな。


バージェスもロロイもクラリスも。


ライアンもルシュフェルドも。


みんなずっと。こんなふうな本気の戦いを繰り返し続けてきたんだろう。


俺もこれで、少しくらいはお前らの見る世界に近づけたのかな?


ふわふわとまどろむ意識の中で、俺はライアンたちの声を聞いた気がした。


「悪い、ガンドラ。少しだけ休む」


「えぇ…」


そして俺は、座ったまま気を失ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オークションが始まるまで。 [気になる点] ジミーが買わないなら、主人公も落札する必要ないと思う。 オークションの話は全然良くなかった。
[一言] ヤフオクみたいな悪徳さは面白かったけど自己出品落札からのアマランシアの演出から説明して値段吊り上げてここで全部毟り取られる。 この展開いるのか?って思ってしまうオークション編で評価下げました…
[一言] アルバスが乗った上で引かない理由は分かるんだが、ウォーレン卿が過度に被せて吊り上げて来た理由が分からない。 アルバスが用意した金額を全て使って行動するかどうかなんて、ウォーレン卿にとって理…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ