28 キルケット中央オークション④
「今は昔、はるかなる北の果ての国にグリルという商人がおりました」
そう言って始まったアマランシアの唄う詩は、大商人グリルの行商行脚だ。
「アマランシア…」
その詩の出だしを聞いた瞬間、俺はすでに涙ぐみ始めていた。
俺が、グリルの手紙と宝飾品を売ろうとしているこのタイミングでこの詩を唄ってくれるというのは…
どう考えても俺への支援に他ならない。
どういう手を使ったのかはわからないが。オークション会場の明かりを消して、競売の途中に割り込んでまで…
少しざわめいていた貴族や商人たちも、すでに始まってしまった詩に、仕方なく耳を傾け始めていた。
「古代遺跡のトレジャーハントを成功させたグリルは、船を手に入れはるか南の国を目指します。大航海の末に辿り着きたるは、南の果てのエルフの国…」
そして、行商行脚の4章までの流れを、ダイジェストで一気に説明したアマランシア。
この流れで始まった今回のアマランシアの演目は、まず間違いなく『大商人グリルの行商行脚・第5章〜太陽の国の姫君〜』だ。
主人公のグリルが、すでに夫のいる女性に対してオイタをしてしまうのと。相手がエルフということもあり、グリルの行商行脚の中ではよく読み飛ばされる章だ。
それ故に、知名度はかなり低い。
貴族たちも。
先程の競売の盛り上がりを見るに、おそらくは知らないものがほとんどだったのかもしれない。
大航海の末に南の果てのエルフの国にたどり着いたグリルは、そこで『太陽の国の姫君』と呼ばれるエルフの姫と恋に落ちる。
そして旅人と姫君の身でありながら、関係を持ってしまう2人。
その当時でもその行為は、結婚であるとみなされていたらしい。
「しかし、エルフの姫君にはすでに1人目の夫がおりました。…エルフの国の右大臣です」
旅人風情と恋に落ちた姫君を叱りつける右大臣。
そして、姫君の気持ちはさらにグリルへと傾いていくのだった。
そしてグリルと共に旅に出ることを望む姫君。
だがそんな時に、エルフの王が病死してしまう。
そしてそれを知った、エルフの天敵であるドワーフの大軍勢が、エルフ王国へと進撃を開始したのだった。
黒い魔獣の群れとなってエルフの王国を蹂躙するドワーフ達。
そして、王国と姫君を守るため、ドワーフ達に立ち向かうグリルの一行。
そしてエルフの右大臣もまた、自らの国と愛する姫君を守るため。確執などなきものとしてグリルたちに助力を乞い、自身もまた命がけでドワーフ達と戦うのだった。
おそらくはアマランシアが付け加えたであろう、手に汗握る戦闘描写の末に、エルフ達とグリルの一行は、ついにドワーフの軍勢を退けた。
そして、グリルは身を引くことを決意する。
自分のような旅人は、国を守るという大役を担うには値しない。と…
そして、姫君と右大臣に、この王国に残ることを請われたグリルは。それを断り再び旅に出る。
自らの持つ。ありったけの宝石や、貴重な装飾品を姫君に贈り。
姫君への感謝の気持ちをいっぱいに記した手紙を残して…
「夜のないエルフの王国。頭上にて燦然と輝くは、沈まぬ太陽。その無尽の輝きと、グリルの残した破魔の腕輪と共に、エルフの王国は末永く栄えていくのでした」
唄が終わり、アマランシアが大きく一礼をした後で、パッと照明が戻った。
そしてしばらくの間、あたりはシンと静まり返っていた。
だが、やがて…
会場は、割れんばかりの拍手に包まれていったのだった。
→→→→→
その拍手喝采が少し落ち着いてきた時。
俺は…
涙を拭って立ち上がった。
アマランシアが作ってくれたこのチャンスを…
俺は絶対に無駄にはしない。
「この詩に唄われている『沈まぬ太陽』とは、まさに、アース遺跡の最下層に輝く無尽太陽のことでありましょう!」
俺がそう声を張り上げると。
再び貴族達の席が騒がしくなりはじめた。
「で、あるならば。今ここある宝飾品の数々は、グリルがその、太陽の国の姫君へと贈ったものに違いない!」
ざわめきが、さらに大きくなる。
「遥かなる太古から時を超えて語り継がれる。大商人グリルの伝説に名を残す宝飾品の数々。そして、伝承に唄われる闇を払う破魔の腕輪。さらには、それら全ての品々の価値を比類なきものと証明する、大商人グリルの手紙!」
そして、そこで俺が一呼吸置くと。
貴族や商人達は一旦静まった。
「……皆様、本当によろしいのですか? そのような至高の宝を。このまま競り合いもせずに見逃してしまって…」
俺がそう言い終わるよりも早く。
「300万マナ!」
という声が聞こえた。
「ええと、300万マナ。52番のアスリナ卿…」
「350万マナ!」
「380万マナ!」
「430万マナ!」
「ええと…」
オークショニアが、名前を読み上げるのも間に合わないほどのハイペースで競り合う貴族達。
「500万マナ」
「1番のウォーレン卿より、500万マナが入りました」
「520万マナ!」
「530万マナ!!!」
「560万マナ」
「ウォーレン卿、今度は560万マナです」
競り合いに対し、間髪入れずに額を吊り上げるウォーレン卿。
「600万マナ!」
「640万マナ」
「680万マナ!」
他の貴族達も白熱し、
額は凄まじい速さで吊り上がっていく。
「720万!」
「750万マナ!」
そして、予想だにしていなかった額まで一気に駆け上がっていった。
もはやそれは、俺の見込み額の倍を超えていた。
「770万マナ!!」
「790万マナ!!!」
そこから、さらに上へ上へと吊り上がっていく。
そして…
「1000万マナ」
ウォーレン卿が、さらに一際高いその金額を提示すると。全員が静まり返った。
「ウォ…ウォーレン卿より、い…1000万マナです。ほ、他には…ございませんか?」
少しばかりざわめき出したオークション会場。
自家の経済状況を、従者に尋ねているような声も聞こえてきていた。
「ございませんか?」
オークショニアが再度そう確認すると、会場は再びシンと静まりかえった。
そして…
「で…では、商人アルバス様の出品『大商人グリルの手紙と、グリルが妻サリィに贈った宝飾品の数々』は、1番札のウォーレン卿が1000万マナで落札されました! おめでとうございます」
ぱらぱらと拍手がなり始め、やがて大きな波となる。
そんな大喝采の中。
アマランシアは、小さく微笑みながら舞台の袖へと降りていこうとしていた。
そんなアマランシアに対し。
俺は胸に手を当て、深く、深く一礼をしたのだった。
再び涙がこぼれそうになる。
だが、まだだ。
まだ終わったわけじゃない。
これで、俺の手持ちは1393.7万マナ。
「これでまた、戦える」
興奮と緊張で、さっきからずっと喉がカラカラだった。