26 キルケット中央オークション②
オークションの会場のど真ん中にて。
俺はキョロキョロと全体を見渡していた。
壇の前方の、少し低くなった場所に俺のような商人のスペースがあり、それを取り囲むようにして貴族達がいる貴族席がある。
商人のスペースには簡素な椅子が置いてあり、各々自分の札番号の席に腰掛けるようだ。
簡素な商人用の椅子に対して、貴族達のスペースには豪華そうな椅子が取り付けてある。
そしてどうやら、貴族の階級によって、席の位置や椅子の豪華さも変わるようだった。
このキルケット中央オークションは、元々この西大陸の交易の中心地として栄えたキルケットにて商人達が始めたものが原型となっているらしい。
200年ほど前まで続いたエルフ達との戦争の最中。
エルフ達から奪った金品やエルフ達自身を主な商品として、中央大陸からそれらを買い付けに来た商人に向け、オークション形式で売り出したのが始まりだそうだ。
時は流れ。
その略奪品の売買で財産を築いた者達が、キルケットの地に定住し。この国がノルン大帝国からアウル・ノスタルシア皇国となった後に、金の力で貴族という特権階級となり。他のさまざまな商売に手をつけながら更なる財を成して行って今に至っているのだ。
売る側から買う側となった貴族達だが、今でもオークションにかける思いはとてつもなく強いという。
「お集まりの皆様! ただいまより、キルケット中央オークションを開始いたします。司会は私オー・クッショニアが務めます。どうぞよろしくお願いいたします」
オークショニアが開会の言葉を述べ、ついにオークションが開始された。
「スケジュール表によるとアルバスの旦那の品物は…」
そう言ってスケジュール表を確認していたガンドラの顔が曇った。
「どうした?」
「初めから10番目ですな」
「そうだな確認済みだ。…ウォーレン卿の離れ屋敷よりは前だろう」
もちろんその部分は、真っ先に確認してある。
「キルケット西部地区の離れ屋敷は、かなり後ろの方です」
「ああ…」
品物の出品順について、ウォーレン卿は本当に動いてくれたようだった。
封書を読み、さらにウォーレン卿自身の口から聞いてもなお、実際にスケジュールを確認するまでは信じられない気持ちだった。
貴族などは、平民相手ならばいくらでも約束を破るだろう。
「しかし、順番が早すぎる気もしますな」
「まずいのか?」
「場が温まりきっていないと、なかなか高額は出づらいかもしれません」
「大丈夫だろう」
俺たちが、勇者パーティ以来2年ぶりに遺跡のトレジャーハントを成功させたという話は、貴族達も聞いているはずだ。
その出土品が、そうそう安値で買い叩かれるようなこともないはず。
俺の出品した商品は3品。
『古代の公爵ガロン卿の装備品武具の数々』
想定額は200万。
『聖拳アルミナス(遠隔攻撃・風/打)』
想定額は200万。
『大商人グリルの手紙と、グリルが妻サリィに贈った宝飾品の数々』
想定額は350万。
全部合わせれば750万マナは下らない試算だ。
だが、これは直前まで知らなかったのだが。
売上金の1割である75万マナは、そのままオークション本部に持っていかれるらしい。
だから、これらが想定通りの価格で売れた際に俺の手元にくるのは750万マナから1割分の75万マナを引いた、675万マナだった。
そしてすでに運営本部に預けた545万マナとそれを合わせて、お屋敷の競売に臨む時の手持ちは1220万マナほどになる試算だ。
最低価格と想定している600万マナに対して、倍を超える試算だ。
これなら十分に戦える。
「これでなんとか…ジミー・ラディアックに打ち勝つ!」
あとは、オークション本番でのやり合いにかけるだけだった。
「ところで、この消えている部分はなんだ?」
俺が、ガンドラにそう問いかけた。
スケジュール表のあちこちにある、横線で消されている文字が気になったのだ。
「それは、なんらかのアクシデントで出品が取り消しになったということでしょうな」
「登録が間に合わなかったということか…。黒い翼などによるものか?」
「おそらくはそういった類でしょう。昨年はほとんどなかったのですが…」
取り消された数々の出品物達。
つまりは、事前登録はしたものの、オークション当日までになんらかの事由によって出品ができない状況となってしまった品物ということらしい。
それ以外にも、マナを奪われて競りへの参加を断念した商人もいることだろう。
そのかなりの数の取り消し線が、俺には商人達の断末魔の悲鳴のように思えた。
→→→→→
そして出品商品の、1品目は武器だった。
『頭骨剣ミラグラス(水属性付与/斬撃強化)』
南大陸の魚鱗族から奪った業物とのことだ。
柄の部分に、髑髏のような飾りがついている。
属性付与スキルに加え、戦闘時に特定のタイプの攻撃を強化するスキルもついたかなりの珍品だった。
「12万マナ!」
「さぁ、125番シビル卿の12万マナが出ております。他には…」
ノリノリのオークショニアの声が響く。
多分今日は、1日中この声を聞き続けることだろう。
「13万マナ」
「15万マナ!」
「さぁ、248番の商人ガメトラ様から15万マナが出ました!」
「20万マナ」
「でました20万マナ。1番ウォーレン卿。他にはおりませんか…?」
ジルベルト・ウォーレンが他より少し高めの額を提示すると。
そこで競売が止まってしまった。
「他にはおりませんか?」
オークショニアが競りを促すが、会場の動きは全く動かない。
みな、それ以上の額を出す気はないということか…
「では、商人トガメル様の出品『頭骨剣ミラグラス(水属性付与/斬撃強化)』は、1番札のウォーレン卿が20万マナで落札されました! おめでとうございます」
「ガンドラ…安すぎるぞ」
俺は思わずそう漏らしていた。
今出品されていたのは、2種の付与スキルがついた武器だ。
俺は。
俺たちがアース遺跡から持ち帰った、属性付与スキル付きの武器『キュレルの短剣(水属性付与)』を、冒険者相手に15万マナで売っていた。
今の出品商品について、2種スキルがついて20万マナは安すぎる。
運営への1割の支払いを加味すると、出品した商人の儲けは18万マナだぞ?
俺のキュレルの短剣とそこまで大きく変わらない。
俺が荷馬車広場で売るなら、今の武器ならば20〜25万マナくらいの値段をつけて売るだろう。
「くっ…」
オークションならば、何でもかんでも相場よりも高く売れるものだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
これが、ガンドラの言う『場が温まっていない』ということなのか!?
「オークションの魔物…ですな。白熱した競り合いになって相場をはるかに超えることもあれば。こうして互いに様子を見合ってなかなか値がつかないとこもあります」
出品順が早ければ、参加者の手持ち資金は多いが、後の商品に備えて様子を見られることが多い。
逆に遅ければ、参加者の手持ち資金が少なくなっていて、高額の競り合いにはならないこともある。
結局は品物の力と場の流れがものを言うとのことだ。
オークションに参加する貴族や商人達が、いかにそれをムキになって欲しがるか、だ。
そして、俺の品物は10品目から12品目にかけて…
決して早くはないが、場の状況は運次第だ。
俺の商品に行き着くまでに、少しでも高額で競り合う流れが出来てくれないと困る。
だが、そんな俺の思いとは裏腹に。
俺はこれから、とてつもなく厳しい現実に直面することになるのだった。




