24 ジルベルト・ウォーレン卿
そんなある日。
オークションまで残り半月を切った頃。
その日の2回目の公演には、少し毛色の違う人物が紛れ込んでいた。
一見すると街人のような服装をしていたが。
薄暗い中でもわかるほどに生地が上等だ。
その上、左右を囲むようにして2人の年配の男女が付き従っている。
それで街人に扮しているつもりなのか。
もしくは「わかるだろう?」と挑発してきているのか。
まず間違いなくどこかの貴族だろうと思っていたら、やはりそうだった。
2回目の公演ののち、壇上を降りたアマランシアと俺に近づいてきたその男は…
自ら「ジルベルト・ウォーレンだ」と名乗った。
「人の屋敷の敷地で、随分と勝手なことをしているようだな」
そう言ってその大男は、俺とアマランシアを見下ろした。
体格だけなら、バージェス並みの大男だ。
威圧するような目。
口はわずかに口角が上がり、馬鹿にしたように少し開かれている。
「これを仕掛けているのは俺だ。話なら、俺が聞こう」
俺が、そう言ってアマランシアを下がらせようとすると…
「まぁ待て、今のは軽い挨拶だ。今日の主題はその話ではない。今日は、そちらの吟遊詩人に話があってきたのだ」
と、ジルベルト・ウォーレンが応じた。
「どういうことだ?」
俺がそう尋ねると、付き人の女が前に進み出た。
「詳しくは私の方からご説明させていただきます」
その話によると。
最近、西地区で公演を行っている凄腕の吟遊詩人と、その吟遊詩人を抱え込んで大層な売上を上げているらしい劇場モドキの話というのが、貴族達の間で少々噂になり始めていたらしかった。
「すぐに税を課せだとか、いっそそんな劇場潰してしまえという話も出ていたが。調べさせてみると、開催場所は我がウォーレン家の離れ屋敷だというではないか」
と、ジルベルト・ウォーレン。
それで。
貴族達の話題に上るほどのその吟遊詩人がどんなものかと覗きにきたということらしかった。
「貴族様が自ら、わざわざご苦労なことだな」
思わず嫌味が出たが。
ウォーレン卿は、俺のそんな嫌味など意にも介さず。アマランシアに向けて言葉を続けた。
「品定めをするのに、実物も見ずに決める商人がどこに居る」
「と、おっしゃいますと?」
そのアマランシアの問いに、ウォーレン卿はすぐには答えなかった。
代わりに隣の年配の女が、何やら豪華な装飾が施された封書をアマランシアへと差し出した。
「これは、キルケットオークション開催本部からの、正式な依頼書となります。ジルベルト様がその目で見定められた後、その目に叶えばお渡しすることとなっておりました」
「今、中を見てもよろしいのですか?」
「もちろん」
付き人の女が頷いた。
そして、中身を確認したアマランシアの目が大きく見開かれた。
「吟遊詩人『虹の歌い手アマランシア』。お前に我らがキルケット中央オークションでの公演を依頼したい」
大仰にそう話すウォーレン卿。
「実は、予定していたところから、一名欠員が出たのでな…」
「えぇ…謹んでお受けいたします」
そして即答でそう答えるアマランシア。
「高名なウォーレン卿自らが出向いてお声かけくださるとは、至極光栄の限りでございます」
そして、アマランシアは恭しく一礼をした。
この劇場の開催は。
アマランシアの吟遊詩人としての知名度を押し上げ、アマランシアの元々の目的であった中央オークションへの参加にまでも繋がったのだった。
おそらくアマランシアは、初めからそのつもりで俺の話を受けたのだろう。
そしてウォーレン卿は、俺に向き直った。
「アルバス…だったか?」
「あぁ…」
「本気でここを買うつもりか?」
「あぁ…」
「オークションの出品順の件は対処した。…せいぜい足掻け。私としては1マナでも高く売れるに越したことはない」
そう言って、ジルベルト・ウォーレンは付き人と共に去っていった。
屋敷の入り口にいたミトラと、入り口に向かう途中ですれ違ったクラリスについては…
ウォーレン卿が声をかけることはなく、一瞥をくれただけだった。
「自分の妹達に、声かけもなしか?」
俺の言葉は、
「ジルベルト様には他に5人のご弟妹がいらっしゃいます」
という、意味のわからない付き人の言葉でかき消されてしまった。
そして俺たちは。
ついにオークションの当日を迎えることとなる。