19 ミストリア劇場
劇場の準備は順調に進んで行った。
まぁ「劇場」とは名ばかりで。
露天の庭に簡易的なお立ち台を設け、その周りに椅子や机を並べただけのものだが。
「そこそこ形になったな」
立ち見を合わせれば、100人以上でも十分に収容できそうだった。
改めて思ったが、このお屋敷はかなり広い敷地を持っている。
「あの辺りがまだ空いてるけど。何か置くのか?」
バージェスがそう尋ねてきた。
「あの辺りには、焼肉の店と酒や飲み物を売る店を置こうと思っている。劇場の入場料と一緒に、それらも売れればいい売上になる。あと、あっちの出入り口に近い方はミトラの人形を売る店だな」
「なるほど、いろいろと計算されてるってわけか。さすがだな」
「いや、かなり適当だぞ」
劇場の設計など。
当然だけどやったことなんかない。
そもそも劇場自体に数えるほどしか行ったことがないのだ。
その数えるほどの訪問でも。ほとんどはライアンたちが演劇や唄を楽しんでいる間に、俺だけ外でふらつきながら終わるのを待っているような感じだった。
だがそのお陰で…
王都の劇場周辺には、いくつかの土産物店や飲食店、そして人形店があったのをよく覚えていた。
それが、今回のアイデアにも繋がったってわけだ。
人生、どこで何が役に立つか分からないもんだな。
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そして簡易だが、劇場の体裁を整えた俺たちは。
15時頃から荷馬車広場に移り、いつもの商売を開始した。
「コドリスの香草焼き」と「遺物&薬草」の2店だ。
「おら、コドリス焼き4本、モーモー焼き2本上がり!」
威勢のいい声をあげてクラリスに焼き上がりを知らせるバージェス。
そんなバージェスを、クラリスが若干ポーッとした顔で見ていた。
「ん? なんだ?」
「い、いや…。なんでもない!!」
そのまま。普通に商売を続ける2人。
「もどかしすぎるのです…」
「わかるわー」
俺とロロイは。
遺物売りの荷馬車から、そんな2人を若干モヤモヤした心持ちで見ているのだった。
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そして、その2日後。
アマランシアとの最終の打ち合わせも終え、いよいよ劇場をオープンすることになった。
「ミストリア劇場、本日オープンです」
「19時からと20時からの2公演を予定しています! ぜひどうぞ!」
遺物売りやコドリス焼きの店に客が来るたびに、俺たちはそんな声かけを行った。
さらに、少しでも興味がありそうなお客にはミトラのお屋敷の場所を簡単に案内した。
周りの商人たちは、
『またアルバスが何か始めたぞ?』
と、興味ありげに話を聞いていた。
ちなみに劇場の名前にした「ミストリア」は、ミトラに考えてもらった。
話を振ったら、ミトラは始めかなり困っていたが…やがてこの名前を思いつき、満場一致でそれに決まった。
ミトラとクラリスと、そして俺の名前を混ぜ合わせた物だそうだ。
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そして19時。
初公演に集まった客は、10名だった。
「うーん…」
正直言って、思っていたよりも少ない。
というか、成り立っていない。
これなら、アマランシアが路上で唄ってる時の方が人が多いくらいだ。
「初回はあまり、人が来てない…な」
まぁ、ぼやいても仕方がない。
人が来ただけましだ。
集客の声かけが足りなかったのかもしれない。
ただ。
もともとは荷馬車広場の営業時間外で、少しでも追加の稼ぎになれば良いという考えだったが…
あまりにも収益が出なくて手間ばかりかかるようであれば、色々と考え直さなくてはならなくなるだろう。
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「紳士淑女の皆様。本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます」
俺は、簡素な木の壇上に上がり、恭しくお辞儀をしてからそう言った。
城塞都市キルケットの劇場施設は、貴族の居住地区である内門の中にしかないらしい。
ならば、一般の住民にとってそれは「貴族が楽しむもの」という感覚のはずだ。
ならばと、あえて貴族的な恭しい雰囲気を醸し出すことにしてみていた。
「本日の歌い手はアマランシア。西はビリオラ大断崖を越えたエルフの村から。東は遥か中央大陸の魔道都市アマルビアまで。数々の街を渡り歩いた放浪の吟遊詩人。数々の役を演じ分け、十の声色を持つ歌姫『虹の歌い手』アマランシアにございます」
俺が今しがた適当に考えた口上を述べると。
さも全てが真実であるかのような空気感を纏い、アマランシアが静かに壇上に登場した。
そして、観客たちに向かって恭しくお辞儀をする。
「皆様方、お初にお目にかかります。ご紹介にあずかりました、アマランシアでございます。『虹の歌い手』とは恐縮でございますが……早速唄わせていただきますね」
そう言って、アマランシアの唄が始まった。
演目は打ち合わせ通り『断崖の姫君』だ。




