17 襲撃②
「アルバスを護る! ロロイはアルバスの護衛だから!」
そう言って、ロロイが俺と魔術の間に飛び込んできた。
「なにしてんだ! 避けろ!」
「ロロイが避けたら、アルバスに当たるのです!」
それはそうだろう。
戦闘力ゼロの俺的には、このタイミングではもはや避けられない。
走ったり逃げたりするのは人並みだが、瞬発的に動いたり、反射的に回避行動をとるようなステータスは絶望的に低い。
どこまで行っても戦闘力ゼロだ。
そして受け切るなんても絶対に無理だ。だから今のこれは、基本的には絶体絶命の状況だ。
だが、ロロイだけなら。
今からでも本気で跳べば避けきれるかもしれない。
「鉄壁発動!」
ロロイは自分の身を盾にして、俺を守るつもりのようだ。
だが、たとえ鉄壁スキルを発動したロロイでも。
3人分の中級魔術をいっぺんに食らって無事に済むはずがない。
「ってか、俺を殺しちゃダメだろ!? 俺の倉庫内の遺物が欲しいんじゃなかったのかよ!」
「あっ…!?」
相手陣営が、すこし慌て出した。
なんだこいつら!?
アホっぽいと思ってたけど、マジモンのアホなのか!?
「いや、これでいいのだ! 護衛が戦闘不能になれば、もはや我々が勝ったようなものさ!」
「くそっ!」
確かにその通りだが…
その理由、絶対に今思いついただろ!?
「ロロイ!!!」
そう俺が叫んだその時…
ロロイと魔術との間に、1人の人影が飛び込んできた。
白いフード付きのローブを纏った人影だ。
そしてその人影が、魔術を使う。
「中水流魔術・壁」
次の瞬間、ロロイの前方に巨大な水の壁が出現した。
そしてその水魔術の壁は、シルクレットの妻の放った火炎魔術と水流魔術とを同時に相殺した。
「加勢いたします」
深々と被ったフードで顔は見えないが、声からして女のようだ。
そしてそれは、どこかで聞き覚えのある声だった。
「危ないのです!!」
ロロイが叫ぶ。
水魔術の壁を、シルクレットたちの旋風魔術が突き破ってきていた。
魔術の相性が悪いのだ。
水魔術では、下位に当たる火の魔術や、同等の水魔術は相殺できても、上位に当たる風魔術は簡単には相殺できない。
基礎属性中では最強である風の魔術は、他の全ての基礎属性の魔術を凌駕する。
「危ない! 避けろ!」
そう叫ぶ俺の声など意に介さず。
白フードの女はその場に立ち尽くしていた。
そして、旋風魔術がヒットする直前。
白フードの女が魔術に向かって手をかざした。
「アルコギラの腕輪・発動」
女がそう呟いた次の瞬間、女の手のひらから魔法の防御陣が出現する。
そして、シルクレットの妻の旋風魔術は、その魔法陣にぶち当たって完全に消滅した。
「なにぃっ! 我が妻たちの最強魔術奥義が防がれたのかっ!? こうなったらもう一度……ぶへぇっ!」
何かを喋りかけていたシルクレットは。
ロロイの放った遠隔打撃によって顔面を撃ち抜かれ、鼻血をぶちまけながら後ろにぶっ倒れた。
「大火炎魔術…」
そこでさらに、白フードの女が魔術を発動する。
先程の水の魔術に加えての、火の魔術の使用。
つまりは2属性持ち。
そして、アルコギラの腕輪の所持。
「そうか、あんたは…」
なぜ俺たちに加勢してくれるのかはわからなかったが。
魔術師相手に、相当心強い援軍だ。
「アルフレッドの懐刀・発動」
その付与スキルの発動により、燃え盛る炎がさらにメラメラと勢いを増していく。
そして、女の『大火炎魔術』は、『極大火炎魔術』へと進化した。
「極大火炎魔術…」
白フードの女が、極大火炎魔術を乗せた手のひらを前方に突き出し、その魔術に対して発動術式を付与しようと身構えている。
「ひっ…」
敵陣営から、短い悲鳴が聞こえた。
もし極大火炎魔術が発動されれば、たとえ属性的に有利な水や風の属性であっても。中級魔術程度では絶対に防ぎ切れないだろう。
相手陣営の顔が、引き攣っていた。
この女が、魔術師として完全に格上だということを理解したらしい。
形勢は、完全に逆転していた。
極大火炎魔術の熱風に巻き上げられて、女の白フードがハラリと落ちる。
銀色の髪。そして尖った耳。
俺の位置からは顔が見えなかったが…
きっと瞳は翡翠色だろう。
俺たちの助太刀に入った女は…
いつか俺の店で遺物を買って行ったエルフの客だった。
先程この女が使った。2つの付与スキル付きの武具は、以前俺が売ったものに違いない。
「今のは…当たってたらアルバスが死んでたかもしれないのです!!」
極大火炎魔術を発動しかけている女の後ろで、ロロイはかつてないほどに怒り狂っていた。
「許さないから!もう、全員ぶちのめしてやるのです!!」
ロロイは無意識なのだろうが…
右手に装備した「聖拳アルミナス」の風属性攻撃のスキルが発動している。
ロロイの拳の周囲で、ぐるぐると旋風が渦巻き始めていた。
エルフの女が、チラリとロロイを見て…
「それでは、ロロイさんに任せましょうか」
そう言って極大火炎魔術を中断し、横に避けた。
「がるるるるぅぅ…」
その直後。
獣のような唸り声を発しながら、ロロイが半身を引いて構えをとる。
アルミナスの周囲の風は勢いを増し、周辺に砂埃を巻き上げていく。
「ぐっ…うっ!りゃぁぁぁあーーーーーっっっ!!!」
そして、そのまま一歩を踏み込み。
ロロイは空中に向かって、全力で拳を振り抜いた。
そのロロイの拳から、爆音と共に風属性をまとった遠隔攻撃が放たれる。
もはや、それは「大魔術」と言っても差し支えないほどの威力だ。
地面を抉りとり、周囲の建物の外壁を砕きながら、目視できるほどの巨大なエネルギーの塊となってアルミナスから飛び出し…
そして、超速でシルクレットたちへと向かっていった。
そして逃げる間も与えず。
情けない顔をしているシルクレットたちに直撃。
「ぎゃぁぁぁーーーー!!」
シルクレットとその妻達は、断末魔の悲鳴をあげながら、きりもみ状になって空中に吹き飛んで行った。
そして、そのまま見えなくなった。
ギリギリで、魔術師の3人が相殺のための魔術を発動しているのが見えたから。
たぶん、生きているだろう。
→→→→→
俺に、ロロイが駆け寄ってきた。
「アルバス! 大丈夫なのですか!?」
ロロイはすこし息が上がっているが、先程の激しい戦闘を思えば軽い。
俺が下手を踏んでピンチに陥りはしたが、ロロイ自身はまだまだ余裕だったと言うことか…
「俺はなんともない。それよりも、すごかったなロロイ」
もちろん、アルミナスの遠隔攻撃スキルのことだ。
あのレベルのスキル効果を発動させるには、普通の天才でも数年はかかる。少なくとも、ライアンはそうだった。
そして凡才には、一生かけても辿り着けない領域だろう。俺なんかはその類だ。
「なんか、行けそうな気がしたからやってみたのです」
それで、あの威力のスキル攻撃を放てるなら、武器スキルを使いこなすための訓練という概念はなくなるな。
「とにかく、ロロイのお陰で助かったよ」
そこで、静かにエルフの女が近づいてきた。
澄んだ翡翠色の瞳が、俺とロロイとを交互に見やってきた。
「ありがとう」
まずはお礼だ。
以前このエルフがごろつきに襲われている時に何もしなかった俺たちを、今日彼女は救ってくれた。
「いえ、偶然に近くを通りかかったものでして…」
「あんたの加勢がなければ、今頃どうなっていたか…」
「そこの護衛さんの力なら、ひょっとしたらなんとかなっていたかもしれませんが…」
「いや、助かった」
「でしたら、加勢に入ってよかったです」
そう言いながらも、エルフの女がチラリと道の向こうを見やった。
つられてそっちを向くと、銀色のパートメイルを着込んだ人影が、遠くから走り寄ってくるのが見えた。
夜中とはいえ、これほどの大規模な戦闘を行ったのだ。
さすがに自警団が嗅ぎつけたようだった。
…一足遅いんだよ。
「もう行くのか? まだキチンと礼が出来ていない」
「では、4万マナを値切った分だとでも思っておいてください」
そう言って、エルフは自警団が来る方とは反対側に走り去って行った。
「とっても、良い人なのです! ロロイはあの人大好きなのです!」
「そうだな。あのエルフが来なければ、多分やられていたな」
護衛体制を強化するとか言っていたくせに。
しばらく何事もなく過ごして完全に油断していた。
オークションが近付くにつれ、ああいう輩がまだ出てくるかもしれない。
もうこんなことがないように。
これからは常に4人で行動するようにしよう。
→→→→→
その後俺とロロイは、駆けつけた自警団に長々と事情を説明してから、ヘトヘトになって帰宅した。
時刻はすでに朝になってしまっていた。
ちなみに、ロロイがアルミナスのスキルでぶっ壊した地面と建物の外壁は…、黒い翼の4人がやったことにしておいた。
帰った後。
俺たちを心配して待ち構えていたバージェスとクラリスに…
2人でいかがわしいところに入って、いかがわしいことをしていたのではないかと疑われ…
弁明するのに大変だった。
最終的にバージェスとクラリスは、俺から黒い翼による襲撃の話を聞いて、顔を青くしていた。
「すまねぇ、俺たちも完全に油断してた」
「2人が無事で、本当によかった」
ちなみに。
ロロイの攻撃でどこかに吹き飛ばされていったシルクレットとその妻達については、その後の自警団の探索でも見つけ出すことができなかった。
だから多分、今もどこかで生きて身を潜めているのだろう。
俺としては、あの場で奴らにとどめを刺して完全に憂いを絶っておきかたったのだが…
それでロロイに人殺しを強要するのは違う。
あくまでロロイは、俺とパーティを組んでお互いに力を貸し合っているだけで。俺の手下でもなんでもないからな。
「万全を期したタイミングで仕掛けてきておいて失敗したんだ。まともな計算のできる盗賊なら、当然のように護衛を強化するはずの俺をわざわざまた狙うとは考えづらいが…」
なんにせよ、オークションまでもう絶対に油断はしないと、俺は心に誓ったのだった。