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【未完】ギャル指姫

 クラスの中でも地味で目立たなくて友達も少ない僕だから、明るくて派手でいわゆる……『ギャル』な辺里さんに話し掛けられたら、それだけでキョドってしまう。


 なのにそれどころか、僕のカバンの中から辺里さんが出てきて、しかも手のひらサイズだった時には、どうしたらいいと言うのだろう?


◆◆◆


「は~、やっと家に着いた! オタク君、さっさと帰ればいいのに寄り道してばっかなんだもん。アタシ疲れちゃった」


「ご、ごめん」


 咄嗟に謝罪したものの、なぜ僕が謝らなくてはならないのかは全く不明だ。辺里さんは僕の部屋の、僕の学習机にちょこんと座ると、ぱっちりとした瞳で僕を見上げた。


 辺里さん……だよな?


 目の前に座る手のひらサイズの女の子は、どこから見てもクラスメートの辺里こかげさんだ。金髪近くまで脱色した髪も、ド派手な髪飾りも、ピカピカに日に焼けた肌も、つけまつ毛なのかマスカラなのか知らないけどバッサバサの長いまつ毛も、間違いなく辺里さんだ。ただ、そのサイズはとても小さく、500mlペットボトルよりも背が低いかもしれない。


 服の代わりだろうか、彼女は可愛いピンクのハンカチを体に巻き付け、あっけらかんと僕を見ていた。


「オタク君さぁ、オタクじゃん? そしたら、フィギュア? とかも持ってるよね? ちょっとアタシに貸してくんない?」


「え? フィギュア……?」


 状況も分からないがこのお願いも分からない。

 目を白黒させる僕を前に、辺里さんは髪をくしゃくしゃかき上げると、ため息ひとつついてから改めて僕の顔を覗き込んだ。


「なんかさぁ、授業が終わってすぐくらいに、急に体がちっちゃくなっちゃって。たまたまトイレに行くところだったから誰にも見られないで済んだんだけど、これってマジやばたんじゃん? で、なんとかしなきゃって思ったんだけど、ちっちゃくなったのは体だけで、服はそのままだったのね。制服のポケットからハンカチだけはなんとか取り出したんだけど、このままじゃどうにもなんないじゃん? とりま着る物なんとかしなきゃ?って思って、そんで」


「……僕のカバンに忍び込んだ、ってワケ?」


「そうそう! オタク君なら、フィギュア持ってるなって! そしたら、フィギュアの着てる服貸してもらえるなって!」


 そう言って辺里さんは脚をプラつかせて陽気に笑った。こんな状況だというのに辺里さんからは悲壮感も焦燥感も感じられない。僕は目の前で起こっている荒唐無稽な事態に混乱してはいたが、いかんせん本人がけろっとしているものだから、なんだか毒気を抜かれるというか、妙に冷静になってしまった。

 僕はハンカチ一枚巻いただけの危うい姿の辺里さんからそれとなく目を逸らしつつ、動揺を誤魔化すように指で眼鏡を押し上げた。


「えっと、辺里さん。確かに僕はオタクだし、フィギュアも持ってる。でも、フィギュアっていうのは基本的にPVCやABSを素材としており……」


「んあ? ナニソレ」


「……つまり、プラスチックっぽい硬い素材で出来ていて、本物の服のように布ではないし、そもそも脱がせることも出来ないんだ」


「ええええええ!?」


 僕の説明に辺里さんは素っ頓狂な声を上げると、直後にがっくりと項垂れた。


「マジでヤバオブザイヤー……。じゃあこの後どうしたらいいんだろ……」


「服も勿論だけど、辺里さんはその後どうするつもりだったの? 服を手に入れたら、家に帰るつもりだった? それとも病院とか……」


「大人に見つかるのは嫌!!」


 即座に強く否定され、僕は若干おののいた。

 それもそうだろう。こんな事態が明るみになったら、人体実験やら研究材料やら、無事に済まない可能性は高い。


「……でも、それじゃあどうするの? 家に帰るなら僕が送り届けることも出来るけど……


 そう提案してみたが、辺里さんは泣きそうな顔で俯いてしまった。


 僕は、なんて気が利かないんだろう。

 今、一番困惑していて、一番怖くて心細いのは辺里さん自身なのに。


 ふたり向き合ったまましばらく沈黙していたけれど、僕はおもむろに立ち上がると、部屋の隅にある棚からウェットティッシュを取り出した。


「……オタク君?」


 僕はウェットティッシュを一枚引き抜いて、それを辺里さんへと差し出した。今の彼女なら、こんな簡単なことすら一人で行うのは一苦労だろう。


「……足、良かったら拭いて。服がないってことは、足も裸足のまま歩いて来たんでしょ? トイレに行く途中に小さくなったってことは、廊下から教室まで、それから椅子とかよじ登って僕のカバンに潜り込んで……。大丈夫? なんか踏んだり、怪我したりしてない?」


 机の前に屈んで、小さな辺里さんと視線の高さを合わせる。辺里さんは大きな瞳を見開いて、僕の顔をじっと見ていた。


「怪我もだけど、体調はどう? 小さくなっただけなのかな。どこか具合悪くなったりしてない? 目眩とか頭痛とか、熱があるとか」


「だ! だいじょ……うぶ、だし」


 辺里さんの顔がみるみるうちに赤くなる。辺里さんは慌てたように僕の手からウェットティッシュを受け取ると、ゴシゴシと乱暴に足の裏を拭きだした。


「……とりま、今はちっちゃくなった以外はいつも通り。具合悪いとかないし……アリガト」


 小さい辺里さんの小さな声が、更にボソボソ小さくなる。けれどしっかり耳を澄ませて、僕は辺里さんに「どういたしまして」と笑い掛けた。


 変なことに巻き込まれちゃったけど、今はとにかく、辺里さんに少しでも安心してもらいたい。考えても分からないことは、今考えても仕方ない。まずは、辺里さんの体が一番大切だ。


「急な変化で体にどんな負担があるかもわからない。少し、ゆっくり休んだ方が……ちょっと待ってて、リビングからクッション持ってくる!」


「あはは、オタク君気が利く~! あざまる水産」


 立ち上がって部屋を出ようとした僕の背後で、ぽそりと小さな声がした。


「……ホント、あのまま死んじゃうかと思った。どこまでもちっちゃくなって、消えちゃうんじゃないかって」


 聞き違いかと思った。

 いつも元気いっぱいで、どんな時でもポジティブで、たくさんの友達に囲まれて、エネルギッシュでパワフルで。

 そんなギャルの辺里さんが、こんな、消え入りそうな声で。


「だから、アタシ……死んじゃうなら最期に一緒にいたいって、それで」


「えっ?」


 小さな声がますます小さくなっていって、途中から何を言っているのか聞こえなかった。僕はドアに手を伸ばしたまま振り向くと、辺里さんに聞き返した。


「ごめん、聞こえなかったんだけど今、なんて言ったの?」


「ハァ~!? 何も言ってませんし!! いいから早く服なんとかしてよこのスケベ!!」


 そう言って辺里さんは真っ赤になってウェットティッシュを投げつけた。と、言っても、手のひらサイズの彼女の腕ではティッシュは僕に届くことなく、へろへろと机の下に落下しただけだけど。


「ついでに何か食べ物持ってくるよ。お猪口とかならなんとか飲めるかなぁ」


「そーいうのいいから! お気遣いなく!!」


 そうは言われても、やはり気になる。

 自室を出て廊下を歩きながら、僕はこれからのことについて考えうる限りの対策を捻出していた。

【未完】

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