24話 しずくとスタグル
水曜、夜7時。
私は今……熱気あふれるスタジアムに来ている。
「……何で?」
「ふふ……社長にダメ元で日本スポーツに触れる機会ということでスタジアムにお嬢様を連れて行きたいという話をしたらなんと許可をいただきましてね。その結果がこれです!」
「お父様、許可したんだ……」
しかもしずくと二人で外出だなんて。夕食はどうするって伝えてあるんだろう……でもしずくならその辺はしたたかにやってくれているのかな?
「今日の試合は東京SCと名古屋Gの試合です。拮抗した力を持つ両チームですから緊張しますね……」
しずくはスポーツをするのは苦手なのに、見るのは好きなんだ。真っ赤なシャツを着て、やる気に満ち溢れている。
周りを見渡せば青と赤の色のシャツを着ている人ばっかり。しずく、浮いてる?
試合は意外と面白くて、あっという間に45分が経過。ハーフタイムっていう休憩時間になった。
ハーフタイム中、しずくはトイレのためか席を離れた。一人で緑色のピッチを見ていると、本当に広いんだなと実感する。
「お嬢様、本日のお夜食です」
後ろからしずくが声をかけてきた。びっくりしたけど、それよりも言葉の内容の方が気になった。
「……? どこで食べるの?」
「もちろんここ、スタジアムでです!」
何を言っているのかよくわからない。でも見渡してみると、多くの人が何か器を持っている。
「スタジアムにはスタグルと呼ばれるグルメがあるんですよ。そして私がオススメするのは……選手プロデュースメニュー! これでしょう!」
そう言ってしずくが取り出したのは丼もののカップ。中には豚肉の上にみじん切りのトマト、玉ねぎ、ピーマンがソースとして乗っている。このソース……ブラジル料理のヴィナグレッチだ。
「私の応援する名古屋Gの助っ人外国人のプロデュースメニューです。たぶん美味しいですよ!」
「うん、いい匂いする」
シュラスコにヴィナグレッチをかけるのは王道だ。美味しそうなのは間違いない。たぶん、普通に美味しいものだと思う。
「では食べましょうか。ちょうど後半も始まりますね」
「ん。いただきます」
カップの蓋を開けて、箸をビニールから取り出して食べるまでに試合は動き、名古屋Gがゴールを叩き込んだ。
しずくは大声を出して歌い出し、周りの赤青シャツの人たちは嘆いている。私はそれを一旦置いておいて、食べることに専念した。
「……美味しい!」
ヴィナグレッチは知っているつもりだった。でもなんだろう、この美味しさは。決して豚肉だけの功績ではない。これは……環境?
「お気づきですかお嬢様。スタグルは家で食べればただのご飯ですが……スタジアムで食べると最強のメニューなんですよ」
「な、なるほど……」
奥が深い。
ちなみにこの後しずくの応援する名古屋Gは逆転負けをしてしまい、しずくは半泣きで帰路についた。スポーツ、大の大人を泣かせるほどの力を持っている。
……奥が深い。




