2話 しずくとひと月前のこと
本作は偶数話ではあやか視点
奇数話ではしずく視点となります。
「さぁあやか、お食べ。一流シェフによるフルコースだよ」
「ゆっくり味わって食べなさいね、あやか」
お父様とお母様が笑顔で私を見つめてくる。
この料理も、暖かい。でも、温かくない。美味しいけど、この料理を説明する時に使う言葉は『美味しい』じゃない。
10歳の私にはそんな難しいこと、考えれば考えるほど分からなかった。
私はただ黙って高級料理だというものを完食して、部屋に戻った。毎日これの繰り返し。私はなんだって美味しく食べられる自信がある。でも世界はその機会を与えてはくれない。
私がベッドに逃げるように潜り込むと、廊下から足音が聞こえてきた。お母様かな、と思ったけど、ドアを開けたのはメイド服を着た黒髪ボブの女の人だった。
「は、初めましてお嬢様。清掃メイドの宵街しずくと申します。前々からお嬢様のことが可愛くてぺろぺろした……じゃなかった、気になっていましたので本日は参上しちゃいました」
「……?」
何を言っているのかよくわからない。
「こ、これはお近づきの印にと思ったのですが、高級料理を食べられているお嬢様の舌には見合わぬものですよね、すみません空回っちゃって」
しずくと名乗ったメイドが持つビニール袋にはカラフルな何かが入っていた。
「それ、何?」
「えっ? えっと……駄菓子です」
「駄菓子? 駄菓子ってなに?」
「ふむ……駄菓子ってなんで駄菓子というのでしょう。私も存じ上げません!」
……変な人だ。でも不思議と嫌じゃない。
さっきこの人は私の舌に見合わないと言った。つまり駄菓子とは食べ物のこと。なら……
「ねぇ、それ食べたい」
「えっ? 駄菓子をですか? もちろんいいですけど……」
そう言ってメイドさんがビニールに入った駄菓子というものを机に広げた。
私は小さい茶色の丸が4つ入ったものを取り上げた。
「これは?」
「ヤングゥドーナツです。美味しいですよ〜」
「美味しいの? これが?」
ドーナツは食べたことがある。でもその時食べたドーナツはパティシエが運んできて、目の前で揚げて目の前でチョコソースをかけていた。
決してこんな雑な梱包をされてはいなかったけど。
「い、いやお嬢様の舌には合わないかと……」
「ううん。食べる」
メイドさんの静止を振り切り、梱包を剥いて小さなドーナツを取り上げて口に運んだ。
その瞬間、ぶわっと甘さが舌を包んだ。こんな味、食べたことない。まとわりついた大きな砂糖が優しくて、求めていた温かさがそこにあった気がした。
「『美味しい』」
初めて、私の口から1番に『美味しい』って言った気がする。
「ねぇしずく、他には?」
「えっ!? 駄菓子で釣れたんですか!? ちょろカワ……」
「……?」
「い、いえ! こんなのありますよカレーお煎餅」
「食べたい」
この日からしずくは毎日のように私が食べたことのないものを持ってきてくれるようになった。
私はこの時間が、1番楽しい。そう思えるようになった。