1話 お嬢様とハンバーガー
神舌家の誇る豪邸の一室。
『神舌あやか』お嬢様の部屋にて、私たちの毎夜の秘密の裏ディナーが開催されている。
「お嬢様、本日のお夜食です」
「ん」
お嬢様は平たいお胸にまでかかった小さな白い紙エプロンを同じく純白の髪の毛と一緒に揺らされた。
私はそれを確認して茶色い紙袋をカバンから取り出した。
「ちなみにお嬢様、本日のお夕食はどのようなメニューでした?」
「銀鱈のムニエル、桜エビのサラダ、和風スープ」
淡々と、人によっては感情が無いように思える反応をお嬢様は返されましたが、私、この専属メイド! 宵街しずくにはわかります! お嬢様は刺激が足りないとお思いでしょう!
「ふふふ……あっさりめのお夕食だったのですね。ならばこの、『ワクワクナルド』のハンバーガーでジャンキーにいきましょう!」
「……『ワクワクナルド』?」
「ご存知ありませんか? 大手ハンバーガーチェーン店です。赤色の背景に黄色の文字で『W』と書かれた看板をご覧になったことはありませんか?」
「……ある。通学路に。あれ、ハンバーガー屋さんだったんだ」
お嬢様はいい感じに期待値を上げているようですね。焦らすのも悪くは無いですが、冷めてしまってはもったいないので早速取り出しましょう。
「どうぞお嬢様、これが庶民のハンバーガーです!」
私は黄色い紙に包まれたハンバーガーをお嬢様に手渡した。お嬢様は白い小さな手でハンバーガーを受け取る。その様は非常に、非常に! 尊いものです。
「しずく、食べ方わからない。ナイフとフォークは?」
「庶民のハンバーガーにはそんなものありません。紙を取って、こうするのです!」
私はハンバーガーを包む紙を剥がし、豪快にかぶりついてみせた。口にジュワッと、ケチャップの酸味と甘味。そしてチーズとお肉の旨味が広がった。これぞ、これぞジャンキー!!!
お嬢様は私の行動に目を見開いて驚かれているようでしたが、すぐに納得されたようで恐る恐る紙を剥がし始めました。
あらわになったパンズとパティ、チーズ。視覚的に捉えられるのはそれくらいでしょうか。
お嬢様は普段なら絶対にされないであろう、かぶりつくという行為を迷いなく遂行された!
ふふ、良家のお嬢様がハンバーガーに生まれて初めてかぶりつく。いい絵ですね〜。
「どうですどうです? ワクワクナルドのハンバーガーは」
お嬢様は料亭の味利きをされるほどの神の舌を持つ人物。それを知る大人はみんなその肩書きに配慮して高級料理ばっかりを提供する。
でも私にはわかります。お嬢様は、それでは満ち足りないのだと。だって……ハンバーガーにかぶりついたお嬢様の顔、トロけていますもん!
「美味しい。ソースのケチャップに驚いたけど、ピクルスやオニオン、チーズがお肉としっかりお互いを補い合っている。何より……」
「何より?」
「理屈より先に、『美味しい』って言えた。それがいちばん美味しいの」
お嬢様は滅多に見せられない笑顔を私に向けてくれたのです。
そう、これは日本トップの食品メーカー、神舌-KOUZETSU-グループの社長令嬢である神舌あやか様と、その専属メイドである私、宵街しずくによる2人きり、秘密のディナーの様子を記した物語です。
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