4話 まだ知らぬ能力
斎藤は、こちらを見つめる青年、石蕗の視線に、声を出さず悩んでいた。
視線は明らかに布に向いている。加えて、明らかに術について、詳しくない日向の言葉や態度。
「小学校から使ってるの?」
「え、多分ギリ中学……」
精霊と契約している用紙を見せれば、石蕗どころかひなにも驚かれる。
内容そのものは、図書館で調べれば出てくるような内容だが、中学生が書いた魔方陣とは思えなかったらしい。
すると、中年の男、葫が感心したように声を上げた。
「なるほど。君は、ほんまに力強いんやなぁ……
ってことは、そこの大精霊もたまたま呼び出したってことかいな?」
幼い子供が遊びで魔方陣を書いて、精霊を呼び出し、事故が起こることは多い。
明らかに名前から文字った偽名は、精霊との名前の重要性について知らない時に名乗ったことへの名残だろう。
「風鬼たちは、いつからいたっけ?」
物心がつく頃には、すでに傍にいた気がする。
「強いって?」
「あぁ、まともに魔方陣書けへんでも、強い力で無理矢理発動することもできるんやで。
川から水が溢れとっても、大元はおんなじとこを通ってるやろ? それとおんなじやで」
代わりに、力のロスが大きくなり、フィードバッグにも関わるが、彼女の様子からして、フィードバッグは大きくはないのだろう。
「しかし、そこの式の紋は見たことがないですね。雑……いえ、緻密に見えますが、良く見せてもらっても?」
石蕗の言葉に息を飲む。
今のところ、人であることはバレていないが、注意深く観察されればバレるかもしれない。むしろ、実はバレていて、これはわざとなのかもしれない。
「いいけど、剥がさないでくださいよ? たまたまできたやつだから、直せる自信ないので」
日向も、必要以上に止めることはしなかった。
それが彼らの信用を買うためではなく、術の自信からでもないことを、斎藤は本能的にわかっていた。
付き合いは短いが、バレたならバレたで仕方ないと思うタイプの人間だ。
「ふむ……」
布一枚を挟んだだけの至近距離。
もし、人間だとバレたなら、すぐにでもこの場にいる四人を振り切って、逃げなければならない。
子供二人はいい。問題は大人。特に、葫の方。物腰柔らかだが、その実力は確かだ。
「見れば見る程、妙な感じですね。ロールシャッハテストみたいな」
「あれ? 今凄くバカにされた?」
していないと笑うが、乱雑にも見えるその紋は、じっと見れば見る程、蠢いている気もしてくる。
「うーん……君の力は祖先になんかあったんとちゃうかと思うけど……術には詳しなさそうやね」
カクリシャと一般人が、同じ学校で同じ教育を受けるようになって十数年。基本的な知識はもちろん、術などの知識は身内、知り合いに詳しい人間がいなければ、存在を知ることもほとんどなくなった。
彼女の場合、術に関しては、少し試しているようだが、決して順序立てて学んでいる様子ではない。興味のある本のページを開いて読んだ程度の偏った知識。
危い知識だ。誰かがその力の使い方を教えなければ、どこで暴発するかもわからない。
土屋が、たまたま見つけた鬼を使役している可能性があると招待した使役者だが、仲間になるなら、大きな切り札になるかもしれない。だが、もし違うのなら、危険な存在だ。
「君、ここに何しに来たんや?」
ストレートな質問だった。
術に詳しくないのなら、土屋たちのことを知っているはずもない。なのに、土屋の式神が届けた手紙に誘われてやってきた。
自分たちで言うのもなんだが、知らない人間や式が持ってきた招待状など、非通知の電話よりも信用できない。下手すれば、招待状を受け取った時点で隠された呪いなどが発動する可能性があった。
そんな不審な招待状を携えて、わざわざ千葉から兵庫までやってくるような理由。それは、彼女にとって大きな意味を持つ。
葫の質問に息を飲んだのは、斎藤だけではなく日向もだった。
明らかに動揺した日向に、葫と石蕗はその目を細めるが、ひなとかこのふたりは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
素直に言葉にするかこに、日向は困ったように眉を下げると、おもむろに言葉を返した。
「こういうの、素直に答えると、みんな、ハァ? って顔するんだよ。だから、こういうの、苦手で……」
「言わないよ! 嘘はいけないんだぞ!」
「素直すぎるのは社会的にダメなんだって。私知ってる」
何か思い当たることがあるのか、明後日の方向を見て、眉を潜めている日向に、葫は息をつく。
「『ハァ?』ては言わへんで。『ハァ?』てはね」
「不穏な言葉をありがとう!」
悪戯する前のように笑みを作る葫に、日向は視線を下げて答えた。
「ただ、おもしろそうで気が向いたから。それだけ」
受験勉強漬けが嫌だ。家にいれば、やれ勉強はしないのか、塾には行かないのかと、楽しくもない小言のオンパレードが嫌だ。
だから、家から出る用事に飛びついた。大いにある。
だが、根本を掘り返せば、今の言葉に行きつく。
誰もが持っているはずなのに、受け入れがたいその心理に、大人たちは決まって納得しない。
「おもしろいって、俺たちが言うのもなんですが、結構こういうのって危険ですよ?」
つい石蕗が正体不明の招待状について、助言してしまう。
「でも、こういうので、危ない目に遭ったことないし」
何度も似たようなことがあったが、今まで一度も危険な目に遭ったことは無かった。
ただ運が良かっただけの子供のような発言をする日向に、大人ふたりは片頬を釣り上げるが、ふと葫の頬が下がる。
「…………今の今まで?」
「? うん」
単純に、物心ついた時からいるという大精霊のせいかもしれない。
「君、力がわからへんのやんな? 少なくとも、使役はちゃう」
使役の能力であれば、なにかしらの兆候があっただろう。少なくとも、魔方陣で精霊を呼び出しているのだ。一度や二度は、無意識の内に能力を使っている可能性がある。
能力は、それを理解しなくても、無意識の内に少なからず使っている。故に、知識を得た時や知識を得ている大人たちが伝えることで、自覚する。
目の前の彼女は、大精霊と契約している現状ですら、自覚もしていない。それどころか、自身がカクリシャであるという自覚すらほとんどない。
その状況で、今まで危ない目に遭ったことがないことが異常だ。
もしそれが事実なら、可能性がひとつ。
「なぁ、これ、開けてくれへん? ひながつまみ食いしたがるお菓子箱なんやけど」
あまりにも、ひながつまみ食いするため、最終的に封印されたお菓子。
「もし開けられたら、ひとつ食べてええで」
「開けて!!」
ひなに腕を掴まれ、日向はその箱を受け取り、その冷たい缶の蓋をいとも容易く開けた。
「あぁ、やっぱし。君の力は”対魔”や」
「”対魔”?」
「お姉ちゃんは何にする?」
「え、あぁ、じゃあ、ひもグミ」
かこの質問など興味が無いのか、日向の持つ缶を漁るひなは、ひもグミを日向に渡すと、その手には別のお菓子がふたつ。
ひとつはかこに渡すと、さっそく袋を開けていた。その様子に、葫は何とも言えない顔をするが、返された缶にもう一度封印を施すと、棚の上に仕舞った。
「カクリシャの中でも、珍しい能力やで。”五行”や治癒・再生系より珍しいかもな」
「観測者よりは?」
「そら観測者や」
観測者には劣るが、対魔の力は珍しい部類に入る。
力そのものに魔力や霊力に対する力があり、術や肉体を持たない精霊やカクリモノは、術などを使わず力だけで消し去ることができる。
しかし、あくまでその対象は肉体を持たない魔力で構成されたものだけであり、肉体を持っていれば消し去ることはできない。ほとんどのカクリモノは肉体を持つが、彼女の力は雑な魔方陣でも精霊を呼び出せるレベルの大きさ。カクリモノも本能的に近づかなかったのかもしれないし、覚えのない内から共にいるという大精霊のせいかもしれない。
「んん? その説明だと、精霊は嫌がりそうですけど……」
「低級はね。力に耐えられる精霊は、力に吸い寄せられるようにくんで」
「体に毒なものはおいしい理論?」
風鬼へ目を向けるが、にこりと笑い返されるだけ。
「しかし、対魔の能力であれば、精霊たちが真っ先に気が付いているはずですよ」
「そうなの?」
「おいしいからねー」
「やっぱり?」
ひもグミを齧っている雷鬼の言葉に目を輝かせれば、ほくそ笑まれる。
時代が時代であれば、比較的に発覚しやすい能力だが、日向は一般の学校に通っていた。術などもなければ、カクリシャもほとんどいない学校で、魔力や霊力に特化した能力など気づくはずもなく、18年が経っていた。
「すまない。遅くなった」
現れた和服の男は、先の結ばれたひもグミを口から垂らす精霊と日向に微笑む。
「仲良くやっているようで安心したよ。生身では初めましてだね。私は樒。ここの主をしている」
樒と名乗った男がが、土屋道山。その人だった。