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カクリモン ~ 播磨の百鬼夜行 ~  作者: 廿楽 亜久


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3話 山中の寺

 控えめに言っても、整備されていない山道。


「昔行ってた山って、結構整備されてたんだなぁって思う」

「高尾山?」

「鋸山」

「あそこほぼコンクリだろ」

「高尾山は、山道が崩れてハイキング中止になった」


 山道に飛び出した枝を弾きながら、手紙に従い進む。


「……それ、お前のせいじゃねェの?」

「天狗のせい」

「いや、そりゃ、天狗の領域に鬼が来たらキレるだろ」

「違うよ。それとは別件で、崩れた」


 聞きたいような、聞きたくないような間と逸らされた視線に口を噤んだ。どうせろくなことではない。 


「腹減ったな……」

「さっき鶏卵饅頭あげたじゃん」

「足りねェよ」

「半分以上食ったくせに」


 一銭も出していないのに、我が物顔で饅頭を奪っていった男は全く反省した様子もなく、道もわからないというのに、ふたりの大分前を進み、ふと足を止めた。

 後ろのふたりが追いつけば、今までの整備されていない山道が嘘のように、突然目の前に現れた整備された石畳の階段。


「やったじゃん」


 皮肉交じりに笑われれば、日向はため息をついた。上の方に確かに終わりのような山門があるだけマシかと、階段を上り始めた。

 豪華や厳かといった雰囲気ではないが、立派な山門に辿り着けば、そこには人間の男が立っていた。


「ようこそいらっしゃいました」


 男は、最後に上ってきた息の上がっている日向に目をやり、次に傍らに立つ和装のふたりの男に目をやる。その顔には、見たこともない印が書かれた布。


「失礼ですが、この方々は?」

「え、あぁ、式神」


 人型の式神。それ自体は珍しくはない。

 しかし、気になるのは、階段でなにやら話していた方。式神は、術者が作る人形のようなものであるため、一部を除いて意思を持つことはない。

 言語というものは、複雑なもので、決められた文言に決められた文言を返すことは可能でも、無限通りの言葉の組み合わせに合わせた返答は、昨今のAI技術の方が上をいくだろう。そういった理由もあり、式神には、術者と楽しくおしゃべりする機能を備えていることは少ない。


「やっぱり手土産が欲しかったんだよ。人間ってお呼ばれしたら、持ってくんだろ?」


 肩に現れた精霊が、日向の頬をつつくと、男は驚いたように肩を震わせた。

 流暢に言葉を介する大精霊。そんな大精霊をつつき返す日向。


「失礼致しました」


 それだけで先程の疑問は払拭される。

 そして、日向との実力差についても。


「あ、これって、ここで出せばいいんですか?」


 招待状を見せれば、頷かれる。


「それは肌身離さずお持ちください。その招待状は許可証でもあります。もし、破かれるなどの破損があった場合、結界は貴方にも作用します」

「じゃあ、持ってこなければよかった?」

「それでは、私が中へ通すことができません。名前を伺っても?」

「あ、えっと、あっちだよね。嘘の方。結鬼」


 少し男が眉を下げていたが、頷くと、通された。


「こいつしとけばバレねェって言ったの誰だよ。バレかけてんじゃねーか」


 ひとりの式神が、布をひらひらと弄りながら、同じ布をつけた式神へ顔を向ける。


「バレてねェだろ。お前、少しは式っぽくしろ。んな自由に動く式がいるか」

「式なんて見たことねーもんのフリしろなんてできるわけねェだろ。イカれてんのか?」

「自分がバカって自覚したらどうだ?」


 言い争うふたりは、式神ではなく、れっきとした人間だった。九条恵くじょうめぐみ斎藤岳さいとうがく

 このふたり、似ているとは思っていたが、どうやら同族嫌悪をするらしく、顔を合わせれば喧嘩をしている。


「つーか、イカれんのは、こいつだっての!」

「人のせいにすんなよ」


 ふたりの言い争いをあくびをしながら見守っていれば、突然指を指され文句を言われる。

 日向たちが、ここにいるのは数日前に遡る。



―― 数日前 天ノ門 東京支部 ――


 サメ肌でできているのではないかと思える雰囲気に、宮田は今すぐに自分の実験室に逃げ帰りたかった。


「それで、可能なのか?」

「可能性としてはあるかと。結界内の制限は、フルオート、セミオート、マニュアルの3タイプです。おそらく土屋道山の結界は、セミオート。

 対象条件は、自分が指定したカクリシャとその使い魔以外全て。

 術師と使い魔の関係の確認方法ですが、招待状に血判を押す場所があったので、おそらくここから霊力のサンプルを取り、同じ霊力の痕があれば使い魔と判断してるのかと」


 そっとソファに座る少し乱れた格好の青年たちへ目をやる。

 十数分前まで、実験室近くの訓練場で、訓練からかけ離れた音をさせていたふたり。当時は当時でいつ壁や床が抜けるかと震えていたが、今はその惨状の片づけをしなければいけないことを考え、気が重くなる。


「精度次第ではありますが、結界を騙すことは可能かもしれません。

 後の問題は、人間や使い魔に直接見られた時に、人間だとバレないことですが……」

「人隠しの印でいいだろ」


 ”人隠しの印”

 神域や聖域などの人が踏み入れてはいけないと言われる場所に入る際に、使用する魔方陣のこと。


「そこに万石の印と目眩の印を合わせれば、普通の人間にバレることはねェ」


 複数の印を合わせることそのものが、本来難しいといわれることだが、九条にとっては大したことではないらしい。

 人間だとバレないようにすることは、どうにかできそうだ。


 それにしても、だ。

 招待状が捨てられていなかったと嬉々としてやってきた日向が、早々に『使い魔ってことにして、お前が勝手に捜査すればいいじゃん』と言い出した時は、さすがに正気を疑った。

 打算があってかと思えば、そういった知識には明るくないのは事実らしく、全くもってのノープランだったらしい。

 加えて、宮田にできそうという事実だけ確認すると、あとの細かいことは全て宮田と九条に任せて、学校があるからと、事務所を後にする自由っぷり。九条ですら驚いて、しばらく皮肉すら言えなかった。


「汚ェ印」


 術に全く興味が無いわけではないらしい日向は、天ノ門の資料を読み漁っては、試しに行うことがあるらしい。

 九条が持っているコピー紙にシャーペンで書かれた上に、明らかに消しゴムの痕まである魔方陣。魔方陣そのものレベルは初級で、呼び出すのも低級精霊だろう。このお粗末な魔方陣で呼び出せたかは怪しいが、逵中と榊が言うには、実際に呼び出しており、危険だからと事務室に置いていかせているらしい。

 後半になれば、もっと乱雑になってきている。


「8……興味本位で呼び出す数じゃないだろ」


 通常、式神使いなどの専門的な使役者で、まともに契約する精霊は5、6体。

 それ以上は、逆に精霊に精神を食われる場合があるため、直接契約することはまずない。

 ある意味、精霊を使役している数は、使役者としての実力の表れでもあるが、同時に常に自分の身を危険な賭けに投じている意味でもある。


「8!?」


 慌てて立ち上がる逵中と榊に、眉を潜めれば、ふたりして同じように額に手をやった。


「アイツまた勝手に……」

「いつの間に……これ以上は危険だと忠告したのだが、すまない。私の監督不行き届きだ」

「…………たぶん、アイツが悪いと思う」


 会ってまだ間もないが、渋い顔をしているふたりに、多分確実に絶対に日向が悪いことだけはわかった。

 しかし、日向が手を貸して、その上、自分も結界内に入れるとなれば、こんな機会はそうない。可能性があるなら乗る。


「はぁ……斎藤。結城の護衛としてついていけ」

「ハァ? なんで俺が」

「結城君は、あくまで一般人だ。危険な任務にひとりで行かせるわけにはいかない」

「アイツ、お姫様ってタマじゃねェだろ」

「どちらかっていうと魔王であることは認めるが、親御さんに説明するにも簡単だろ」


 女子高生がほぼ初対面の男とふたりで、任務とはいえ旅行に行くなんて、親は止めるだろう。かといええ、十人が十人チンピラだと言いそうな斎藤も一緒だからといって、許可をくれるかは謎ではあるが、その辺りは榊がいつものように誤魔化すのだろう。


「そういや、アイツの親って」


 数が少なくなったとはいえ、カクリシャを受け入れる学校はあるし、力が強く、制御のできないカクリシャほど、そういった学校に入学させられる。周りにとっても、本人にとっても、それが安全だからだ。

 しかし、記憶にあるのは、カクリシャなどの特異体質を受け入れる学校ではない、普通の私立高校が記載されていた日向のプロフィール。


「カクリシャにいい印象はない。特に父親がな」

「精霊従えといて?」

「結城自身の能力は不明とはいえ、暴発もしたことがないから、結城単独では普通の女の子だよ」


 保護した直後、両親に確認しても、日向がカクリシャであることは気づかなかったという。それこそ、幼い時に精霊に好かれることは珍しいことではないし、力があることを知ったのは、中学になっても大精霊たちがいることに不思議がった母が確認した時からだという。

 それ以降も、日向自身の力の暴発は起きたことがなかった。つまり、日向自身の力は対して強くない、もしくは害を為す能力ではないとなる。契約した精霊は、大問題ではあるが。


「だから、任務のことは伏せて、バイト友達の斎藤の友達、九条の家のある兵庫に遊びに行くって設定。適当に口裏合わせるように」


 友達という言葉に、また斎藤と九条と揉めたが、物理的に納得させられることとなった。


 スポーツドリンクを飲む日向は、確かに精霊を除けば、隙だらけで、身を守る術も持たない。簡単に殺せるだろう。

 だからこそ、正体がバレる前に、調べを終わらせる必要がある。

 宮田の予測通り、日向の血を使い作った墨による印は機能しているらしく、結界の制限を受けていないようだ。動きにも問題はなく、術も使えそうだ。


「じゃあ、あとは勝手にしてていいんでしょ」

「はいはい。勝手にしろよ」

「それじゃあ、適当に見て回ってようかな」

「マジで観光気分だな」


 どこかにいるという土屋のことを探るのは、九条の仕事だ。日向はあくまで、招待されただけ。


「バレんじゃねェぞ」


 日向が土屋から排除対象とされれば、制限が設けられる。そうなれば、三人とも無事では済まない。


 九条がどこかに行った後、それほど時間を空けず、砂利を走る音が近づいてきた。


「あ、いた! 新しく来た人だよね?」


 小さな女の子がふたり。日向の手を掴む。


「お姉さん、東京の人でしょ? 原宿に行ったことある? クレープ食べたことある!?」


 矢継ぎ早に質問され、返す言葉を失っていれば、日向の手を掴んでいない少女が手を掴んでいる少女の服の裾を引く。


「ごめんなさい。ひなちゃん、東京に憧れてて。ひなちゃん。困ってるから」

「ごめーん。じゃあ、行こ! みんなのこと紹介するね!」


 否定する間もなく、連れていかれれば、そこには中年の優し気な男と青年がいた。


「ちゃんと連れてきたんやな。えらいえらい」

「えへへ」


 中年の男が、少女たちの頭を撫でれば、青年の方がこちらに微笑みかける。


「初めまして。今、師匠は席を外していますが、そう時間も経たず来ますから、寛いで待っていてください」

「はぁ……」

「ねぇねぇ! クレープ食べたことある?」

「あるけど、原宿じゃないよ。近所の」

「きん、じょ……」


 絶望した表情でひなが項垂れる。


「さすが、東京……」

「いや、私、新東京県民なんだけど……」

「それ、ひなには伝わらへんなぁ……」

「ち、千葉都民!」


 結局伝わらず、不思議そうな顔で見上げるひなたちに、東京ではなく千葉だと説明すれば、ほとんど一緒だと言われた。

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