ココア
「ココアって飲み物、嫌いなんだよね。」
彼女はビビットな黄緑色の袋から茶色いココアの粉末をプラスチックのスプーンで量ったあと、マグカップに入れた。
「の割には随分楽しみに買ってきたじゃん。」
「いや、たまたま見かけて。つい懐かしさで買ってしまった。」
基本的に二人とも牛乳を飲まないので、冷蔵庫に白い紙パックがあると言うだけでそこそこの違和感がある。わざわざ両方買ってきたと言うのに、一体何を言い出すのかと思った。
「味が嫌い、とかじゃなくて。ほらこう、飲むまでの手間がさ、面倒くさいじゃないですか。」
「ああ、まぁ、確かに。」
「まず粉入れるでしょ、で、牛乳ちょっと入れて、それに馴染ませるように混ぜるじゃん。」
「はいはい」
彼女の言いたいことが何となく、分かった。
「その手間だけでも面倒なのに、そこから牛乳足して、また混ぜて、最後にレンジでチンまで行ってようやくホットココアが飲めるようになるわけじゃん。」
「できる頃には、もう飲みたいという異様がだいぶ薄れていると。」
「その通り!」
彼女はビシッとスプーンで僕を指した。ポタタッと牛乳の水滴が机に散る。
「なんか私、こういう食べるまでが面倒くさいの嫌いでさ、ほらカニとか。」
「カニ?嫌いなの?」
「うん。」
カニが嫌いという人間は珍しいなと思った。
「あれ食べるのすごく面倒じゃん。全然カニカマで良くない?ってなっちゃう。」
それ、カニ好きだけど甲殻類アレルギーで食べれない人からしたら地獄みたいな意見だな、と思いつつ黙って聞く。
「手はベトベトになるし、汁は垂れるし、殻は痛いし。」
「なんか、かなりカニに対して恨みを持ってる人みたいだね。」
「いや『恨む』ほどではないんだけどさ。」
彼女は電子レンジにマグカップを入れると、ぐるりとタイマーを回した。
「他にも、秋刀魚とかさぁ。」
「秋刀魚?」
意外な食べ物が出てきて、少々驚いた。
「骨多いでしょ、あれ。食べるのめちゃ面倒くさいんだよね。」
「なるほどね…。」
「秋刀魚に限らず、骨の多い魚は嫌い。」
チン、と電子レンジが鳴った。
「あ〜!」
扉を開けた彼女が叫ぶ。
後ろから覗くと、電子レンジの中にココアの飛沫が飛び散っていた。
「だからココアは嫌いなんだ!」
彼女が布巾を取りに行っている間に、一口、マグカップを啜る。
うん、うまい。