遭遇
--"巨大な狼"
第一印象はそれだった。
一瞬魔獣かとも思えたが金属質の外装が要所に配されており、生物特有の息吹が感じられなかった。
青白く光沢を放つ装甲によろわれた体表は、途方もなく硬そうにも肉のように柔軟そうにも映る。
細身の体躯に狼に似た頭部をもち、泰然と二足で立つその姿は鎧をまとった人狼とでも呼ぶべき佇まいであった。
見上げるほどの巨体は、4ミル(4メートル同じ)近くもあるだろうか。
唐突に中空を裂くようにして現れたそれは、目前で臨戦態勢でいる我々に対しまるで無警戒に無造作に両腕共にをだらりと下げ、悠然と品定めするかのような視線を向けていた。
(なんだ…今のは。どこから出てきた?術?こんな現象見たことも…)
『…去レ』
ただ一言。
対峙するすべての存在を硬直させ心胆寒からしめる、圧倒的な存在感。
全員が、身動きすることもできずにいた。
瞬きすら憚られる。
二度と目を開くことはできないのではないか、眩暈すら覚える。
『これヨリ先ニは、踏ミ入ルこと赦サぬ』
「どこの…手の、ものだ!それは、新造の機装殻か…?」
「…先の遺跡は、過去に発見された合同調査済みの聖都の所有物です。不審な旺力動が検知された為、再調査に訪れたまでのことです、何の権利をもって…あなた方は」
ザラドが、吹き出す汗を拭うことすらできないままに、果断にも問いかける。
エルリスがこわばる身体を心を奮い立たせ、不服を口にする。
ダメだ。
逃げなくては。離れなくては。
足が動かない。
声があげられない。
『…蛮勇ダな、是非モない。…今一度ダけ言ウ。去レ』
二度目の警告。
動けないほどに左肩が痛んだのは2度目だった。
一度目のかつては子供だったが、あの時は避けようもない災禍に翻弄された。
思い出したくもない記憶だ。
それからは、一度もこうまでになったことはなかった。
俺には左肩からひじ裏にかけて重度だったろうと思しき帯状の火傷跡がある。
生まれてすぐに負ったらしいが記憶にはなく、物心ついた時にはすでにあったものだが、大きな危険に見舞われる時鈍く痛むことがある。
警報機のような性質のおかげで避けられた危難もいくつかある為、火傷をくれやがった何某かには結構感謝していたりもする位だ。
今、痛みはすでになくなっているのに、動くことができない。
技量にはそれなりの自信はある。
準二等探索者の名に恥じない程度の自負もあった。
もちろんのこと上には上がいることも理解しているが、探索者を生業として5年、対人戦闘はもちろん魔獣相手に命のやり取りも相当数経験し、修羅場もくぐってきた。
未達成に終わったことも少なくはないが危険な遺跡の踏査も数知れずこなしてきたし、死線もいくつか超えてきたからだ。
だが、こいつは無理だ。
圧倒的な開きを、隔絶した力の差を感じる。
「…わかった、近づかん」
ザラドは、選択した。
「皆、戻るぞ!」
「…了解した」
ザラドに次いでベテランのレントが、撤退を了承する。
『─正シい選択ダ』
奴は泰然と応える。
そうだ、戻るにも一日はかからない距離だ。
今は拠点まで引こう、ただちに本隊と合流し報告しなくてはならない。
実に情けないことだが、エルリスに肩を借りることでなんとかその場をあとにできた。
探索者協会の認定するシーカーには初等から始まり九~一等、特等までと準等を含む20段階もの階級があり、特等に至っては世界に5人のみ。
今般の調査隊は三等以上の探索者のみで編成され、万人は軽く数える全協会員中に100人もいないという一等探索者ひとりを含んでいた。
不審ありとはいえども再調査程度の依頼においてはまさに万全であったはずの先遣隊は、この日戦わずして敗走したのだった。