探索者達
空は青く澄みわたり、雲ひとつとてない。
なんて良い天気なのか、このほどの先行調査は威力偵察を兼ねているため、我々はさしずめ、先遣隊といったところであり、雨上がり後の晴天と言う見通しの良い現状は、とてもとてもありがたい事なのであった。
男5人という、色気もへったくれもない道行きはいささか不満ではあるが。
3日前、唐突に大々的に、聖王陛下直々の大規模調査依頼が発布された。
依頼を拝受したシーカーギルドからの召集を受け、ギルド指名の5名による小規模な先発調査隊を組織、我々は一路、聖都は東、後発25名からなる本隊の為、鬱蒼としげる大樹海踏査の最中にあった。
一定間隔おきにマーカーを設置しつつ慎重な経路保全に務め、そろそろ小休止に入ろうとした折、先頭を行っていた熊と見まごうほどの大男が、不調法な大音量で不意に口を開いた。
「しかしよう、先日までの荒れ模様が嘘みたいな晴天だなぁ、なぁおい!俺の日頃の行いの賜物だな、お前ら感謝していいぞ?」
豪快な、といえば聞こえが良いが、大変にやかましい。
ここが聖都の目抜通りなら、苦情の十や二十は免れないところだ。
いやさ鼓膜がイカれかねないので、これはもう、三桁は行くかも知れないな。
わざわざ全員の肩を遠慮会釈なくばっちんばっちんひっ叩いてまわっているうるさい髭面の男は、この度の依頼における雇われ調査隊長である。
荷物重いんだから勘弁しろこの筋肉達磨!隊長(仮)の癖に!愛用の得物も結構な重量物であるし、鞘ごと外れたらどうしてくれんだめんどくせぇ。
「…ザラド隊長、既に目標地点の近傍ですよ?迂闊な声量は感心できませんね」
短く揃えさらりと流した黒髪に、やたらと細長い長身の優男が、やんわり感などまるで無い冷ややかな声色で、腰にぶら下げた短杖に無造作に手を置きながら、こゆい髭面をたしなめる。
なかなかの絵面である。
切れ長の瞼の裏には、紫水晶もかくやとばかりの紫紺の瞳が収まっている。
「そうだぜザラド、狼共を呼び寄せたいでもあるまいし、無意味な労力かけたくねーよ、無難にいこうぜ」
俺は賛意を示す。
無駄はごめんだ。
「そう言うなよ赤錆の。反省はするからよ!あとエルリス、お前はいつまでたっても実に小賢しいな!」
「うるさいですよ」
「赤錆はやめろっつってんでしょうが、ファルーク隊長殿」
俺は若干の批難を込めて、もう何年になるだろうか、すっかりと見慣れた信頼のおける小汚ない髭面男を横目に睨む。
小賢しいなどと誹謗されたエルリスは、正面を向いたまま半眼になってむっつりとしている。
こいつ、紫紺の氷刃とかよばれちゃってんだぜ、ぷぷ…!
俺は赤錆だけどな、うるせぇよ!赤銅色の髪は生まれつきだよ、悪いかよ。
「へっ、ファルーク呼びはやめろぃ。まったくおめぇらは、本当に口うるせぇなあ。ちいせえことばっか言ってっと、小鬼族みてぇになっちまうぞ?どーんと構えてろっての、なぁおい!赤鬼と黒鬼でちょうど……ってよぅ、黒鬼なんてのは居るのか?」
然り気無く周囲に同意を求めながらも、しっかりと俺達2人を貶めつつ、やれやれとばかりに肩をすくめる。
ザラド殿の声は変わらずでかい。
ため息をつく仕草まで織り混ぜるその姿は、反省はするが改める気はまるでないことを、これでもかと物語っていた。
あんたほんとに、マジでめんどくさい中年だよ!
──久々の感覚だった。
目的地も近づき、平穏な道行きに多少気も緩みかけた頃、不意に左肩に鈍い痛みが走る。
何年ぶりだ?なるべくならば思い出したくもない。
「ぐゥ……ッ!」
「おい、アッシュ!…例のか!?大丈夫かよ!」
おもわず屈みこんだ俺の変調に、いち早く気づいたザラドは、焦燥感を隠す余裕もなく近くまで駆け寄り、周囲にくまなく視線を走らせる。
ただ事ではない様子に、続く3人も瞬時に臨戦体制に入り、各々得物を手に油断なく辺りを見回している。
さすが指名が入るほどの探索者達である。
頼もしい、が、練達の技量をもってしても今回のコレは、果たして…。
随分と厄介そうな先触れに、悪寒が拭えない。
「大…丈夫…じゃねぇな、これは……相当の……」
「どこだ!どっからだ!?エルリスは後方、レントは右、ラリーは左だ!見逃すな、警戒しろ!」
額に、首に、玉のような汗が浮かぶ。
俺は、まだ視界にも入ってこない大それたなにかの襲来を、予感する。
左肩の痛みは、とうに消えていた。
目的の遺跡地帯まで目と鼻の先のはずが、あとは大通りで昼飯を選ぶ程にもかかるまい距離が、やけに遠くに思えた。