レベル7
マシュープランの発表は大国に怯える小国にとっては希望となった。
しかし、レベル7の魔導士を保有する大国にとっては決して嬉しい話ではなかった。
これまではレベル絶対主義という世界の通説の下、そのレベルのみで周辺諸国を黙らせてきた大国にとっては、この、小国にも抗う意欲を与えたマシュープランというのは百害あって一利なし、という結果でしかなかった。
そんな世間の現状、悪い流れを受け、ロドシン第1魔法学校の生徒会室にマシュープランの発案者であるマシュー・テイラーと、その妹であり、今回、マシュープランによって足止めをくらったレベル7の魔導士、ルシア・テイラーは呼ばれていた。
「皇帝であるキングスレイは笑っているけど、大魔導士派を掲げる本国としては、この状況、決して良くは思っていない人も多いわ」
皇帝であるキングスレイはアランチウス島の戦いにおいてプロイセン帝国のレベル7、ブリュンヒルデに勝利した世界で最も有名な魔導士の1人――彼は今回の発表されたマシュープランをあまり重くは考えていない。
他国にとっては軍事的な機密事項のためマシュープランの内容は漏れていないが、軍上層部や、当然、皇帝であるキングスレイにはその内容が発表されている。
その結果、マシュープランが成功した要因として、今回の演習の対象がマシューにとっては妹であるルシアであり、彼女の性格や魔法属性、攻撃パターンなどを事前に何度もシミュレートできたから可能な作戦であって、ほとんど情報のない他国の魔導士に対しては意味がない、という結論だった。
しかし、内容自体は伏せられているため、どうしてもその結果だけが世間を独り歩きする。
そして、それは大魔導士派を掲げるロドシン帝国としては決して望ましいことではない。
大魔導士派というのは一種の宗教的な思想の1つで、魔導士のレベルこそが絶対だ、という考え方だった。
ロドシン帝国はその思想によって成り立っており、例え子どもであっても高レベル魔導士であれば大人を従えることができる。
学校現場においても、高レベル魔導士であることこそが絶対的な地位のため、他のどの教職員よりも、高レベル魔導士で編成される生徒会の方が強い権限を持つ。
だからこそ、こうやって世間を騒がせた2人は校長室や理事長室ではなく生徒会室に呼ばれていたのだ。
大魔導士派は魔導士のレベルこそが絶対だ、という世界の通説に従って運用されている思想なので、今回のように、レベル絶対主義を揺るがす可能性がある案件についてナイーブになる軍上層部は少なくもない。
その結果、この騒ぎを起こした責任をどうするのか、というのが、一部の軍上層部から学校側に送られた今回の議題内容だった。
「俺は必至で……別に、世界を揺るがそうとか、そんな大層なことは考えていなくて……ただ、レベルが低い俺でも何かできないかって・……」
マシューは国の根幹であるレベル絶対主義……大魔導士派の思想を否定したくて行った宗教的なクーデターではないことを説明した。
大魔導士派であるロドシン帝国において、低レベル魔導士に対する扱いは決して良いとは言えない。
レベル2であるマシューの存在は学園内においても低く、同じような低レベル魔導士たちは高レベルな魔導士たちに差別的な扱いを校内でも受けていた。
低レベル魔導士にもできることがあることを証明するためにも今回、このマシュープランの発表を行ったのだが、予想以上の混乱にマシュー自身が困惑していた。
「別に私はマシューを責めている訳ではないの。あなたはあなたなりに、できることを一生懸命行っただけでしょ?」
生徒会室であり、マシューの姉でもあり、そして、ロドシン帝国が保有するレベル7の魔導士でもあるカトレア・テイラーは困惑する弟を落ち着かせるために優しい声を掛けた。
「けど、その結果が、こんな……俺は、低レベルでも、少しでも姉さんたちの役に立ちたくて……っ」
姉であるカトレアと妹であるルシアがともにレベル7の魔導士という立場が、昔からマシューを焦らせていた。
レベル7の魔導士というのは世界に十数人にしか存在しないほどの超貴重種――カトレアとルシアは世界で他に存在しない姉妹でのレベル7だった。
そんな天才とも言える2人に挟まれながらも過ごしたマシューにとって、今回のマシュープランは自分に出来ることを最大限行った結果だった。
「あなたは生きているだけで良いの。レベル2なんていう、戦場において何の役にも立たないゴミなんだから、頑張る必要はないの」
「姉さん……っ」
容赦のない姉の威圧感の籠った言葉にマシューは思わず尻もちをつきそうになった。
「レベルこそ絶対の世界だけど、家族の愛は別。あなたは私の弟であるという、それだけで十分に存在価値があるの。だから、頑張る必要はないの。進学も、仕事も、全て私が斡旋して、レールを敷いてあげる。だって、私はレベル7なのよ。しかも、ただのレベル7じゃない。皇帝であるキングスレイも私には逆らえない」
「……」
これこそが大魔導士派の思想だった。
カトレアは弟であるマシューのことを大切に想っている。しかし、それは弟だという血の繋がりがあるからであって、魔導士としては一切認めていない。
レベルが満たしていない以上、努力などという過程は一切、評価項目に含まれていない。
「私は別にマシューを責めてはいないの。あなたはあなたなりに、低レベルなりにしっかりと考え、努力して導き出した答えなのでしょ? 問題はルシア、あなたよ」
それまでは穏やかな目で弟であるマシューのことを見ていたカトレアの瞳が一転――鋭く殺気に満ちた瞳でルシアのことを睨み付けた。
「わ、私は別に――」
「別に? まさか、言い逃れることが出来るとでも思っているの? 高レベル魔導士を含まない部隊に足止めをくらうなんて……はぁ、ねぇ、恥ずかしくないの?」
「……」
「あなたのようなレベル7がいるから、国や世界が揺らぐのよ。自分の力のなさ、理解している?」
「……っ」
ルシアは何も言い返せなかった。
魔法の戦闘において重要なのは数ではなくレベル――そのことを完全に否定することはできない。
ただ、このレベル絶対主義に関しても1つ問題がある。
その問題というのが、レベルは7までしか測定できないということだ。つまり、限りなくレベル6に近いレベル7も、レベル7を遙かに凌駕するレベル7も一律レベル7という風に表記される。
そのことに対してカトレアは不満を呈していた。
「属性の相性によってはレベル6にすら苦戦することがあるあなたがレベル7……まぁ、基準だから仕方ないのだけど、もう少し自覚というのを持って欲しいのだけど?」
「……くっ」
「心配性な軍上層部がレベル7について不信感を抱き始めているわ。本当にレベル7というのは絶対なのか、なんていう余計な心配……誰の所為だと思う? あなたの所為よ?」
「その責任を、私に取れってこと?」
「いいえ。私がやります。圧倒的な力で、心配性な軍上層部を黙らせる……簡単でしょ? それだけのことよ。努力も、戦術も、数も、属性の相性も、レベルの前には意味がないってことを知らしめるだけの、簡単な作業」
同じレベル7でもルシアとカトレアは次元が違う。
ルシアがレベル6に近いレベル7であるのに対し、カトレアの強さは同じレベル7でも別物だった。
ロドシン帝国の英雄はアランチウス島の戦いでプロイセンのレベル7、ブリュンヒルデに勝利したキングスレイ――世間の評価が揺らぐことはない。
しかし、軍上層部の中には気付いている者も多い。
カトレアが本気にならないだけで、カトレアが本気にさえなれば、すぐにでもこの国の皇帝の座など容易にひっくり返るほど、彼女のレベルは他とは異質だった。




