古バロニア式魔法とイグニス魔法の違い
人売りから買い取った子どもをどうするのかは買い取った王族に一任されている。
そのため、中には人間を道具のように扱い、飽きれば物のように破棄する腐った人間もいる。
そんなクズと比較しても仕方がないが、俺は買い取った子どもに読み書きと計算を教え、学校にも通わせている。
国とは人だと俺は思っている。
だからこそ、国民一人ひとりがきちんとした教育を受け、学ぶことこそ、この国が豊かになる、遠回りだが確実な方法だと疑っていない。
だが、それを父である皇帝や兄たちは反乱の火種だと言って聞く耳も持たない。
買い取った子どもたちは全員帝都の魔法学校に通わせ、卒業後はその子の意見を聞き、その子が望む進路へと羽ばたかせる。
俺専属の親衛隊として王宮の魔法軍という形で残る者もいるが、中には商売に興味を持ち、王宮を出て自分で商売を始めたり、政治に興味を持って地方で政治に携わったりと、十人十色の人生を送っている。
最近ではその成果も出始めた。
各地に俺が買い取った子どもたちが働いているので、その地域の問題点などはリアルタイムで俺の耳に入る。
王宮に入る情報は王族にとってかなり都合の良い、偏った、あるいは、捻じ曲げられた情報も多いので、実際にそこで暮らす生の意見は大きかった。
しかし、全てが順調という訳ではない。
実際に社会に出てこの国の在り方に絶望し、その元凶である王族を滅ぼすために犯罪行為に手を染める者も残念なことに存在する。
だから、俺は自らの行いを正当化するつもりはない。
そもそも、手を差し伸べているのはごくわずかで、王族という地位を考えた場合、本来であればもっと多くの国民を幸せにしないといけない。
そのための義務が王族という立場には付き纏う……しかし、今の俺には力がない。
「ねぇ、どうして古バロニア式魔法は使われなくなったの?」
帝都にある魔法学校の初等部に編入したコゼットは不思議そうな顔で俺に問いかけた。
最初の頃は怖がりながら、という感じだったが、ここに来て半年が経ち、王宮での生活にも随分と慣れたらしく、今では何とも自然に俺とも話をするようになった。
「古バロニア式魔法とイグニス魔法の違い?」
「そぉ! 先生にね、次の授業までに考えておきなさいって!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるような実に愛くるしいリアクションを見せながらコゼットは俺の顔を見上げた。
今までにも魔法学に興味を持つ子どもは多かったが、その中でもコゼットは特別で、王宮で行われる魔法軍の定期訓練を見学するほどのめり込んでいた。
取り分け、俺の専門である魔法戦術学には興味があるらしく、書庫にある関連する資料を読み漁っている姿は何度も目にした。
ただ、今回のテーマは魔法学の歴史ということもあり、コゼットからするとあまり興味をそそらないということもあってか、かなり基礎的なことだが理解していないようだった。
「次の授業までに考えておくように言われたのなら、ちゃんと自分で考えないとダメだろう? 俺に答えを聞いちゃ意味がない」
「わかっているんだけど……戦術的に大きな違いがあるの?」
どうしても自らの興味がある魔法戦術学に絡めて考えたいらしく、両者の違いが戦術的にどのような違いがあるのかと、かなり応用的な質問を投げかけてきた。
「戦術的にはかなり大きな違いがあるんだけど……そのためにはまず、古バロニア式とイグニス式の違いについて理解しないといけないな。違いはわかっているのか?」
「全然違う!」
議題を放り投げるほどの勢いでコゼットは吐き捨てた。
確かに両者の魔法は全然違う。
しかし、その違いを1つずつ理解することが重要で、コゼットだってそれはわかっているはずだ。だが、どうしても小難しい理屈は体が受け付けない、というところなのだろう。
「一番の違いは?」
「……魔導路を通るかどうか?」
「ほぉ」
いきなり大正解――この問題で最も重要な本質を見極めていることに思わず声が漏れてしまった。
「古バロニア式は魔導路を通らなくて、イグニス式は魔導路を通るんだよ!」
先程までの不安そうな表情はどこへやら。
驚いた俺のリアクションを見てコゼットは得意げに胸を張った。
「じゃあ、どうして古バロニア式は使われなくなったんだ?」
「そぉ、それ! どうして? 魔導路を通らない方が早いでしょ?」
ここに来て更にこの問題の本筋を言い当てる。
この世界に魔法が出現した時、最初に起こったのは古バロニア式魔法だった。しかし、歴史が進むに連れて衰退し、現代ではイグニス式魔法が一般的となっている。
古バロニア式など現代では絶滅危惧種で、ごく一部の特殊な民族しか使っていない……いや、正しくは使えないのだ。
そう、使えない、というのが、古バロニア式魔法が使われなくなった簡単な理由だ。
しかし、そんな簡単な一言でコゼットが納得するはずもないし、魔法学校で先生が求めている答えもそんな簡素で深みがない言葉ではないだろう。
「じゃあ、古バロニア式魔法を使うまでとイグニス式魔法を使うまでの流れを簡単に説明して」
そう言って俺がノートとペンを差し出すと、コゼットは「任せて!」と得意気にペンを握る。
・イグニス式魔法:大気中のマナ⇒魔導路で精神力にする⇒精神力を魔法色にする⇒魔法にする
・古バロニア式魔法:大気中のマナ⇒魔法色にする⇒魔法にする
「できた!」
「そう、正解」
コゼットが書き記した答えは大正解――この、一度体内でマナを精神力に変換するのかどうかが古バロニア式魔法とイグニス式魔法の大きな違いで、この違いこそ、古バロニア式魔法が早い理由でもあり、廃れた理由でもあった。
「あっ、そっか! できないんだ!」
自分で書き、それを俺に説明している過程にコゼットはそのことに気付いた。
「できない?」
その気付きを言語化させるため、俺は敢えて質問してコゼットに答えさせる。
「マナを魔法色に変えるのって普通は出来ないんだ! だから一回、精神力に変えて……そっか、その安定のために魔法具を使うんだ……」
「えっ!?」
俺が要求していた以上の解答をコゼットは口にした。
魔導士が使う魔法具の原材料はこの帝都が産地にもなっているオリハルコンになる。
その魔法具が何のために存在し、どうして必要なのかということをコゼットはまだ習っていない。それなのに、コゼットはこれまでの経験をもとにそこにたどり着いた。
日々の学習を応用できて偉いね、というレベルの話ではない。
何故なら、魔法具がなければ精神力を魔法色に変換する作業が安定しないということはコゼットがどういう訳か知っていた、ということになるからだ。
「ど、どうしてそう考えたんだ? 魔法具はまだ触っていないだろう?」
コゼットには専用の魔法具を買い与えてはいない。
魔法具は使用する魔導士によってチューニングされているので、コゼットはこれまでに一度も魔法具を触ったこともないはずだ。
魔法具は機密事項の1つとなっているので、いくらコゼットが強請っても絶対に誰も触らせない。
それなのに、一見すると単なる武器にしか見えない魔法具が、本当はそれ以上に魔法を安定させるための役割があることをどうしてコゼットが知っているのかが気になった。
「だって、魔法具があるのとないのじゃ見える色が違うから」
当然のようにコゼットは言う。
しかし、それは通常ではありえない。
何故なら、魔法色というのは肉眼では見ることができないからだ。
魔法色、というのは、そういう色が出ているのだろう、という比喩表現でしかなく、実際にそれを見た者などいない。
だからこそ、魔法での戦闘は情報戦であり、探り合いの側面が強い。
相手の属性、レベルによって場合によっては戦術を変える。その情報を収集するためだけに命を落とす捨て駒のような魔導士も存在する。
しかし、コゼットにはその必要がない。
見ただけで相手の魔導士の属性、レベルがわかるのだ。
「コゼット、そのことは――」
「大丈夫。他の人には言ってない。約束だから」
そう、それが俺とコゼットの約束だ。
もしもこのことが知られればコゼットは実験体になることだろう。
この才能は世界中の全てが欲し、求めている物の1つ――それを研究し、安定して部隊に投入したいというのは普通の戦術家であれば考える。
俺だって、そのことを考えなかった訳ではない。
しかし、人間は兵器ではない。
これはあくまでコゼットの個性であり、どのように使うのかはコゼットが自分の意志で判断できるようになってから決めることだ。
だからこそ、今は多くのことに触れ、学び、将来的にコゼット自身がどうしたいのかを考えて成長する時期だった。




