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王族に買われた少女の魔法基礎概論  作者: あかろう
アルスン帝国①
1/7

王族に売られた少女 コゼット

王宮が賑わっていることは本来であれば皇子として喜ぶべきことなのだろう。

しかし、俺は無邪気に中庭へと走る兄たちのように、純粋に現状を楽しむことなどできなかった。


今日は月に1度の「人売りの日」――その名の通り、金に目が眩んだ下衆な商人が王族に対して人を売りに来る日だ。


そんな商売が当然のように成り立ち、そんな者たちが月に1度、堂々と正門から王宮内に足を踏み入れることが出来る現状が不安定なこの国の実状を表している。


だが、皇子である俺にそれを規制する権限はない。


こんな時代にしたのは皇帝である俺の父親だ。


魔法の出現によって戦争の在り方が変わった。

戦争は単純な人数ではなく、魔法を使うことのできる魔導士の質のみが戦況を左右するようになった。

そこには戦術も武器の性能も意味はなく、純粋に魔導士の質のみで勝敗が決まる。


全ての国が優秀な魔導士を求めた。

それは本国も例外ではない。


だが、どうすれば優秀な魔導士が産まれるのかという法則性は誰も解明することができていない。世界中で研究者たちが血眼になって研究しているが、今のところ、目ぼしい因子というのは見つかっていない。

高レベル魔導士の子どもが低レベルなこともありえるし、その逆もありえる。

つまり、現状では取り敢えずたくさん子どもを産んで優秀な魔導士が産まれる確率を上げるしかない。


皇帝である父は国民に対して大量に子どもを産むように指示し、優秀な魔導士を産んだ家庭には多額の報酬を与えることを約束した。


その結果、この国は荒れた。


魔導士が使用する武器の原材料であるオリハルコンの採掘地であるこの帝都は豊かだが、少しでも帝都を離れると、そこは食料問題と貧富の差によって苦しむ地獄のような光景が広がっていた。

生きるためには犯罪も正当化された無法地帯――。


「こうなることはわかっていただろう……っ」


人売りで賑わう中庭を見ながら俺は自らの力のなさを呪うように唇を噛みしめる。


優秀な魔導士など簡単に産まれるはずがない。


その結果、魔法力に乏しい子どもたちがこうやって売りに出される。家族のために進んで売られることを望んだ子もいれば、親に売られた者も少なくはない。

そして、何よりも許せないのが、その混乱に乗じ、平然と子どもを誘拐してこうやって売りに来ている屑たちだ。


だが、その屑たちの商売が成り立っているのも、俺たち王族が人を買っているからだ。それが商売として成り立ってしまうからこそ、人売りという商売が存在するのだ。


「……はぁ」


大きなため息をつきながら俺も中庭へと向かう――人を買うためだ。


人売りという商売を恨んでいながら人を買うという矛盾・葛藤が俺の心を蝕む。

しかし、そうしないといけない理由があった。


皇帝である父親に対して反逆の姿勢を見せる訳にはいかない。あの男は、自らの地位が脅かされると思うと、例え相手が息子であっても容赦なく首を撥ねるような残虐な男……いや、目先のことしか考えられない小さい男だ。


そんな男がこの国を統治しているのだから、この国の未来は決して明るくはない。

オリハルコンの採掘地という豊富な資源によって今は支えられているが、このままではじり貧だ。

他国に侵略されるか、食糧問題で決起した国民に滅ぼされるか、どっちにしろ、王族という存在はこのままでは終わってしまう。

国とは人だということをあの男は理解していない。


だが、そんなことを俺が唱えても誰も聞く耳など持たない。

とにかく、今は力が足りない。

実績と成果がない現状では、俺がどれだけ正論を並べたところで意味はない。

だから、今は耐えるしかない。

こうやって定期的に人を買い、皇帝の考えに賛同しているようなフリをするしかないのだ。



「おぉ、ギリアム皇子!」


中庭へと足を踏み入れた俺を見てすぐに商人……いや、人間の屑たちが歩み寄る。


毎回のように人売りの場に来ていた兄たちは目が肥え、「上玉でなければ買わんぞ」などと声を荒げている。


それに対し、たまにしか足を踏み入れない俺だが、その時には必ず誰かしらを買っているので、人間の屑たちもそれを知って媚びを売る。


「皇子! 今日は上玉が入っていますぜ。北方の色白の女に、西部の褐色で青い目をした女……どっちも捕まえてすぐなので鮮度は抜群ですぜ」


ぐっふっふ、と汚らしい笑い声を浮かべながら人間の屑は自らの商品である少女を紹介する。


「捕まえてすぐ?」


その言葉に俺は引っ掛かったので尋ねた。

すると、男はすぐに「しまった」という顔を浮かべて青白い顔を浮かべた。


人間の屑とは言っても一応は商人――顧客にどういう言葉を並べれば良いのか、というのは絶えず考えなければならず、その点においてこの男は失格だ。


すると、すぐに別の男が割って入る。


「ウチの商品はどうですか? 8人兄弟の長女で、弟や妹のために自ら志願した健気な子なんですよ」


先程の下品な男を見たのは初めてだったが、この男には見覚えがある。

確か、名前はザイード……過去に何度か人を買ったことがある。


「……嘘ではないようだな」

「それはもちろん。ギリアム皇子には嘘を通用しないのは理解していますから」


俺の威嚇に対して一歩も引く気配はない。

こういう仕事は危険と隣り合わせなので、それなりに覚悟が決まっていないと成り立つような仕事ではない。言い方を変えるのであれば、頭のネジが何本か飛んでいないと成立しない。


「――で、売り上げのいくらをこの子の家族に送るつもりだ?」

「4割でどうですか?」


ザイードの言葉に他の商人たちはざわついた。

通常の場合には1割……多くても2割というのが相場だ。

4割ではほとんど利益が出ず、仕事の危険度から考えると割に合わない。だからこそ、当然のように「4割」と発言したザイードの真意に気付いていない。


しかし、そんな目先の事しか考えていない奴らの商人として先見の明はない。おそらく、その遠くない未来に商売が成り立たなくなり、王宮に踏み入ることもできなくなるだろう。


ザイードを始め、何人かはその意図に気付いている。

人売りという商売が広まっている今、また来月もこの王宮に足を踏み入れることができるかどうかはわからない。

人売りなどという不当な仕事ではあるが、不安定なこの国においては残念ながら人気の商売だ。

定期的に王族に対して人を売り、利益を上げるためには、まずこの会に参加する必要がある。

そのためには王族との関係性を構築するのが重要になる。


ザイードは俺に対して利益を上げようなどとは思っていない。

利益は他の王族から得ることを考え、あくまで俺にはこの会に参加するための承認が欲しいだけだ。


「4割だ。しっかり送れよ」

「もちろんです」


おそらくザイードは俺が「5割送れ」と言えばそれにも頷くだろう。しかし、そんな露骨なことをすれば馬鹿の中にもこの意図に気付く者も出て来るので、今は「何で4割なんか受け入れたんだ?」と頭を抱えるくらいがちょうど良い。


俺は買った少女を側近に任せ、俺の城に案内する。

皇子たちはこの王宮の中に城を持っていて独自に動いている。だから、その城の中で何が行われているのかというのを誰も知らない。

俺はそこで買った少女たちに読み書きや計算などを教えている。


皇帝である父は教育を重要視していないが、俺は全ての国民が読み書き計算ができればこの国は豊かになると考えている。


以前、そのことを会議で提案したことがあった。

しかし、それを聞いた父は「余計な学を身に着けると反乱の意志が高まる」などと訳の分からない理屈を述べ、兄たちもその意見に賛同した。

わからないからこそ突発的な行動に及んで反乱が起こるというのに、本当に目先の事しか見えていない。


読み書き計算ができれば、この混迷の世でも働き口はある。いつか王宮が滅び、この子たちが外に出た時、少しでも生活できるようになるための手段となってくれれば良い。身体を売るだけでしか稼げないなんて、そんな風になって欲しくなかった。


(偽善だよな……)


それが偽善だということはわかっている。

この国で困っている人の数を考えた場合、今、俺が保護している子など知れている。むしろ、平等とは程遠い行いをしているという実感もある。

けど、それでもやらないよりは……などと、父に抗うこともできない情けない自分を正当化し、自己満足しているだけなのかもしれない。


「――ん?」


中庭の端に少女に目が行った。

透き通るような青色の髪に、同じく透き通るような白い肌――青という髪色は染めない限りは存在しないので、すぐに色素などに異常がある何かしらの病気だということにはすぐ気付いた。

しかし、俺がその少女を見たのはその髪色に目が行ったからではない。

誘拐されて絶望している顔、家族のために自らを売り込む顔――色々な顔があるが、その少女の顔はこれまでに見たどの顔とも違っていた。


「あぁ、ダメです、皇子」


歩み寄る俺を担当している商人が申し訳なさそうに割って入って止める。


「どうしてだ? もう買い手が付いているのか?」


買い手が付けばすぐに城へと連れていかれるので、まだここにいるということは買い手が決まっていない、ということだ。


「あれは少し変わっていて……おかしなことを口走るんですよ。見た目が良いので連れて来たのですが、親なんかも気味悪がって売り飛ばしちゃった子で、この後、貴族の館に行くので、そこで売る予定ですよ」

「おかしなことを口走る?」


そのことに少し興味があったので、俺は止める商人の手を払い除けてその少女に近づいた。


「――青色」


俺を見て少女は言った。

俺の肌は白色で髪は金色――着ている衣服などを見ても青色の要素などありはしない。

すぐに商人が「ほら、おかしな奴でしょ」と笑いながら、俺を気遣う。


「どうして青色だと思う?」

「だって青色がモヤモヤしているから」

「――っ!?」


その言葉を受け、俺はこの少女が発している色について気付いた。

しかし、俺だけではまだ1つの情報に過ぎない。

気付きを確信に変えるためにはもっと多くの情報が必要になる。

すぐに側近を3人呼び出し、その少女の前に並べた。


「この3人は何色だ?」


興奮から声が少し荒くなり、急くように問いかけた。

もしも俺の仮説が正しいのであれば左から順に「緑、緑、赤」というはずだ。


「緑……緑……赤」


側近の3人も、商人の男も、この少女は何を言っているんだと首を傾げるばかり。

しかし、その横で俺は震えていた。


俺の仮説が確信に変わった。


この少女が、他の人には見ることのできない重要な物が見えていることがわかった。


「見えるのは色だけか? 大きさは?」

「青が一番大きくて、次に赤。緑はすごく小さい」

「ははっ……」


俺は思わず苦笑した。

色だけではなく大きさまで見ることが出来ると言うのだ。

これは想定外というか、想像以上だ。


「おい、いくらだ?」


俺はすぐ商人に値段を尋ねた。


「えっ、えーっと……」

「10万で足りるか?」

「じゅ、10万!? こ、こんなのにそんな大金……こっちとしては嬉しい限りですが」

「では成立だな」


俺は側近に支払いをするように指示し、その少女の手を掴んだ。

身体を屈めて視線の高さを合わせ、覗き込むように顔を見る。

透き通った青い髪に、同じく透き通るような白い肌――これはおそらく「魔導路欠損症」という病気だ。


魔法を使うには空気中のマナを体内に取り込み、心臓付近の魔導路で精神力に変換する。その精神力を魔法色として体外に放出させることで魔法を使用することができる。


【空気中のマナ⇒魔道路で精神力に変換⇒体外に魔法色として放出】


魔導士としてのレベルが高い、というのは、魔導路でマナを精神力に変換する速度が速いか、一度に大量のマナを精神力変換することが出来ることを意味する。


魔導路欠損症とはマナを取り込み、最終的に魔法色として体外に放出するまでのどこかの過程に問題がある場合を意味し、かなり広い概念となる。


その中でも、魔道路で生成した精神力を体外に放出するためのルートに問題が起こった場合にはこのような透き通った髪や肌の色になるというのを聞いたことがある。


「名前は?」

「コゼット……」


これが、俺とコゼットの出会いだった。


多くの人はこの少女はおかしなことを口走って気味が悪いと感じるだろう。

しかし、コゼットが見ているのが幻覚ではない。


コゼットには魔法色が見えるのだ。


魔法色とは魔法を使う時に人間から溢れる色のことで、俺は水属性の魔法を使うので青、側近の3人は木属性なので緑と、火属性なので赤。

しかも、魔導士のレベルによって色の大きさまでも判別することができる。


この能力は戦闘においてかなり有利に働く。

使用する魔法の属性やレベルというのは最重要機密の1つ――しかし、コゼットはそれが見ただけでわかる。戦術という点において、相手よりも一歩や二歩どころではなく更に優位に進められる。


実績や成果がないから俺には発言権がない。

けど、俺の戦術眼とコゼットの魔法色を見る目があれば、不利な局面だって打開することができる。


戦争は魔導士の質だけで決まると言われており、それは世界の通説になっている。

しかし、俺はそれを昔から強く否定した。

魔導士だって所詮は人間だ。

戦術と戦略でいくらでも補うことが可能だ。だからこそ、取り敢えず子どもを産め、という父の考えには反対だった。


(変えてやる! この国のルールを……いや、この世界の通説を……っ!!)


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